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94.新天地への大移動

今回は長文になってしまいました。

さらっと読んでいただけたらと思います。

 ロズウェル国の首都ルクセルは、今日は一段と忙しい一日を終えて、夜の静寂に包まれていた。

 

 寝静まった街に、機敏に動く無数の影。

 虎視眈々と闇夜を待つ影は、とある場所へと一斉に駆けていた。


 王宮から程近い場所に建つ廃墟風の館。

 ロズウェル国筆頭公爵、グランド公爵家の邸宅である。

 広大な敷地の一角にある庭園で、大きな黒い影がひっそりと蠢く。

 影の正体は、黒い外套を身に纏い、外套のフードを目深に被ったグランド一族達である。

 集結した一族郎党は、今まさにこの慣れ親しんだ国から旅立とうとしていた。


 公爵邸は、夕暮れを知らす鐘の音を合図に、一瞬で崩壊して、見るも無残な姿に変わっていた。暗闇の中でもはっきりと残骸が視認できるほどの驚愕の光景に、集結した者達はだれ一人も唖然とすることはなく、想像以上の光景に静かな歓声が上がっていた。

 もとより壊れやすさを大前提として建てられた邸宅は、壊すことなど造作もないことであったが、壊れていく様子は圧巻の光景であった。

 それよりもエミリアは、陰で『曰く付きの邸宅』、『幽霊屋敷』と揶揄され、近隣住民から恐れられていた邸宅が取り壊されたことにより、これでようやく念願叶って住民達の平穏な暮らしを取り戻せると思うと、感慨もひとしおであった。

 生まれ育った思い出深い場所ではあるが、不思議と寂寥感に襲われることもなく、逆に心なしかホッとしている自分がいた。そして、豪快に壊れた私邸のあまりにも呆気ない姿に、鬱鬱とした気分が晴れるようであった。



 この場所はこれからあるべき姿に戻り、そしてロズウェル国も本来あるべき正しい状態へと変わりゆく。大変革の道へと歩みを進めるのであった。

 それに伴い、グランド公爵家は明日付で爵位剥奪及び国外追放の処分が下される。

 グランド公爵自らによる診断書の改竄、数々の虚偽報告、偽造書類作成等々が処分の主な理由である。

 これらすべては、国民や一族郎党を守るためであり、止むを得ないことであった。そして、オーウェンの所業は国も容認しており、咎めるつもりはさらさらなかった。寧ろ、優秀な人材損失により大きな痛手を負うことの方を懸念して、黙認したかった。可能なら如何なる手段を行使してでも繋ぎ止めておきたい所ではあったが、過去に締結した契約を遵守する義務があり、否が応でも承認・執行せざるを得なかったのである。その上、処分を決定するにあたっても筆頭公爵であるが故に、あえて故意的に厳正な処分を下して、高位貴族達からの反発を阻止する必要があった。

 波風立たないように根回しするなどの、一連の面倒な事務処理作業を一手に引き受けてくれたのはゴードンであった。オーウェンに恩返しをしたい一心で一役買って出てくれたお陰もあり、晴れて自由の権利を手に入れたのであった。

 

 瓦礫の山を背景に、集結した一族郎党に号令をかけるオーウェンは、後片付けに追われた一日を振り返り、労いの言葉をかける。


 「今日一日ご苦労であった。予定通りに事は運び、定刻通り出立することができたのも皆のお陰だ。感謝する。明日からも引き続き宜しく頼んだぞ。」


 仲間の死を悼み、感慨に浸る余裕すらもない状況は、いつもながらに冷酷無慈悲な酷い扱いであった。けれどそれは至極当然のことであり、各々は冷静に淡々と指示通りに事を運ぶ。それぞれ決められた移動手段を用いて次の目的地へと向かい始めていた。

 オーウェンと執事のスミスだけは、しばらくの間、王都の別邸に滞在して残務処理とクライシス総帥の計画実行支援にあたることが決まっていた為、別方向へと去っていった。


 エミリアとラナは二人で馬に乗ると、最後尾の警護にあたる。

 一瞬振り返るエミリアは、遠く離れていくロズウェル国に思いを馳せて、自然と本音が口から漏れていた。


 「はぁ。呆気ないものね。今頃、一目散に逃げた貴族達は、悠長に温かい布団の中で寝ているのかしら。犠牲を払った私達が罪を被り、こんな真夜中にお引越しとは、ね。相変わらず酷い扱い。これだから神は信じられないのよ。」


 溜息混じりに愚痴をこぼすエミリアに、昨日からずっと理不尽な現実に憤りを感じていたラナは、やりきれない気持ちにイライラしていた。神を軽視する発言に、いつもより強く当たってしまう。


 「は?神様に八つ当たりですか?バチが当たります!今回ばかりは恨みたくなるお気持ちは察しますが、それでもおやめください!それに、毎度言わせていただきますが信仰は個人の自由です!」

 「はいはい、わかってます、わかっていますよ。もう冗談だから、そんな真に受けないでほしいわ。」

 「冗談でも口にしてはなりません!わかりましたね!そして、お嬢の呪いはきっと必ず殿下が解いてくれますから、その時を待ちましょう。それが定番の展開ですから。」


 ラナは強く言い過ぎたと感じて咄嗟に言い繕うが、つい、うっかり妄想していた理想の現実を口にしてしまう。けれど、エミリアから返された思った通りの言葉に、やり場のない悔しさが込み上げる。


 「はぁ⁈ なにそれ?ラナはそんな夢物語みたいなことを考えていたの?あのね、これぞまさしく王道!みたいな物語は、可愛らしい少女が思い描くものなのよ。こんな屈強でガサツな女に、そんな夢のような展開が起こると思う?ない、絶対にないわ。だから、私には一生縁のない話よ。それにこれから王子様は、とびきり可愛いお姫様と結ばれるのですから、私のことなんてすぐに忘れるわよ。否、とっとと忘れてもらわないと私の方が困るわ。

 まぁ、強い女は呪いも自分で跳ね返すようですから、もっとこれから強く鍛えないといけないわ。明日から更に厳しい訓練に励まないとね。」

 「はぁ。あーそうですか。そうですよね。それでこそお嬢です…………」


 ラナに反論するエミリアの明るく朗らかな声と前向きな言葉に、胸が締め付けられる。報われない人生であろうとも、ひたむきに前を向いて生きるエミリアの強かさに、改めて惚れ直していた。置かれている辛い境遇に同情して泣きそうになるラナは、言葉を詰まらせていた。エミリアはラナの気持ちに寄り添うように、穏やかに話を続けていた。


 「私の代わりに泣いてくれてありがとう。ラナがそう感じるのも無理もないことなの。自分でもよくわかってる。そうであったらいいなぁーって、思ったこともあった。でも、ならないってわかっているから…………時には諦めることも大事なの。

 それにね、実は殿下には想いを伝えたのよ。殿下も『愛してる』って言ってくれたわ。でもね………想いを伝えて、心が通じ合ったところで、そう上手くいかないこともあるのよ。………運命は悪戯って言うじゃない。私達には邪魔しかしないから………

 あーもうこんな辛気臭い話はやめよう。やっと自由になれたんだから、これからじゃんじゃん稼ぐわよ。ふっふふふ。」

 「くっ、あ、ははは。じゃんじゃんって。結局、お嬢の辿り着く先はお金ですか。呆れて何も言えませんよ。ふっ、あははは。」


 身体を震わせて笑うラナを感じて、エミリアも笑みがこぼれていた。

 

◇◇◇


 グランド一族一行は、目的地であるオリビア連合国の新居に到着する。

 クライシス総帥官邸がある場所から程近い所にある新居は、周囲を木々に囲まれた林の中に、まるで姿を隠しているかのようにひっそりと佇んでいた。ここは広大な敷地面積を誇る一族所有の土地であり、前邸宅とは比にならないような豪邸が敷地の一角に建てられていた。邸宅の周囲には幾つもの訓練施設やサイモン専用の診療所まで完備されており、エミリアは莫大な建築費用が脳裏をかすめて、嘆息を漏らしていた。


 淡々と荷物を運び終えると、早速明日に向けての準備に取り掛かっていた。

 グランド一族は、国家諜報員から連合国軍工作員へと転職していた。名前の通り主な業務内容は以前と何一つも変わりはない。早速、明朝から任務依頼があり、相変わらず休む暇なく忙しい仕事であった。


 エミリアはライドに呼ばれて執務室で紅茶を飲んでいた。

 ライドから渡された機密文書に目を通すエミリアの顔は、段々に険しさが増していく。


 「リアは明日は休みだが、明後日からの依頼内容が、記載されている通り、これまた過酷な任務のようだ。すまないが、万全を期してくれ、頼んだぞ。」

 「え?はぁ⁈ 何これ。嗚呼、そうですか。はいはい、さすが御父様ね。大金に目が眩んだとしか考えられない。この城にいくらつぎ込んだのよ。まったくもう。自分が休みないからって、みんなにも与えないんだから。ほんと鬼畜だわ。はぁ、お兄様もほどほどにね。身体壊したら元も子もないんだから。じゃあね~。」

 「リア、大丈夫か?無理するなよ。」

 「ありがとう。でも仕事をしてた方が気が紛れるから、働くわ。お金も必要なようですし。じゃあ、おやすみ。」

 「ああ、おやすみ。」


 いつもと何ら変わらずあっさりとした会話を交わす兄妹は、どんなに難易度が高い任務であっても毅然とした態度である。エミリアは、ひらひらと手を振り執務室から去っていく。

 ライドは、新居に到着するや否やオーウェンの代行として書類に囲まれた机に向かい、淡々と仕事をこなしていた。

 

 自室に入るエミリアは殺風景な部屋に置かれたベッドに腰掛けると、窓から見える月を眺めていた。

 思い出を一掃する為に、すべての品々を売り捌いたエミリアの荷物は、仕事道具と母親から譲り受けたネックレスのみであった。


 「綺麗な月ね。まるで瞳みたい…………ふっ、重症ね。」


 月を見つめる青い瞳から自然と涙が流れていた。


 何もかもすべてを捨てて、新しい地で新しい生活を始めようというのに、ただ月を見るだけでもライオネルを思い出してしまう、未練がましい自分に嫌気が差して自嘲していた。


 二階の窓から屋根に降り立つと、地上へと足音を立てずに移動して、ゆっくりと馬を走らせていた。月に照らされて明るい夜道を気晴らしに散歩するエミリアの心は、まだ迷っていた。

 迷う心は、不思議な力に導かれるように、自然とある場所へと向かっていた。



いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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