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96.繋がる想い①

 レンの切実な思いや願いがひしひしと伝わり、エミリアは胸が詰まる思いであった。

 告げられた言葉を思い浮かべては、そう簡単には解決できない心の問題に考え悩み、悶々としていた。


 『大切な人を失いたくない』


 思いのこもった言葉に、応えられる自信がなかった。


 それでも、目の前でもがき苦しむ彼を何としても救いたかった。

 過去の自分と重なり、このまま放っては置けないと、心がざわざわして落ち着かない。


 真っ直ぐで不器用な彼の気持ちに、誠実に応えたいと、素直に思うエミリアは夜が明けるまでレンと語り合うのであった。




「レン、貴方が私のことを大切に思っているなんて全然知らなかったわ。貴方の優しさに、私は救われたわ。心から感謝している。ありがとう。

 ………でもね、ちょっとだけ言わせていただきたい事があるの、良いかしら。

 その、ええとね、自分を蔑ろにしてまで助けようとするのはどうかと思うわよ。このままでいたら、折角乾いた私の服まで濡れてしまうわ。感傷に浸るのはもうやめましょう。私の所為で貴方が風邪でも引いたら、それこそ洒落にならないわ。だから、まずは小屋の中に入りましょう。良いわね。さあ!行くわよ!」


 先程まで大泣きしていたのが嘘のように、至極冷静なエミリアは正論を述べると、腕を強く掴み直して小屋に向かって歩き出した。今度こそ、何が何でも小屋に引き摺り込もうとしていたのだ。

 レンはエミリアの図太い神経に感心して、思わず口から本音が漏れる。


「ほんと、手強い女性だ。」

「あら、それは、他人の受け売りですわよ。(わたくし)、こう見えても()()()女子ですの。」


 すかさず、()()()()()()のツンとした口調で言い返すが、レンは思わぬ反応を見せる。

 レンはエミリアのまるで貴婦人のように大層偉そうな物言いが、ただ単純に面白くて笑っていた。


 魑魅魍魎が渦巻く貴族社会を生き抜いてきたエミリアにとって、常日頃、感情は表に出さず、他人との会話は腹の探り合いであった。相手を気遣う上品な言葉の裏には、必ず善意よりも悪意が込められており、どんなに信頼の置ける人であろうとも、真意を悟られないように自分を取り繕うのが当然のことであった。歳を重ねるにつれて、親友のゴードンにでさえも本音を漏らすことがなくなっていた。

 エミリアは、幼い頃の記憶が蘇る。ゴードンを揶揄い、ふざけて笑い合った楽しい日々が、まるで昨日のことのように思い出されて、懐かしくなり思わず笑みがこぼれる。


 レンは必死に口を閉じて、沸々と湧き上がる笑いを堪えていた。赤面しながら身体をプルプルと震わせていたが、エミリアの優しい笑顔が見えた途端、心が緩み、自然と穏やかに笑っていた。


 エミリアは、レンの素直な反応が改めて新鮮に感じていた。理不尽な境遇を耐え忍んで生きてきた冷たい心は、じんわりと温かくなり、なんだか嬉しくもあり、気恥ずかしくて照れ臭くなっていた。何とも言えないむず痒さに、ついつい掴む腕に力が入る。力任せにぐいぐいと引っ張りながら歩いていたが、自然と耳まで赤く染めて照れていた。

 レンは素直に照れているエミリアがあまりにも可愛いすぎて、見る見るうちに顔が真っ赤になっていた。心臓がドキドキして音が鳴り止まず、とにかく気づかれないように感情を抑えるのに必死であった。

 しかし、レンから溢れる感情にエミリアはすぐ気づいてしまう。

 一瞬眉尻を下げて笑うエミリアは、後ろめたさを感じてならなかった。今の自分には他人の好意に応えられるくらい、心に余裕はなかった。曖昧な態度で期待させないようにと身を引き締める。


 傷つけないように気遣うエミリアの気持ちを察したレンは感情のままに動く。率直な思いを伝えようと言い返すが、心の中ではエミリアの置かれている境遇に心苦しくなっていた。


「貴方は強かでもあり、か弱くもあります。女性に生まれたのですから、もっとか弱く生きても良いのではないですか。か弱い女性を守るのが男の(ロマン)でもありますから。」

(今まで自分をさらけ出したことなんて一度もないんだろうな。秘密が多い仕事だからかもな。仕事以外でも素直に生きられない人生って、辛いだろうな)


「え?」

(えー!何?どうした自分。いや、違う。違うわよ。嬉しい気持ちよね。でも何だろう、この気持ち。はぁー。人ってこんなにも早く次に進めるものなのかしら。あんなにも恋焦がれていたはずなのに。ほんと単純な自分が呆れて笑えるわ)


 レンの言葉に嬉しさが込み上げると同時に、胸の高鳴りを感じるエミリアは思わず間抜けな声が出てしまう。自然と湧いてくる感情に驚き、直ぐに否定はするものの、心の中では新たに生まれた感情を受け入れている自分がいた。恋愛感情の切り替えが早い自分に驚くよりも呆れて溜息しか出なかった。


 エミリアは人生の中で一度で良いから、男性に守られる経験をしてみたかった。良くも悪くも男性より遥かに強いエミリアは、今まで一度も女性扱いされたことがなかった。

 無意識にレンを見つめていたエミリアは、目と目が合った瞬間、胸のトキメキが止まらない。頬がほんのり赤く染まり、顔のほてりを感じた瞬間、慌てて両手で覆い隠していた。


「え?」


 エミリアの仕草に驚いたレンは思わず声を漏らす。

 頭の中で『違う』と何度も何度も繰り返し連呼して、すべてを否定するレンは、とにかく感情を抑えて冷静になろうとするが、自然と沸いてくる感情が邪魔をする。


(だめだ、だめだ、違う、違う。エミリア様は錯覚を起こしているだけだ。きっとそうだ。)


 助けられたことで恋の錯覚に陥り、それは一時の感情であると、何度も自分に言い聞かせるレンは、まるで心の中で否定派と肯定派が言い争いをしているかのように、自分の感情に惑わされて心が迷走する。明らかに戸惑いを隠せず、困惑顔になるレンを見たエミリアは、呆れたように肩を竦めていた。


(はいはい、そうよね。失恋したばかりなのに、レンだって戸惑うに決まっているわよ。はぁ〜あ、でもそんなあからさまに困らなくてもねぇ〜。さすがの私でも傷つくわよ。それにしても我慢しないって楽ね。………はぁ、王子様の前では絶対にそうはいかないものね…………)


 自分の感情をさらけ出して、思いのままに行動できることに、ありのままの自分を受け入れてくれる心地良さに、言葉では言い表せない嬉しさが込み上げていた。気取らない自分でいられることに、解放感に満ち溢れる。


 未だ戸惑うレンに、もはやお構いなしに強気で言い返すエミリアの顔からは、言葉とは裏腹に自然と笑みがこぼれていた。レンはエミリアの吹っ切れたような清々しい笑顔と言葉に、安心して安堵の表情に変わる。

 二人は他愛もない話で盛り上がっていた。まるで子供のように無邪気に明るく話す声は小屋から漏れて、静寂の闇夜を裂くように森の中にこだましていた。


「ちょっと何よ、その顔?レンって百面相をするのが得意なのね。それよりも、私はか弱い女性なんて嫌よ。一生強く生きていくわ。」

「あれ?自分から()()()って言っておりませんでしたか?おかしいですねぇ?」

「はぁ⁈ うるさいわよ。もうその話は良いから、さっさと服を脱いで、早く暖まりなさい。」

「ふっ、ふっふふふ。はいはい、わかりました。エミリア様、お見苦しいので絶対に見ないで下さいね。」

「ええ、そんなことくらいわかっているわよ。私は薪を取ってきますので、その間にお願いできるかしら。」

「はい。承知致しました。」


 レンは素早く濡れた服を脱ぐと、暖炉の近くに服を置いて乾かしていた。

 諜報員であるエミリアのことだから、おそらくタイミング良く戻ってくるであろうと察していたレンは、予想が的中する。毛布に包まり暖炉で暖まり始めた頃合いに、エミリアは小屋に戻って来た。

 慣れた手付きで暖炉に薪を放り入れて火力の調整をしながら湯を沸かすエミリアは、そっとレンの前にコップを置く。高貴な身分の方からは想像できない所作に、レンは無意識のうちに目で追っていた。視線を感じるエミリアは、レンの隣に座るとコップに注いだ湯を飲みながら話を始める。


「信じられないって顔しているわね。ふふふ。貴族は所詮肩書きで、ただの平民なのよ。だからなんでもできるわ。そうでなければ生き残れないから。」


 穏やかな表情で耳を傾けていたレンは、瞬く間に表情が曇る。

 微かに感じる負のオーラに、状況を察したエミリアは、レンを一瞥すると、気づかれないように様子を窺い始める。紡いだ言葉を絶妙な間合いで伝わるように、ゆっくりと会話を進めながら、心情を探っていた。


 けれど、レンの心にあるしこりは、まるで闇夜のように、ずっしりと重く、深く、暗いものであった。


「そうですよね。我々は、優雅に生きる貴族達とは違い、生きるか死ぬかの狭間で日々戦って生きている。それもすべては、呑気に生きている貴族のために戦っているというのに。」


 覇気がなく、消え入りそうな低い声は、小屋の中をどんよりと重い空気に変える。

 レンの鬱鬱とした気持ちに、危うくエミリアまで気が滅入りそうになり、思わずレンの心にずかずかと踏み込んでいた。


「レン、………何か、あったの?まあ、ここに来るってことは、そういうことなんでしょうけれど。」

「色々と、まあ、生きていれば、悩みの一つや二つはあります。人生に迷いはつきものですから。」

「ふぅーん、そうねぇ。それよりも、さっきから気になっているんだけど、敬語はやめにしない。レンの方が年上でしょう。それに私、明日から連合国軍の工作員で配属になるの。だから、レンの方が先輩なのよ。本当は私が敬語を使わないといけないんだから。」

「なかなかすぐには難しいかもしれませんが、善処します。」

「助けてくれた時は、素だったのに。」

「あの時は、必死でしたから。貴方を失いたくなかったから。」

「はぁー。そう。そうですか。………何やら、重い過去を引きずっているようね。」

「え?はぁー、さすがですね。まあ、そう言われれば、そうかもしれないです。

 ………実は、良き友を戦で失い、それから、まあ、色々と考えるようになりました。」


 予想だにしない早さで心情を吐露された上に、予期せぬ言葉を告げられて頭を悩ませるエミリアは溜息だけしか出なかった。救いの手を差し伸べようと思案に暮れるも、かける言葉はまったくもって見つからない。


 二人の間に沈黙の時間が流れる。


 二人は暖炉で燃える薪の火を見ていた。薪が爆ぜる音と火花散らせて燃える炎。柔らかな炎のゆらぎを見ながら、次第に心も揺れ動いていた。

 互いに思うところはあるが、それでも戦地に赴き第一線で活躍する二人には通じるものがあった。エミリアは、意を決して沈黙を破る。気にせず思いの丈をぶつけた。

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。

今回は長文になり、読み難くて申し訳ございません。明日も投稿しますので、よろしくお願いします。


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