85.グランド一族の知られざる苦悩
「ご無沙汰しております、ミレーナ様。お元気そうで何よりです。」
ミレーナを見下ろす一人の男性、グランド公爵家当主オーウェンである。
眼鏡の奥の鋭い眼光が、ミレーナを射抜くように睨みつける。
ミレーナが叫んだ言葉に、ふつふつと怒りが湧き上がるオーウェンは、内に秘めた想いを打ち明けようとしていた。
本音を吐露する父親の姿に、ライドとエミリアは、苦悩の人生を歩んできた父親の、本来の姿を初めて垣間見る。
グランド一族に生まれた運命、それはどうしても抗えない運命である。
運命に翻弄される人生は、サディアブル一族だけではない、グランド一族も同じであった。
それなのに、ミレーナの言葉はグランド一族だけが、未来永劫ミラウェイ一族の呪縛から解放されないことを断言しているかのようであった。
いつものように、オーウェンは不条理な現実に突きつけられていた。
オーウェンの瞳は、冷たい怒気と虚しさが入り混じり、寂寥感を孕んていたのだった。
ロズウェル国四代公爵の中でも、最も王族と深く繋がりを持ち、一際異彩を放つグランド公爵。
王族が逆らえない屈指の軍事力と影響力を持ち、国王から直々に国家諜報員を任されるなど、戦略家としても名高いグランド一族は、元を辿れば極悪非道な暗殺者の寄せ集めで構成されているとは、誰も知る由もない。何しろただの悪人が、いきなり貴族に成り上がり、挙句には、公爵位の爵位を授かったのだ。国家に貢献してきた高位貴族からしてみれば、許し難い所業である。
しかしこれら全ては、ネビル・サディアブルから命を狙われるミラウェイ一族が、国王を脅して、絶対的な権力を振りかざし、一族の保身の為だけに異例の策を講じたからである。
由々しき事態に、国王は目をつぶるしかなかった。ルフォンドは愛する家族を守る為、意図的に黙認するしかなかったのだ。
王配であるエディンから提示された多額の報酬金に目が眩んだ凄腕の暗殺者、オーウェンの祖父にあたる初代グランド公爵ダニエルは、頭の切れる、強かな男であり、瞬く間にロズウェル国の筆頭公爵にまでのし上がっていく。
命令に従えば、エディンから多額の金銭を授受される。そんな格好の餌食を、ダニエルがみすみす逃すはずがない。お金に目がない、金の亡者は、知性が無いエディンを都合の良いように利用しては、資産を膨らませていた。
王政に私情を挟み、公私混同の政権を執る横暴なミラウェイ一族は、ロズウェル国を徐々に衰退させていく。
フランの死去、エディンが一族の中心となり、国費を私的に濫費、濫用する。その大半は、エディンの女性関係に費やされていたとも言われていた。
エディンは不思議なことに、絶世の美女と謳われる王女レイナーラに全くもって関心がなかった。レイナーラがモーフィスとの子を出産しようが、ラームスと隠れて親密な関係を持とうが、何一つ、気にも留めなかった。
なぜならそれは、不特定多数の女性と関係を持っていたからであった。
複数人の女性を侍らせて、連日連夜、王宮内で遊び呆けていたエディンは、良くも悪くも、ミラウェイ一族の子孫繁栄に大いに貢献する。
その子孫を、守るように命じられていたのが、周知の通りグランド一族である。
他国にまで及ぶ女性関係と、関係を持った女性の多さに、グランド公爵邸で保護、教育を施したエディンの妾や子供は数知れない。
中には守りきれずに暗殺される者も少なからずいた。また、才能を認められて、グランド一族となる者もいた。
グランド公爵は、傍から見たら君主に忠実な臣下であった。
けれどダニエルは、命令に忠実に従っていたわけではなかった。彼は根っからの悪人であり、人を人とも思わない、人間を駒のように扱う男であった。そんな非情な男は、一族郎党諸共、生き残る為に先を見据えて行動していたのだ。
ダニエルが築き上げたグランド一族が、今も尚、最強の暗殺者集団であるのは、その根源が消えないからである。
先を見据えていたダニエルは、最期の大勝負に出る。自らの命と引き換えに、ネビルを倒したのだ。
命を落としてまでネビルを暗殺した理由、それは、自分の代で全てを終わらせようとしたからである。情に厚いダニエルは、大切な仲間、そして妻や子供までも失い、人生の歯車が狂い始めたからでもある。
国王ルフォンドが崩御すると、ロズウェル国は急速に衰退の一途を辿る。女王陛下に即位したレイナーラは、もはやお飾りであった。実質、政権を握るのはミラウェイ一族であり、増税政策により民の顰蹙を買い、暴動が頻発、国内情勢の悪化は、グランド一族にとっても大打撃であった。
報酬金が支払えない状況下でも、ネビル率いる暗殺者達との不毛な争いを続けなければならなかった。
それは、サディアブル一族がミラウェイ一族を保護するグランド一族に、矛先を転じたからである。
ダニエルは、ミラウェイ一族による理不尽な所業や処遇に憤りを感じて、ネビルに和解交渉を持ちかける。そして、死をもって交渉成立をしたのだ。後のことは、たった一人残された息子アーノルドに全てを託して、ダニエルはこの世を去る。
ダニエルの死後、アーノルドは父親の意向に沿い、ロズウェル国との関係に終止符を打つ。今まで受け取った全ての報酬金や領地、加えて爵位も、何もかも全て王家に返上して、ロズウェル国から逃亡を図る。それは、父ダニエルが大切にしてきた仲間や家族などを守る為であった。
けれど、ミラウェイ一族はグランド一族を、そう易々と逃してはくれなかった。
自由と引き換えに、全ての責任をグランド一族に転嫁したのだ。
グランド一族は、ミラウェイ一族とサディアブル一族の因縁の戦いに、巻き添えを食らうこととなる。
父ネビルが暗殺されて、ロズウェル国に攻撃を仕掛けるサディアブル一族の惣領ラームスは、なりふり構わずロズウェル国民に牙を剥く。
ネビルとダニエルが交わした和解交渉に不服のラームスは、狂乱状態で襲い掛かってきたのだ。
ラームスの異変は、すぐに判明する。エディンが、レイナーラを毒殺したからであり、女王暗殺を企てたのはグランド一族であると告げたのだ。
再三にわたり、許し難い所業を受けるアーノルドは、エディンと初めて重大な契約を交わす。
宿命の対決に決着をつける代償として、自由に生きる権限を授かる契約であった。
けれど、自由を手に入れるということは、これほどまでに壮絶であるとは、グランド一族の誰もが想像もしていなかった。
当初、グランド一族が提案した和解案に応じる姿勢をみせていたラームスは、和解交渉を決裂して、突如グランド一族に襲い掛かる。
ラームスの希望通りに、エディンを暗殺、無益なミラウェイ一族の血筋を亡き者にするが、サディアブル一族は、もはや精神が崩壊していたのだ。
何をしても満たされない乾いた心を潤す為に、敵は争いに手段を選ばなかった。狂気を振りかざして襲い掛かるラームスの生き様は、互いに宿命を背負い生きてきた両者の意地の張り合いでもあった。
グランド一族は、比類なき才能を持った仲間達や愛する家族、恋人など、多くの一族郎党を失い、幾度となく無念の思いを飲み込んできた。
グランド一族とサディアブル一族、両者は同志であると同時に、敵でもある。
両者共に、保身の為に黙認しかできないロズウェル国の王族、そして何よりも一番は、諸悪の根源であるミラウェイ一族を恨み、復讐を誓っている。
そんな両者の積年の想いは、だだ一つである。
“自由になりたい”
どちらかが降伏しない限り、自由に生きる権限は与えられない。
それが、両者に課せられた宿命でもある。
オーウェンは、過去を振り返り、人生を振り返っていた。
どことなく寂しそうな表情を見せるオーウェンに、ミレーナは、穏やかな表情で応じる。
「グランド公爵、すまなかった。」
ぽろりと落ちる涙に、オーウェンの瞳からも、ぽろりと涙が溢れる。
サディアブル一族とグランド一族が、積年の想いを分かち合う瞬間であり、ようやく宿命の対決が幕を閉じる瞬間であった。
投稿が大変遅くなりまして、誠に申し訳ございませんでした。
これからも引き続き、頑張って投稿しますので、読んでいただけたら幸いです。