74.亡き父の意志を継ぐ二人の息子
いつもより短めになっています。
キールッシュ帝国皇帝ザシランは、反政府組織の陰謀により暗殺された。
皇帝ザシランの最期は、静寂に包まれた寒い冬の夜であった。
残された手記を手にするジルアンは、父親の苦悩に満ちた人生を知る。
幸せには程遠い、心に冷たい風が吹き続けるような人生。
多くの犠牲を払い、強くあろうとした父親は、キールッシュ帝国を愛していた。そして、故郷のリューシュを誰よりも愛していた。
故郷リューシュや帝国の自然豊かな土地に、民を騙して毒草を繁殖させたサディアブル一族を、サディアブルの血が流れる自分自身を許せなかった。
リューシュの族長であった祖父ヒルマンは、クロウネと関係を持ったことにより、酷く咎められて、自害する。それからザシランは、孤高の存在となり、少ない軍隊を率いて孤軍奮闘しながら、帝国を築き上げ、皇帝にまでのし上がった。ヒルマンの雪辱を晴らし、威厳を取り戻す為に、手段を選ばず戦ったことが、結果、最期は仇となり、返ってきた。民に恨まれて、地位や名声を失い、愛する人も失い、全てを失った。
ジルアンは、父ザシランの生き方が嫌いではなかった。
どんなに弱くなろうとも、強くあろうとする父親が好きだった。
悪い顔をしながら、帝国を守り抜く父親に憧れていた。
ザシランがいなければ、おそらく帝国はユニタスカ王国のようにサディアブル一族に、あっという間に乗っ取られていたに違いない。
ジルアンは皇后妃に毒を盛り暗殺した。
ラリーシュシュ辺境伯の身柄は、反政府組織に引き渡した後、あらいざらい全てを告げた。
ザシランの意志を継いだジルアンは、皇帝が愛用していた長剣を手にする。
長剣を大きく掲げて、高々と宣戦布告した。
攻め入るユニタスカ王国軍と戦うキールッシュ帝国軍の先陣を切って、指揮を取るジルアンは、ザシランの生き写しであった。圧勝したキールッシュ帝国軍は、ユニタスカ王国をあっという間に占拠して、勝利を収める。
カイアスは、ジルアンの報せを受けて、急ぎ駆け付けていたが、帝国に向かう道中でジルアンを乗せた馬車に出くわして、ロズウェル国に逆戻りとなっていた。
結局は何一つもジルアンを援護できずに終わった。
ジルアンと同じ馬車に乗り、ジルアンの口から計画の全てと、ザシランの最期を伝えられる。
ザシランが残した最期の言葉を聞いて、託された想いを噛み締めた。
目の前で涙を流すジルアンを見たカイアスは、ジルアンの隣に座り抱きしめる。ジルアンはカイアスに抱きついて泣いていた。カイアスの瞳からも涙が溢れて止まらなかった。一緒に涙を流して、父の最期を分かち合った。
ジルアンは、カイアスがよく知る幼い頃のジルアンのままであった。何も変わっていなかった。可愛い弟のままであったのだ。
経った三年、短い年月だというのに、ジルアンと離れた後、彼の悪行を疑いもせず、母を殺した虚偽の報せを信じた自分を許してくれるはずはないとカイアスは思っていた。
それでも、許して欲しくて、深く頭を下げて丁重に謝罪した。にっこりと無理に笑うジルアンの悲しげな瞳は、カイアスの心をひどく苦しめた。もっと早くジルアンと向き合い、救いの手を差し伸べていれば良かったと、悔やんでも悔やみきれなかった。
『兄様、まだ終わっていません。共に手を取り、戦ってくれますか?』
ジルアンは、カイアスをまだ信頼していた。強い絆を結び直そうと、最愛の弟が勇気を振り絞り、歩み寄ってきたのだ。
弟の願いに全力で応えるのが、兄の役目である。
『ああ、弟よ。任せておけ。姉上と弟は、この私が守るからな。』
『はい』と頷くジルアンは、感極まり項垂れて泣いていた。肩を抱き寄せて、優しく頭を撫でるカイアスは『もう泣くな』と慰めながら涙を流した。
ロズウェル国に向かう馬車の中で、男泣きするカイアスとジルアンは、離れた心を取り戻して、二人の想いは通じ合う。
カイアスは、ロズウェル国留学前に、父ザシランから告げられた言葉を思い出していた。
『ロズウェル国王妃を、よろしく頼んだぞ。』
当時は、言葉の意味を全く理解できなかった。旅立つ息子へのはなむけの言葉が、なぜ姉上?と思ったくらいだ。ほんとに、いつも言葉足らずの父親に振り回されて、何一つも教えてくれないから、厄介な人だった。
でも、愛されていることは、不思議と強く感じていた。
父ザシランは、強くて、怖くて、恐ろしくて、冷たくて、無愛想で、いつも悪い顔しか見たことがなかった。でも、真の姿は、心から優しい人だと、カイアスは感じていた。
カイアスも父親が嫌いではなかった。案外、ぶっきらぼうな父親が好きだったのかもしれない。
日常茶飯事に、暗殺が繰り返される国で生きてきたジルアンとカイアスは、父ザシランがいずれ暗殺されることを覚悟はしていた。
そして二人も、生まれた時から暗殺の標的にされていた為、父親が暗殺されようが、まずは我が身を守らなければならなかった。悠長に悲しんでいる時間さえも与えてはくれないのが、キールッシュ帝国皇族に生まれた者のさだめである。
“己の身は己で守れ”
ザシランの根本思想であり、帝国で生き抜いていくには、まさにその通りではあるが、皆が皆、強いわけではない。
命を守り、そして勝つ為には、協力して戦う必要もあると、カイアスはロズウェル国に留学してから、自分の思想を変えていた。
(父上、貴方の望みを絶対に叶えてみせます。我々子供達の活躍を、しかと空から見届けてください。)
カイアスもジルアンと同様に、ザシランの強い意志を受け継ぎ、闘志を燃やし始めていた。
じわりじわりと戦闘モードに入る。
◇◇◇
「まだ終わらないのかしら?何をもたもたしているのかしらねぇ。グレンは、どうしたの。まさかもう死んだのかしら?本当、何奴も此奴も、使えない男ばかりねぇ。」
男にべったりと抱きついていたミレーナが動き出す。男から体を離して、周囲を見渡し始めた。男は、ミレーナの腰をグッと引き寄せて、耳元で囁いた。
「ミレーナ様、あともう少しですから、我々は次の場所にでも移動しましょう。」
「あら、そう。貴方がそうおっしゃるのなら、行きましょうかしら。ふっふふふ。ネズミは、本当すばしっこいわねぇ。憎たらしいわ。」
ミレーナは、護衛の男性と唇を重ねて、べったりと寄り添いながら扉の方へと歩き始めた。
計画通りではない行動に、諜報員達と戦う振りをする古参の暗殺者達は、異変にすぐ気づいて、仲間の男性の方へと駆け寄る。
突如、グレンの叫び声が、静まり返ったホール内に響き渡った。
「其奴は敵だーーーー!!!!!!!」
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