8.エミリアの親友
エミリアは教室に入り、ラリーシュシュ辺境伯御息女のリリーローズの隣に座る。
「おはよう。リリー。」
「うん?あーリアね。おはよう。」
相変わらず、朝から趣味の読書に没頭中で、私の存在に気付いていない。
まあ、それが私にはとても居心地が良いから、全然気にもならなかった。
リリーローズは、学園ではいつも一緒に過ごす友達である。
ラリーシュシュ辺境伯の領地は、キールッシュ帝国に程近い所にあり、自然豊かな緑溢れる、花々が美しい土地である。ロズウェル国の王室や首都に卸される殆どの花は、ラリーシュシュ辺境伯領産であり、毎年の様に新種の花を生産して、他国へ輸出するなど国家経済に大きな影響を与えている。
花の品種改良や新種開発、研究の責任者はラリーシュシュ辺境伯ではあるが、実際にはリリーローズが中心となって、研究や開発などをしている。読書の本は全て植物関連の専門書であり、休日は王都のタウンハウスに引き篭もり、土や泥まみれになっていた。
そして、暫く学園を休んでいると思えば、辺境伯領の領地に帰省して、隣国のキールッシュ帝国に入国しているくらい、危険を顧みず趣味に没頭してしまう。少しは、危機感を持って行動するようにと、注意してはいるがーーー
もし影に配属命令をしていなかったらーーーと思うと恐怖や不安に苛まれる為、お節介と思うかも知れないが、致し方ない。
行動が予測不可能なリリーローズには、無償・無期限で護衛すると決めていた。
リリーローズは、もはや植物を愛しすぎて愛好家の域を優に超えていた。
その結果、社交場では一度も姿を見た事がない。まあ、他人のことは言えないがーーー
学園の貴族の端くれ達は、夜な夜な遊び呆けては、婚約者の浮気や断罪イベント?とかいう、よく訳も分からない、根拠のない噂話で、毎日のように盛り上がっていた。
そんな中、趣味に没頭する地味な二人は、学園で唯一婚約者がいない貴重な存在らしい。毎日、年齢を問わず、婚約者がいようとも、求婚してくる求婚の嵐に嫌気がさしていた。
リリーローズや私は、全く男性に興味がなかった。それにお互い、両親から一生独身でも良いと言われているので、求婚されようが、気にもしていなかった。ただ、休憩時間が削られるのだけは許せなかった。
しかし、リリーローズに至っては、逆に断っても懲りずに求婚する男性の、時間と労力を有効活用できないか真剣に考え始めてるから、いつもながら発想が面白くて笑ってしまう。
奇想天外な発想は他にもあった。
趣味に没頭する為、時間と労力を節約する目的で、学園に入学してから変装をしている。
伊達眼鏡をして、化粧でわざとシミやそばかすを作り、髪も手入れしていないようにボサボサにして、前髪を目が見えないくらいに長く伸ばし、陰湿な雰囲気を醸し出すように、毎朝準備して通学している。手の込んだ変装は圧巻であった。
本人曰く、いわゆるブスを演出しているそうだ。突出した発想は、誰にも真似できない。
リリーローズの正体を知って、私も同じ様に演出していれば良かったと、何度も後悔した。
今更、もう手遅れなので素晴らしい出来栄えに、許可を得て変装の参考にしたり、最近は相談すると、わざわざご教授して頂けるので感謝してもしきれない。
そんなリリーローズも、ひとたび変装を解くと、容姿端麗な、美しすぎる女性が姿を現す。
栗色の髪に、淡い紫色の大きな瞳が特徴的な小さなお顔に、細くて華奢な身体が可愛らしさを強調している。
女性でも庇護欲をくすぐられるくらい可憐な少女であった。
しかし彼女は、芯が強く、潔い性格は女性らしさに欠けていると気にしていた。私は憧れているがーーー
過去に性格を否定されて落ち込んでいるところを、とある少年に救われて恋が芽生えたことを、滅多にしない恋話で、最近初めて聞かされる。
『初恋の人』という爆弾発言に最初は驚いたが、更に驚くべき事実が語られたので、動悸がして、止まらなくなりそうだった。
『初恋の人』は同じ学園の同級生で、それも私と関係している人物と言われる。
直ぐに、言わなくても誰か分かってしまった。
『初恋の人』は、留学生のカイアスであった。
突然、真剣な眼差しで恋話をするから、揶揄うのも躊躇して、私も親身に友人の話に耳を傾けていた。
どんどん話が進んでいくうちに、カイアスまで辿り着いた時には、恋話をした意図が明確になっていた。
友として協力しようと決意したが、私しか知らないカイアスの情報から考えて、任務成功率は、ほぼ100%であった。
それは、去年からカイアスにリリーローズの事を教えて欲しいと依頼されていて、漸く依頼理由を聞き出した内容が裏付ける。
カイアスは『リリーローズが好きだ』とはっきり宣言していたのだ。
リリーローズを好きな理由もまた、衝撃的であった。それは、リリーローズと全く一緒だからである。あの日に出会った少女を忘れられなくて、密かに探していた所、予想外な調査報告が届き、目を疑ったそうだ。
奇跡的な二度目の出会いが、不本意な留学生活を、一瞬で眩いくらい輝く生活に変えてくれたと、大事な女性を二度と逃したくないと話すカイアスがとても素敵で眩しかった。そして、羨ましくもあった。
美男美女同士で性格も合う、両想いの二人を応援する他はない。
けれども、二人には障害が多すぎて一人では到底無理な為、協力者としてライオネルとゴードンにもエミリアは相談していた。
二人を結ぶには、ライオネルの手腕にかかっている。心配は無用だと感じる。
ふと、自分も幸せになりたいと思ってしまった。絶対、リリーローズのせいである。
『リアも初恋の人と結ばれて、私と一緒に幸せになろう。』と言われて、いいえ無理よと言う選択肢をどうしても選べなかった。
『一緒に幸せになろう』なんて嘘を吐いてしまった。でも、そうなりたいと願う自分がいるから、嘘でも言いたかった。
嘘が現実になる訳もないのにーーー
『初恋の人』とは、結ばれる日は一生訪れないとわかっていても、希望を捨てられない自分自身がいる。
本当は、希望は捨てろと言われても、絶対に捨てたくなかった。叶うものなら、叶えたかった。
二人のように、本心を言えたらーーーどんなに幸せであろうか。
私も、あの日、お茶会で初めて出会った少年に、恋が芽生えた。
リリーローズと何が違うと言うのだろう。
どうして好きになってはいけないのであろう。
でもーーー明らかに他人とは違うのである。
ライオネルは私の『初恋の人』で、彼を失いたくなかった。
片想いでも、全然良かった。
友達でも良いから側にいたかった。
叶わない夢を抱くだけなら、誰にも咎められない。
エミリアの本心は、再びそっと心の奥底に封じられた。
頑張って、毎日執筆活動して、投稿しますので、宜しくお願い致します。