84.隠された真実④
サバト鉱山へと繋がる山道の麓で、ネビルを救助したラームスは、自らの手でフランに懲罰を与える。
強い怒りと悲しみがラームスを凶器へと変えていた。それは、正義が悪へと変わる瞬間であった。ラームスは、一瞬の隙を見てフランを倒す。
ネビルが目を開けた時、息子ラームスに抱えられながら馬上から眺める光景に、フランの最期の姿が見える。一思いに、長剣で斬首されたフランは、もはや屍となり朽ち果てるだけであった。
思ってもみないラームスの強さに唖然とする部下や騎士達を横目で見ながら、急いで馬を走らせるラームスは、ロズウェル国の国境付近に位置するオルガナ族が住む集落へと向かっていた。
小さな小屋の前に辿り着くと、ネビルとラームスは暫くの間、ただ呆然と立ち尽くしていた。ネビルの瞳からは涙が溢れて止まらない。息をするのも忘れて、息が苦しくなり地面に崩れ落ちたネビルは、蹲り地面を思いっきり叩いて発狂した。咽び泣く父親の震える背中を優しく摩るラームスも、涙が溢れて止まらなかった。二人は声を殺して、暗闇の中で静かに泣いていた。
ゆっくりと立ち上がったネビルとラームスは、小屋から少し離れた場所に穴を掘り始める。虚な目をしながら一心不乱に穴を掘る表情からは、全ての感情が消えたように無表情であった。死者を埋葬した後、小屋に火をつけて静かにその場から去っていった。
ミラウェイ一族は、サバト鉱山で働く作業員達の死体を鉱山の中に戻して、作業員の家族には落盤事故で命を落としたと説明していた。
しかし、残された家族は、全て事情を知っていた。それは、無念の死を遂げた仲間達の想いをネビルが、家族一人一人に伝えていたからである。けれど、自分の身を守るために悔しくても口を噤み続けなければならなかった。
ネビルの想いに応えたくて、事実を絶対に口外しなかった。
そして家族達は、決して許してはいけない凄惨な事件を、ロズウェル国があり続ける限り忘れ去られないように、口伝えとして後世に残してきたのである。実は、ミラウェイ一族による凄惨な陰謀は、もはやロズウェル国民であれば誰もが知る昔からの言い伝えであった。公にするのを禁じられているが、今もなお忘れられることなく、民の心に刻まれていた。
ネビルとラームスは、ロズウェル国を去る。酷く荒らされた屋敷には、金目の物は一つも残っておらず、衣服と食料、仕事道具を鞄に詰めてカーマリシャ地方へと逃亡する。
しかし、カーマリシャ地方での生活は過酷であった。虚偽の情報が知れ渡り、悪人に仕立て上げられたネビルとラームスの首には、多額の賞金がかけられて暗殺の標的にされていた。住む場所も追われて、暗殺者から身を守る生活は、心身を極限状態にまで追い込んでいた。
ネビルとラームスは生きていく為に、一大決心をする。二人は、悪の道へと進むことを決めた。
元より頭脳派であるネビルとラームスは、めきめきと頭角を現して、悪名を轟かせる。ネビルは、誰もが恐れをなす“稀代の極悪人”という名を知らしめるほど、裏の世界で頂点にまで上り詰める。そんな男に、ミラウェイ一族でも、さすがに敵うはずがなかった。
否、もうミラウェイ一族は足元にも及ばぬほどに、後退の一途を辿り始めていた。
それは、ルフォンドやネビルの想像通りであり、ネビルがロズウェル国から追い出されてから、すぐに不運に見舞われる。
ロズウェル国の収入源である、銀の資源が枯渇したのである。
サバト鉱山では、急に銀鉱石が出なくなり、閉山せざるを得なくなっていた。元々、レンモール湖周辺一帯の山々は魔女が住む山として先住民から恐れられてきたが、ネビルに代わり鉱山事業の責任者となったミラウェイ一族は、禁忌をおかす。
サバト鉱山のサバトは魔女に深い敬意を払い、その名が付けられていた。
銀鉱山を発見した当時、ネビルは先住民から教わった代々伝わる習わしを守り、採掘作業を続けていた。それは週に一度、神に祈りを捧げる習わしがあり、その日は採掘作業を休み、安息日としていた。またネビルは、採掘量も決めていた。他国の銀需要を考慮しながら採掘していたのだ。
民衆からは、事故死した採掘作業員の呪い、魔女の怒りと言われて、非難を浴びせられた国王ルフォンドは、追悼の意を込めて慰霊碑を建立する。国王は毎年、ザバト鉱山へと足を運び慰霊碑に向かい、涙を流していた。
サバト鉱山の閉山を皮切りに、ロズウェル国は衰退していく。
ミラウェイ一族による国費の無駄遣いが、衰退を加速させていた。国王に刃向かうミラウェイ一族は、国民に重税を課せてまで、贅沢な暮らしを続けていた。
しかし、一族の欲を満たす贅沢な生活は、そう長くは続かなかった。
ミラウェイ一族の計画は、多くの犠牲を払ったにも関わらず呆気なく終わりを迎えた。
要するに、ミラウェイ一族は没落したのである。
王女レイナーラの夫となったフランの息子エディンは、表面上は王女を悪しきサディアブル一族から守り、悪を根絶した勇者として民に讃えられて、武勇伝まで語られているような人物であった。だがそれは、全て真っ赤な嘘であり、エディンは父親のフランに比べると武勇に優れておらず、全てにおいて人並み程度の能力しかなかった。
更には王女レイナーラとの間に子は授からず、ミラウェイ一族は事実上、ロズウェル国の王族として認められないも同然であった。
認めたくない民が、王族にミラウェイ一族の血を入れさせないようにと、あらゆる手段を講じだからでもある。
そうなると前国王エスバーンは、エディンの子ではなく、王女レイナーラが愛した男、モーフィスとの間に授かった子であった。
レイナーラは、モーフィスと婚姻する前から身籠もっていた。
国王ルフォンドは、自分の命よりもレイナーラとお腹に宿る命を守りたかった。
泣く泣く苦肉の策を講じたルフォンドは、ネビルに無実の罪を着せるしかなかった。
そして、エスバーンの異母弟であるライアンは、異母弟ではなく異父弟であり、実は王女レイナーラとラームスの間に授かった子であった。更には、クロウネも二人の子であり、後にロズウェル国の王妃となったクロウネは、本当はロズウェル国の王女となる人物であった。
王女レイナーラがモーフィスの弟ラームスと、静養で訪れていたカーマリシャ地方で、運命的な出会いを果たす。
レイナーラはモーフィスを失った悲しみに明け暮れて、日に日に衰弱する身体は命までも脅かすほどであった。王女のお腹の子が、モーフィスとの間に授かった子であると報せを受けたネビルとラームスは、無事に出産を終えるまで、カーマリシャ地方で静養するレイナーラの傍に寄り添いながら、仕事をしていた。
モーフィスに似て温厚で優しいラームスは、レイナーラを献身的に支えていた。そんなラームスにレイナーラが惹かれないわけがなかった。ラームスと過ごす日々に生きる希望を見出すレイナーラは、ロズウェル国に戻った後も、幾度となく逢瀬を交わして親密な関係を築いていく。
けれど、ネビルとラームスは国王ルフォンドを含めてロズウェル国を、そう簡単には許せなかった。
ネビルは、サディアブルの血を引く、エスバーン、ライアン、クロウネにロズウェル国の新しい未来を見据えて動いていた。
だがしかし、ミラウェイ一族の根絶を目指して奔走するネビルは、志半ばでこの世を去る。
ネビルを暗殺したのは、ロズウェル国筆頭公爵家であるグランド公爵である。オーウェンの祖父にあたる人物であった。
グランド公爵家のみが国家諜報員に任命されて、王族と深く繋がりがある理由。
それは、ミラウェイ一族の血筋を絶やさない為であった。
固定観念を覆す衝撃の事実が、クロウネの口から語られる。
長い間、深い闇の中に葬られていた、人々を苦しめる呪縛が解放される。
「出て来い!グランド一族!呪いの元凶!青い瞳を受け継ぐ悪魔の血よ‼︎」
クロウネの魂の叫びが、静まり返った謁見室内に響き渡る。
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