73.キールッシュ帝国の計画
投稿が大変遅れましたことを、深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。
(なんか、おかしい………もしかして、敵ではない)
エミリアはラナと共に、変わらず裏方の任務を遂行していた。天井裏や床下など、ありとあらゆる場所に隠れながら、援護にあたっているが、ホール内の様子に違和感を覚えていた。戦っているはずなのに、妙に落ち着いた雰囲気であり、緊張感が感じられない。
見る限りでは、もうあらかた方は付いて、残すは古参の暗殺者のみとなっていた。けれど、一向に進展がなく、死者や負傷者は出ていなかった。敵の動きを注視しても、皆が皆、必死に戦っている。けれど、どうも何かが引っ掛かり、すっきりしない。暗闇の中を凝視するエミリアは、僅かながらに奇妙な動きをする暗殺者を見つけて、目で追い始めた。
暗殺者は死角になる場所で戦っていた。攻撃しているかのように見せてかけて、うまく身を躱す動きを見せる。エミリアは漸く異変に気づいた。敵は何らかの目的で意図的に行動していたのだ。そして、敵の不可解な行動に合わせるように、諜報員も手加減していた。ミレーナに怪しまれないように、華麗な剣術や体術を見せる彼等は、故意に戦う演技をしていた。何の為に彼等は、そこまでしなければならないのか、思案しているエミリアは、ふと近づいてくる強い殺気を感じる。彼等の真の目的は、殺気の正体に隠されていた。エミリアは殺気の正体が、王妃、ライラ様であると察知していた。
彼等の標的はミレーナであり、古参の暗殺者達はライラの指示で動き、ライラが現れるまで、戦う振りをしながら時間稼ぎしているとエミリアは予想する。
エミリアは、シモンズとグレンが膠着状態であるのも、不可解に思っていた。明らかに優勢であるシモンズが、未だにグレンにとどめを刺さない理由が分からず、探りを入れる。断片的に見た口の動きを解読して、グレンが敵ではないと推察した。
続々と発覚する想定外の事態に、まずは事実確認の為、シモンズに接近を図ろうとする。
(は⁈ なぜ?もう一人は、まさか。)
するとこれまた、想定外の事態が起きる。思いもよらない人物が目に飛び込んできた。
本来ここにはいないはずの、カイアスとゼン、そしてもう一人の男性は、キールッシュ帝国第一皇太子ジルアンであった。
リリーローズの調査書に記された姿絵の人物と全く同じ人物が、物陰に気配を消して隠れていたのである。エミリアは、ジルアンやカイアスがここに来た意味が直ぐに理解できた。ジルアンの鋭い視線を見たエミリアは、視線の先が遠く離れたミレーナをしっかり捕らえて離さない状態から、キールッシュ帝国側も、我々と同じ目的であると認識した。
因縁の宿敵は、どちらの国も同じであった。
ミレーナがシモンズとグレンの方へと視線を向けている為、シモンズに接近するのは危険であると判断したエミリアは、身を隠すゼンの傍に、瞬時に移動した。ゼンに事実確認することにした。
いきなりどこからともなく現れた女性に、ゼンとカイアスは直ぐにエミリアと気づくが、初対面のジルアンは、警戒して剣を向けた。咄嗟にかわすエミリアは、瞬時にジルアンが持つ短剣を奪い、ジルアンの前に跪き敬礼した後、短剣を返上した。
「ジルアン皇太子殿下の短剣を奪い、申し訳ございませんでした。」
ジルアンはエミリアの顔を見た途端、目を見開き、驚きの表情を見せた。
「モネ様………」
小声で呟く言葉は、エミリアの耳にもしっかりと届いていた。黒服と黒帽で全身を覆い隠して、暗闇では、姿形がほとんど何も見えないが、ジルアンを見上げる瞳は、一際目立つ鋭い青い瞳であり、一瞬で目を奪われていた。見覚えのある特徴的な瞳に、ジルアンは思わず声が出てしまった。
けれどエミリアは時間的に猶予がない為、ジルアンから直ぐに離れて、ゼンに事実確認をしていた。
「兄様、あのお方は?」
ジルアンは、エミリアの置かれている状況を察して、カイアスに疑問を訊ねる。
「彼女は、例の青い瞳のお方だ。ライラ様が今日まで守ってきたのが、彼女なんだ。」
「やはりそうでしたか。そうとは知らず、剣を向けてしまい申し訳ございません。」
「気にするな。当の本人は何も気にしていないだろう。それよりさすがだな。」
「ええ。見事です。」
カイアスとジルアンは、エミリアの超人的な身体能力を称賛していた。
一方でゼンと話すエミリアは、すぐに話は終わり、またどこかへと消えていった。
ジルアンは、いきなり現れて、あっという間に消えたエミリアが気になっていた。青い瞳が、頭から離れず、初対面ではあるが不思議と親近感が湧いていた。
ジルアンの中では、エミリアがモネと重なって見えていた。
キールッシュ帝国初代皇帝ザシランが生涯愛したとされる女性、それはおそらくモネであると、ジルアンは誰よりも強く感じていた。
父帝ザシランが大切に保管していた、たった一枚だけしかないモネの姿絵は、今も皇帝執務室に飾られている。ザシランの姿絵の裏に、モネの姿絵がひっそりと隠されていた。隠された姿絵の在り方を知っているのは、隠した本人とジルアンだけであった。ザシランと離れることのないように表と裏で張り付いている姿絵は、今も尚、ずっと寄り添い続けている。ジルアンは、ザシランからモネの姿絵を守るようにと託されていた。
歳の離れた男女は、ただの主従関係であり、その隔たる壁を越えることは一生涯なかった。戦死したモネを一人悲しむザシランは、モネを母親のように慕い、家族として愛していた。男女の愛情は抱いていないと、皇帝の側近達は話すが、それは定かではなく、ジルアンは否定していた。
ジルアンの母親である皇后妃は、皇帝からの寵愛を望めず、次第に心が病み、二人の皇子に酷く当たり散らした挙句、男妾を侍らせて、堕落の一途を辿っていた。
醜態を晒して、惨めな母親を誇張する皇后妃を、ジルアンは心底嫌いであった。
そんな時、カイアスの母親で側妃メリスラとカイアス、ライラの三人が仲良く、楽しそうに暮らす離宮の生活を見たジルアンは、憧れと羨望の感情を抱き始める。
当時のジルアンとカイアスには、何一つもわだかまりはなく、子供同士、普通に仲良く接していた。皇室での悩みをカイアスに打ち明けたジルアンは、カイアスのことを子供ながらに信頼していた。そして、カイアスはジルアンの悩みを聞いて、解決する策を考えた。
幼少期のジルアンは、病弱であり、外出する事さえも禁止されて、ほぼ監禁状態であった。ジルアンの最大の悩みは、離宮に遊びに行きたくても、行けないことであった。
そんなジルアンの境遇に見兼ねたカイアスは、母親とライラに相談して、宮殿から脱出する策を考えて実行に移す。カイアスの全面的な協力のもと、宮殿の自室から度々脱出するジルアンは、離宮にこっそり内緒で遊びに行っていたのだ。メリスラとライラが作った、特性人形に布団を掛ければ、全然バレることなく脱出が成功していた。今考えると、自分はただ監禁されて放置されていたのがよく分かる。もしかすると皇后妃は、病死に見せかけて殺そうとしていたのかもしれない。
ジルアンはカイアスに背負われたまま、窓からジャンプするのがとても大好きだった。今でも思い出すくらい、見つからないように逃げ切るまでの、ドキドキとワクワク感が忘れられなかった。ジルアンとカイアスは同じ年齢ではあるが、生まれが早く、身体も大きいカイアスを兄様と呼んで慕い、ライラのことは姉様と呼び慕っていた。まるで姉兄弟のように仲が良い三人は、離宮の庭などでよく遊んでいた。メリスラは、ジルアンをカイアスと同じく我が子のように、優しく接してくれていた。ジルアンもメリスラを母様と呼び、心の中ではもう自分の母親であると思い込んでいた。過去の楽しい記憶は、ジルアンの心に今でも一生忘れられない大切な思い出として刻まれていた。
メリスラは、最初は侍女で雇われて、ライラの専属侍女として離宮で生活していた。モネが亡くなってから、一人悲しみに暮れるライラの母親代わりにと、ザシランから頼まれていたのだ。メリスラは、ザシランの故郷、帝国山間部の集落リューシュ出身であり、ザシランの幼馴染であった。二人は気の知れた旧知の仲であり、ライラを想うザシランの意志を継いで、皇帝ザシランを陰ながら支え続けていた。メリスラは、ザシランやライラの心の拠り所となっていた。
そんな二人の仲を、よろしく思わない皇后妃は、メリスラを陥れようとする。ザシランは擁護する目的で、メリスラに側妃の地位を与えて、男女の関係を築いた。二人の間にカイアスを授かるが、皇后妃との関係上、ザシランが離宮へ訪れることはほとんどなかった。その事実をジルアンは、父ザシランが亡くなった後に初めて知った。
ジルアンの穏やかな生活は長くは続かない。ライラは帝国軍工作員であり、任務地のロズウェル国に赴く日がきてしまう。ライラが帝国の地を去ることが唐突に決まり、離宮の者達は悲嘆に暮れていた。
ライラがいなくなった後、次にカイアスまでもがザシランの命令でロズウェル国に留学、そしてカイアスが留学して間もなく、メリスラは皇后妃の陰謀により暗殺された。暗殺後、離宮は原因不明の火事となり、ジルアンの思い出の場所は跡形もなく消えていった。
傷ついた心は、誰も癒してはくれなかった。心が病んで臥せる時間が増えていったジルアンに、更なる試練が降りかかる。心を塞ぎ込んでいる間に、ジルアンは皇后妃の仕業により、闇組織を牛耳る首謀者に作り上げられていた。ジルアンは闇組織のいいように使われていたのだ。当然ながら、メリスラや離宮の侍女達の暗殺を指示したのはジルアンになっていた。
事実を知ったジルアンは、皇后妃を恨み、強い殺意を抱き始める。それからジルアンは大きく変貌する。身体を鍛えて、自己研鑽に励んだ。毒を徹底的に学び、姑息でかつ狡猾な方法で、じわじわと皇后妃を窮地に追い込んでいった。
でもジルアンは、たった一人で皇后妃と戦ったわけではない。キールッシュ帝国軍の工作員と共に皇后妃暗殺計画を進めていた。工作員から反政府組織の活動やライラの計画を知らされたジルアンは、そこで初めてサディアブル一族の話を耳にしていた。
父ザシランとモネ、ライラ、更には祖父ヒルマンの人生を狂わせた元凶を初めて知ることとなった。皇后妃の悪事に加担している闇組織の者達がサディアブル一族、クロウネの配下であることも知る。皇后妃はまんまと騙されていた。クロウネにいいように使われていたのだ。母親は、直ぐに捨てられるボロ雑巾のような存在でしかなかった。それでも悪事を働いた皇后妃を許すわけにはいかない。ジルアンは、皇后妃よりも帝国を陥れようとした元凶のクロウネを恨み、ライラ達と共に因縁の宿敵を倒す計画に協力した。
ライラはクロウネ暗殺計画実行に向けて、着々と準備を進めていた。ジルアンと共に秘密裏に動いていた工作員達は、ライラの指示で今から一年前にロズウェル国に赴く。残されたジルアンは皇室内で悪役を演じながら、悪事を働く者達を毒殺していった。
カイアスがメリスラを危険な離宮に残してまでも、ロズウェル国に留学した理由は、暗殺から逃れる為とライラを援護する為であったと知らされた。
いずれジルアンが全てを知り、カイアスに真実を告げて三人で協力しながらクロウネを倒すと想定したザシランは、子供達に一縷の望みをかけていた。
ザシランは、三人仲良く、離宮で遊んでいる様子をこっそり見ていた。
三人が強い絆で結ばれていると感じたザシランは、子供達に願いを込めた。
“宿敵を倒して、帝国を守り抜き、国の繁栄と幸福を願う”
日記に記された一文の最後には、三人の名前が書き綴られていた。
『お前らに期待している。頼んだぞ。』
ジルアンが、父ザシランに言われた最期の言葉であった。
いつもいつもたくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。
投稿が今までにないくらい遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。
書ける時にストックできるように努力して、これからも読んでいただけるように頑張りますので、よろしくお願いします。




