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87.最期の想い②

 新年一発目の投稿が大変遅くなり、誠に申し訳ございません。

 今年もよろしくお願い致します。

 番外編の予定でしたが、変更させていただきました。もう少し後に番外編として、修正した文章を投稿しようと思っています。

 クレイアスに応えようとするミレーナは、声を出す力もなくなり、息をするのでさえも辛そうであった。それでも最後の力を振り絞り、声を出すミレーナは聞こえるか聞こえないかのようなか細い声しか出なかった。


 クレイアスの耳に、忘れかけていた母ミレーナの声が届く。

 ミレーナがクレイアスに言った最期の言葉は、予想だにしない言葉であった。



 「すまなかった、クレイアス。」



 義母と不義の子である二人の間柄は、生まれた時から悪女と悪女に従順な犬であった。

 ミレーナは、直感でクレイアスを選び、クライシスを捨てる。それは、ミレーナの揺るがない確信に基づく判断であった。当時宰相を務めるデニスであれば、然るべき対応を取るであろうと推し量り、生まれて間もない双子の片割れを捨てるように命じた。ミレーナは赤子の瞳に力強い闘志を感じて、理不尽な争いに巻き込むわけにはいかないと直感が働く。後にクライシスと名付けられた赤子の未来を感じ取るミレーナは、クライシスが新生国の王として君臨するオーラを感じていたのだ。


 一縷の望みをかけて、ミレーナは悪行を繰り返す。

 惰性した王政による腐敗したロズウェル国を、現状維持のままで存続させた。


 ーーーあの日感じた、瞳の奥に宿す闘志を信じて、彼が然るべき時に然るべき場所に立てるように


 ミレーナはいずれ訪れる、全てを露見する日を待ち望んでいた。

 王の咎は王の死で報い、子孫に罪はない。

 だがしかし、国を支える善良な民は許しがたい罪に不信感や不安感を抱いている。

 王族が黙認した罪は確固たる証拠を基に、白日の下に晒さなければならない。

 悪人や国に裁きを下すのは、罪の報いを受けた王の血筋を色濃く受け継ぐ者でなければならない。

 それが残された王族の使命であり、新生国の王となる者の真価が問われる重要な使命でもある。


 ーーー過去の罪は、現在の善良な行いにより、未来は必ず幸せな報いを受けると

 


 死ぬ間際まで悪を貫き通したミレーナは、ロズウェル国に這いつくばる悪人達を道連れにして奈落の底に陥れる。

 ミレーナは、民を愛して平和と幸福をもたらそうとした祖父ネビルの信念を忘れてはいなかった。

 そして、近い未来にクライシスやライオネルが新生国を建国する日を見据えていた。


 直感を信じて行動に移すミレーナは、あの日クレイアスを選択したことに一切の後悔はなかった。予想通りにクレイアスはエスバーンの欠点だけを受け継いだ子供であり、その欠点を赤子の時に見抜いていたミレーナは、いち早く手立てを講じる。悪しきミラウェイ一族エディンの二の舞を踏まないように、クレイアスを再起不能にして、復讐の計画に利用した。

 それがクレイアスに課せられた使命であり、ロズウェル国の王族の血を引く者の抗えない運命(さだめ)である。生き残る為には悪人にもなり、強かに狡賢く生きていかなければならない。

 ミレーナは今の今まで後悔はしていないはずであった。けれど、まさか自分の口から謝罪の言葉が出るとは、嘘で固めた心は、死と直面して正直になっていた。

 ミレーナは故意的に心の弱いクレイアスを因縁の戦いに巻き込んだ。それが今更になって、悔いても悔やみきれない想いになるとはーーー

 

 浅い呼吸で苦しそうに顔を歪めて、残りわずかな命を燃やすミレーナは、後悔に駆られて涙を溢す。そんな姿にクレイアスは、ゆっくりと口を開いた。


 「母上、私は、自ら悪に手を染め、愚かな人間と成り果てました。

 けれどそれは、すべて私の所為であり、決して母上の所為ではありません。

 すべては己と向き合わずに逃げた、私自身の不徳の致すところであります。

 母上は、最期まで信念を貫き通しました。母上にしか成し得ないことであります。

 私からの最初で最期のお願いがあります。どうか、この愚かな私のことで、悔いを残さないで下さい。」


 縛られた身体で、まるで土下座をするかのように頭を床に付けるクレイアスは、嗚咽を漏らす。

 ミレーナは、もう声が出ない。ただただ頭を横にゆっくりと振り、クレイアスの言葉を否定する。咎められてもおかしくはない罪を、ミレーナは散々犯したというのに、いつもと変わらないクレイアスがミレーナの心を余計に苦しめる。


 クレイアスはすべて知っていた。ミレーナに毒を盛られて、子を授かれない身体である事実を知っていたが、しらを切り通していた。

 一度たりともミレーナを咎めることもなく、口にすらしなかったクレイアスは、最期まで変わらぬ姿勢を貫く。ミレーナの判断に二言はなく、あまつさえ感謝していたのだ。


 『母上』と呼ぶほどに、ミレーナを母として尊敬していた。

 クレイアスは、世界にたった一人の母と呼べるミレーナと、血が繋がらなくとも最期まで母と子でありたかった。



 分不相応な立場に置かれて、お飾りの王となったクレイアスは、誰が見ても愚王であるのは明らかであった。

 彼は他人にも、自分にさえも優しすぎるが故に人一倍心が弱く、けれどある意味、弱い自分に陶酔していた。初めから王の素質に欠けていたが、女に耽溺するようになると、もはや手のつけようがなかった。それは誰よりもクレイアス本人が一番理解していた。

 現実から逃げるように女性に溺れるクレイアスは、空虚な心を満たそうと次から次へと手当たり次第、女性と親密な関係を持ち堕落していく。

 そんなクレイアスの初恋相手は、紛れもなくカミラであった。カミラとの出会いがクレイアスの人生を大きく変えて、叶わぬ想いが次第に悪人へと変貌させる。クレイアスが妖艶で強かなカミラに惹かれるのは時間の問題であった。エスバーンが王宮内にカミラを隠密に招き入れた際、情事を交わす二人の姿を物陰から恍惚な表情で見つめるクレイアスに、ミレーナは危機感を覚える。それと同時に、利用価値を見出していた。仲間ではなく敵と化した悪女カミラを陥れる為に、クレイアスを利用したのだ。カミラはエスバーンやクレイアスとの間に子を授かり、ミレーナを陥れてロズウェル国を我が物にしようとした。サディアブル一族の中で頂点に君臨したいカミラは、邪魔なミレーナの命を幾度も狙い、牙を向けた。けれどミレーナは、死に物狂いで守り抜く。どうしてもこの国の座だけは譲れなかった。多くの犠牲の上に、悪女として立ち続けるミレーナは最期の最期まで一切の弱みを見せなかった。ミレーナの意思は固い。それは壮絶な苦労を知らない欲まみれな悪女に、ロズウェル国の民を巻き込みたくなかったからでもあった。


 ミレーナはエスバーンやクレイアスに毒を盛り、傀儡にしたのは、女にうつつを抜かす男達に、むやみやたらに子孫を残す選択肢はなく、王政を任せるなどもっての外であったからだ。

 カミラを国外へと追放して、息子ザシランに委ねるしか策がないミレーナは、自分で自分を傷つけていた。守るべき愛する息子に脅威を晒させてまで、祖父や父が遺した意思を受け継ぎ悪を貫くミレーナは、次第に悪の心に蝕まれて壊れていく。そんなミレーナを兄のライアンや帝国にいるモネは真摯に向き合い、心から支えていた。二人の存在があったからこそ、ミレーナは今日という日を迎えられたのだと、蘇る辛い記憶と共に感慨に浸る。


 今日という日をどれほど待ち望んでいたであろうか。

 終わりの見えない不毛な争いと、死と隣り合わせの日々を何年も何年も生き抜いて、自分や他人の人生を犠牲にしてまで、絶好の機会を狙う黒鳥は、ようやく自由に羽ばたいて空高く飛べる日が訪れようとしていた。


 「リューシュ」


 声は出ないが口の動きは、ミレーナが思い焦がれた地名であった。

 愛する息子ザシランが建国したキールッシュ帝国を救国せず、ロズウェル国に居座るミレーナは、ザシランを、そしてリューシュで過ごしたかけがえのない日々を忘れない日はなかった。遠く離れた地から手を差し伸べるミレーナは、いつ何時も帝国を守る為に、密かに力を尽くしていた。


 物悲しげな表情をするミレーナにエミリアは言葉をかける。最期の想いを汲み取ろうとした。


 「ミレーナ様、リューシュに帰りましょう。」


 エミリアの言葉に目を瞑るミレーナは、ゆっくりと首を横に振る。それでもエミリアはミレーナの頑なな心をとかそうと言葉を継ぐ。


 「皇帝陛下は母親の帰りを待ち望んでいました。今からでも遅くはありません。傍にいてあげて下さい。」


 ゆっくりと口を動かすミレーナに、エミリアは言葉を読み取る。ミレーナの想いがエミリアの声で伝えられる。静まり返る謁見室は皆が皆、ミレーナの言葉に胸を痛めていた。



 「悪魔の鳥は

  帰れない

  私がいなくても

  あの子が愛した子ども

  立派な子ども達がいる

  安心よ

  会えてよかった

  ライラ、ジルアン、カイアス」



 ジルアンとカイアス、ライラは涙を浮かべる。


 “宿敵を倒して、帝国を守り抜き、国の繁栄と幸福を願う”


 カイアスは、父親が遺した言葉を思い出す。父親の想いを叶えようと、今この瞬間に為すべきことは何かと自分に問いかけて、天を仰ぎ亡き父に問い質す。


(父上、貴方が遺した言葉の意味は、愛する母親が囚われ続けた復讐とういう名の見えない敵を倒して、無意味な争いを終わらせた後、帝国を愛し守る母親を我々三人と共に帰還して、讃えまつれということなのでしょうか?)


 ライラは、カイアスの意味深な行動に目を瞠るが、カイアスの隣に立つジルアンも同じ動きを見せたことで、ライラは察しがつく。


 「ミレーナ様を帝国に帰還させましょう。愛する父から託された最後の使命ですから。」


 唐突に放たれたライラの言葉に動じることなく、穏やかな表情を浮かべるジルアンとカイアスは無言で頷くだけであった。


 ザシランが帝国の未来を託した愛する三人の子供は、ミレーナの元へと歩み寄る。


 



いつも読んでいただきありがとうございます。

ブックマーク登録していただき、本当にありがとうございます。


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