76.宿敵と宿命
いつもより短めです。
歓喜の声が上がる舞踏会ホールで、エミリアはミレーナを縛り上げていた。
無表情に淡々と後片付けをするエミリアは、ミレーナの身体をまんべんなく触り、隠し持つ武器を押収する。手袋をはめて、ミレーナの口を開けたエミリアは、左右奥歯に仕込んだ毒薬を取り除く為に、奥歯ごと素手で抜き取り袋に入れた。
人形の頭を拾い、「嗚呼、これ直せるかしら。」と呟きながら、頭のない人形を背負い、一旦天井裏へと戻ろうとしていた。
背後からシモンズの気配を感じたエミリアは、後ろに振り返る。
振り返った先には、シモンズがエミリアを見つめながら立っていた。後方からグレンや暗殺者達がエミリアの方へと近づいてきている。
「ご苦労。見事だった。怪我はないか?
どうした?それは治らないぞ。無理だ。」
シモンズに話しかけられるエミリアは、無表情であり、明らかに目は死んでいた。覇気のない声で、用件のみを伝える。
「叔父上、後はよろしくお願いします。」
エミリアは、縛り上げたミレーナを指差した後、シモンズと目配せを交わす。シモンズが「ああ。」と頷いたと同時に、軽く頭を下げて、天井裏へと戻っていった。
シモンズは、エミリアの表情に、胸が締め付けられていた。
圧倒的な強さで、敵を難なく始末したエミリアは、皆が歓喜に沸く中で、一人だけどこか寂しげであった。
「守れなかった。」
グレンの嘆息と頼りない声が漏れる。つられてシモンズも嘆息を漏らしていた。
漸く敵を倒したというのに、心はモヤモヤして、気分は晴れなかった。
気絶して横たわるミレーナを、鋭く睨むシモンズは、何一つも思い通りにならないエミリアの人生を想うと、悲しみが込み上げる。
命は救えても、エミリアの心は、救えなかった。
「大事な命は救えたんだ、姉さんも感謝してると思うよ。後は追々、力になってあげれば良いんだ。まだ本人も現実を受け止めきれていないようだから。」
「何も悪くないのに、あんまりだ。」
「そんなに嘆くな。ああ、そう言えば、エミリアはお前と戦うのを楽しみにしてたんだ。今度、手合わせしてやってくれないか。エミリアは、武器マニアだから、お前と気が合うと思うんだよな。落ち着いたら武器収集にでも誘ってやってくれ。」
「へぇー、そうか、わかった。そんなことで、少しでも心が救われたら良いんだが………。」
グレンは、愛した女性、アリアナが大切にしていたエミリアを守りたかった。
母親を亡くして、孤独に生きる弱さを隠して、虚勢を張り、強かに戦うエミリアを見るのは、抱える深刻な事情を知っているからこそ、辛かった。
どんなに悔しくても、結局は運命は変えられない。これが現実であると、つくづく思い知らされる。
持って生まれた不条理な運命に、苦悩して、それでも抗い、辛い境遇にも忍従しながら、やむを得ないものとして受け入れて、でもどこかで自分の運命を変えようと、諦めないで戦うエミリアは、漸く念願の宿敵を倒しても、何も変わらなかった。
生きづらい人生から解放されて、縛られない自由な人生が訪れるわけではなかった。
素直に喜べないのも、これから先も変わらず、宿命と向き合い、生きていかなければならないからである。
呪われた青い瞳と悪魔の血
課せられた宿命に抗わず、自分らしく生きていけば良いのだとーーー
ーーー諦めと覚悟、固い決意をしたエミリアの心に、現実は容赦なく突き刺さる。
一縷の望みに縋るエミリアは、現実味を帯び始めた人生に、絶望して虚しさに襲われていた。
愛する人と共に生きる人生は、宿敵を倒したと同時に、一瞬で崩れて、消えてなくなる。
望んだもの全てが、いとも簡単に、自分の手からすり抜けて落ちていく。
愛する人が、自分以外の人と寄り添い生きていく人生なんて、見たくはない。
愛する人の隣で、片時も離れないで、共に手を取り、寄り添って生きていきたかった。
“永遠の別れ”をしても尚、望みを捨てきれない自分の未練がましい醜さに嫌気が差す。
未練を捨てきれない自分は、心の中から消えてはくれなかった。
エミリアが天井裏に着いた頃合いを見計らい、ホール内は灯りが灯されていった。
そして、正面の入口からライラ、ジルアン、カイアス、ゼンが扉を開けて入って来た。続けて、ゾーゼフ率いるロウマン中将の部隊も、どこからともなく現れて、皆が皆、気絶しているミレーナを囲むように集結していた。
一方でエミリアは、グランド一族の諜報員達と忙しなく動いている。後片付けに追われていた。
複雑な表情を見せるエミリアに、掛ける言葉も見つからない諜報員達は、ホール内へと何度も往来しながら、黙々と元通りに戻していた。そんな中、ラナは灯りをつけ終わり、天井裏へと戻って来る。暗く重い空気が流れる天井裏の雰囲気を察したラナは、近くにいた諜報員に小声で状況を確認していた。
「何も変わりはないですか?」
「はい。」
「分かりました。」
「見てると辛いですから、片付けに集中していました。」
「そうですね。」
エミリアを見つめるラナも複雑な表情を浮かべる。
計画の成功と同時に、エミリアはすぐにロズウェル国を去ることになっていた。長年通った王宮、この生まれ育った国とも、今日が最後のお別れである。
そして、ラナもエミリアの侍女としての役目が終わる日でもあった。晴れてオリビア連合国軍の諜報員に就任することが決定している。
この先、エミリアと共に任務することがあるとしても、バディを組むことは、おそらくもうない。実質、今日が最後であった。
諜報員達に計画変更を伝えて、ゾーゼフを必死に説得、タイミングよく人形に光を当てるなどなど、主に懲戒処分を科せられてもおかしくないような、エミリア発案の計画に同意して、全面的に、全力で協力をしたのも、恩に報いる為であった。
「そこ、コソコソと話をしない。時間ないわよ。この壊れた人形をよろしくね。私、ちょっとキキを呼んで、これを我が家に届けるから。」
エミリアはミレーナの奥歯が入った袋に、コスター宛の手紙を付けていた。コスターに毒の鑑定を依頼して、結果は罪状の証拠資料にするつもりである。キキを呼ぶ為に、天井裏から屋根上に通じる扉の方へと消えていった。
エミリアから依頼された頭のない人形を荷馬車に運ぼうとする諜報員は、予想外の重量に手こずっていた。
「ふぅー、重い、これは一人では無理です。」
「え⁈ どれどれ。 本当だ。よくこんなの一人で。はぁ、信じられない。」
エミリアが一人で背負っていた人形は、諜報員二人かがりで運ばれていった。
エミリアが屋根上に到着した時、空の彼方から鷹が飛んでくるのが見えた。よく見ると鷹は、キキである。不思議なことに、呼ばなくとも、キキの方から向かって来ていた。
「キキ、偉いわね。ありがとう。あなた、お城が好きだものね。今日はここにずっといたんでしょう。体が冷えているわ。キキ、これをよろしく頼んだわよ。今までありがとうね。」
エミリアが包み紙をキキの脚に括り付け終わると、キキはまた空高く飛んでいく。
空を飛ぶキキと夜空を眺めるエミリアの目から、涙がスーッと流れ落ちた。
ふと視線は、東棟の方へと向けられていた。懐かしい記憶を思い出しながら、物悲しげな表情で王宮東棟をただただ見つめていた。
静かな夜、ほんの僅かな時間、感慨にふける。
「さようなら。」
思い出の地と別れを告げた。
蘇る淡い過去の思い出を振り切るように、指でさっと涙を拭い、再び天井裏へと戻っていった。
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます。
最新話をたくさん読んで頂き、ありがとうございます。
誤字や脱字があり、修正しています。いつも、いつもすみません。
そして、『悪魔の血』という言葉は何だろうと思ったかもしれませんが、この言葉には、少し深い意味が込められていて、エミリアがアリアナから告げられた後、誰にも伝えられなかった事実になります。ミレーナの断罪場面で明らかになりますので、今回は、さらっと読んでいただけたらと思います。
今後もよろしくお願いします。
※一文が抜けていたので、編集し直しました。度々、申し訳ございません。




