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9.ライオネルの親友

 

 ライオネルとゴードンは学園に入ると、教室ではなく生徒会室の方へと向かっていた。


 三学年に進級してから、学業よりも政務を優先せざるを得なくなっていたからである。

 朝から夕方まで、学園の生徒会室で大量の書類を捌いていた。



 学園の生徒会長は、規則により代々王族が就任している。規則に従い、入学当初からライオネルが務めていた。


 また、役員は生徒会長が選出した生徒のみで編成して、活動する規則となっている。

 現在、ゴードンが副会長、エミリアが書記を務め、三人で生徒会の執務をしているがーーー

 実質、エミリアが生徒会業務の全てを執り行い、ライオネルは確認して、署名するだけであった。

 政務もある為、致し方ないが、自分の無力さがなんとも歯痒かった。


 他にも規則として、生徒会室は生徒会役員しか入室を許可されていない。入室したい場合は、事前に許可書を提出して、許可がおりてから漸く入室が可能となっていた。

 私が一年生の時に策定された規則であるが、恐らく内情を知っている学園側の配慮である。


 実は、生徒会室には信頼のおける、限られた友人しか知らない秘密の入口があった。

 裏口として、友人達には許可書不要で、出入りを自由にしていた。

 エミリアが、学園に内緒で勝手に作成したのだが、今となっては必要不可欠な設備である。



 規則を知ろうともしない彼奴が学園に入学して間もなく、事件を起こした。ロマイクスが、私に会う目的で生徒会室に入室しようとした所を、護衛の騎士に連行されたのである。

 私には些細な出来事であるが、学園内では知らない人がいないくらい、有名な事件として名を残している。

 その日、私は王都視察で不在であった為、ゴードンが対応にあたっていた。

 後から報告書を確認したが、呆れて言葉も出なかった。

 生徒達に大事件として記憶されてしまったら、王子の面目丸潰れよねとエミリアが大笑いしていたのを思い出す。


 それでも、次期生徒会長がロマイクスに就任する事だけは、どうしても避けられない。

 既に、生徒会長風を装って学園生活を送っているから、嘆かわしい。

 生徒に大口を叩き、先導を切って指示し、従わない者には、暴言を吐く様な事も暫しあるようでーーー

 生徒会室には、ロマイクス関連の苦情が後を絶えない。

 一学年の生徒は、第二王太子という高貴な身分を気にする事もなく、誰一人も彼の話に耳を傾けなくなったと言うから、先が思いやられる。


 何かと問題児である彼奴の尻拭いばかりで、報告を受ける度に、ライオネルは溜息が漏れていた。



 膨大な王太子の政務を、学園だけでは終わらない為、王宮の執務室でも可能ならしたいとは考えていた。

 しかし、王宮に第一王太子専用の執務室が無く、敵も多く危険な為、敵が絶対に侵入出来ない生徒会室で、全てを済ませる必要があった。

 王宮では、難題が多すぎて何をするにも到底無理であるのは、わかってはいるがーーー


 政務に時間を割きすぎて、学園で休む暇も無いくらい多忙な日々を送っていたゴードンに、少しでも休憩時間を与えたかった。

 不甲斐ない自分に、心底嫌気がさしていた。

 

 

 そしてここ最近、王の政務に関する書類が増えて、明らかに異変が起きていた。

 本来であれば、国王や宰相の執務であり、職務怠慢も甚だしいが、王太子に権限のない類まで、書類を確認もせず置いていく始末に、国の衰退を改めて実感し、焦燥感が募る。

 

 このままでは、国家滅亡の未来しか見えない。

 隣国と同盟したところでーーー国民の生活は何も変わらない。

 国王代行であるライオネルに、国の未来が重くのしかかる。



 ドアがノックされた。「どうぞ。」とライオネルは返事をする。

 留学生のカイアスが裏口から入って来た。


 「こんにちは。ライル君。」

 「こんにちは、カイアス。昼休憩の時間にすまない。」

 「よっ!カイアス。こんにちは。」とゴードンは、テーブルにお茶を四人分セッテイングしている。

 「おー、ゴードン君、こんにちは。あれ?エミリアちゃんは?」

 「直ぐ来るから、先に始めていよう。早速だが、三国同盟について、協定書を作成したので、確認していただきたい。」


 カイアスは書類を手に取り、一枚ずつ丁寧に確認し始めた。


 カイアスはキールッシュ帝国の第二皇太子である。ロズウェル国の学園に留学生として来国。今年で三年目が経とうとしていた。

 私達とは同級生であり、入学当初から彼に気に入られ、友人として深い関係を築いていた。

 しかし、他生徒の前では両国の関係上、挨拶を交わす程度で話すらした事がない。

 お互いそれは暗黙の了解であり、生徒会室の裏口から出入りすれば、直ぐに会えるので、何も問題は無いと言われていた。

 その言われた通り、暇さえあれば遊びに来ていた。


 キールッシュ帝国は前皇帝が昨年崩御している。

 その後、第一皇太子であったサイファンが新たに皇帝として君臨したばかりであった。

 サイファンは、正妃の皇子であり、弟が一人いるも、病弱で殆ど床に臥せているそうだ。

 それでも、王位継承順位はカイアスより上の第一皇太子の称号を得ている。


 カイアスがロズウェル国に留学した理由は、皇帝の命令と書類に記されてはいるがーーー本人曰く、暗殺目的でロズウェル国に追い出されたと断言していた。


 真意を確信した根拠は、カイアスが留学して僅か数日で、実母の訃報が届いたからである。

 病死と記された報告書を見て、怒りを露わにするカイアスが自分と重なり、どうしても他人事とは思えず、ライオネルは放っておけなかった。

 それから、急激に距離が縮まり、今に至っている。

 この際、ロズウェル国民になろうかなと話す弱々しいカイアスに、男ではあるが庇護欲がくすぐられていたのを、今でも鮮明に覚えている。


 しかし今は、そんな弱々しさは何処か消えて、凛々しく、逞しく、頼りになる男になっていた。


 少し褐色の肌に金色の髪と瞳をした、眉目秀麗な容貌に、細くて華奢に見えるが、鍛え上げられた、無駄のない引き締まった筋肉がとても美しい体躯をしている。

 成績もかなり優秀であり、更にキールッシュ帝国王家の血統を受継いだと言っても良い程、武術能力が高く、剣術を得意としていた。

 昨年の学園武術大会では、先輩達を押し退けて、剣術部門優勝という快挙を成し遂げていた。


 優れた才能はそれだけではない。耐毒性体質があり、この年齢で既に高度なスキルを獲得していた。

 しかし、彼曰く帝国では耐毒性体質は決して珍しい事ではないそうだ。程度の個人差はそれぞれあるとしても、殆どの帝国人が保有していると確言した。

 

 その背景には、帝国が建国する前より、民族の間で代々伝わる習わしが関係している。


 キールッシュ帝国では、至る所に有毒植物が自生しており、昔から家庭料理の食材として有毒植物を使用して、毎日食事として毒を摂取してきたからである。

 ただし、誰もが日々食している植物に毒があるとは知らない。無意識に耐毒性体質を獲得していた。


 帝国を建国した前皇帝は、元々は山間部に住む少数部族長の息子であった。部族が好んで食した伝統的な家庭料理にも、有毒植物が使われていた。しかし、他の部族と違い、山間部特有の毒性が強い有毒植物を食していた。また、摂取する割合も桁違いであった。


 部の集落周辺は、山々に囲まれた緑豊かな土地であり、多様な植物が自生していた。

 決して豊かではない暮らしの中で、自生している有毒植物は、飢えを凌ぐ大切な食料源でもあった。伝統料理の調理法は、今も代々受け継がれていた。


 少数部族の中から、紛争を制して帝国を建国するまでに至った勝因には、誰よりも優れた耐毒性体質を活かし、惜しみなく毒を利用した姑息で、かつ狡猾な戦略を実行したからである。


 卑怯で狡賢く、それでいて何ともしたたかに生きる男に、多くの犠牲を余儀なくされた。

 忌々しい前皇帝が崩御しても尚、歴史的快挙を讃えて崇拝する民もいると言うから、一向に両国の情勢は変わらない。


 カイアスが皇帝に君臨すれば……。


 そんな日は来ないから期待するなと言われた手前、その話題に触れることさえ出来ない。

 

 しかし先日、第一皇太子の病状が悪化して、危篤状態であると報告書が届いた。カイアスにも伝えたが、素知らぬ顔で、報告書さえも見なかった。

 そして今、目の前で三国同盟の協定書を熟読しているカイアスが、三国同盟を提案してきた張本人である。

 何か特別な秘策でもあるのであろうか。


 我が国と同盟しても、一つもメリットがないというのにーーー

 ライオネルは、カイアスの意見に反対したかったが、密かに期待する自分がいた。


 カイアスが皇帝になる日を想像して、胸を膨らませた。




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