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69.計画実行④

 「来たわね。」


 メレエナーラ王妃が、わざとクレイアス国王に聞こえるように呟いた。


 ライラを一瞥するクレイアスは、どこか悲しげな表情を、一瞬見せる。


 舞踏会ホールでは、二曲目の演奏が、そろそろ終盤に差し掛かっていた。



 美しい音色に合わせて、優雅に踊る貴族達。

 微動だにせず、静かに、じっと敵を待ち構える諜報員達。

 堂々と侵入して、真っ向勝負に出る暗殺者達。



 指揮者が、左手を握り、演奏を終わらせたと同時に、舞踏会ホールの灯りが一斉に消える。



 一気に暗闇に包まれるホール内は、二階部分の、高い位置にある窓から、月の光が差し込んでいた。

 機敏に動く、複数の黒い影を、諜報員達はしっかりと捉える。


 突然、視界が閉ざされて、会場内の人々はパニック状態に陥る。

 悲鳴と共に騒然となる舞踏会ホールに、銃声が二回鳴り響く。

 更にパニックになる貴族達は、一斉に舞踏会ホールを出て、正面入口へと向かい、走り出した。

 予想通りの動きをする貴族達を横目に、エミリアとマーガレットは、とある物を慎重に運んでいた。


 「後は、お願いね。」


 エミリアは、待機していた仲間の諜報員に、とある物を引き渡す。

 とある物は、諜報員の女性に担がれて、指定の場所へと運ばれていった。


 ほんの僅かな月明かりを頼りに、必死に逃げる貴族達の姿を、ミレーナは鼻で笑って、堂々と舞踏会ホールに侵入する。


 見るからに、自分の存在を、あからさまに主張する行動は、伊達に長年、王族の妃に居座っていただけある。自己顕示欲の強い、ミレーナらしい行動であった。


 エミリアは、改めてミレーナの脅威を感じる。


 ミレーナの動きを注視しながら、エミリアとマーガレットは、任務を遂行していく。

 ホール内で、グランド一族が、敵と戦いを繰り広げている中、二人は天井裏などから、身を隠しながら援護していた。瞬時に敵の位置を報せたり、見えない罠を仕掛けて、敵を撹乱させたりと、機敏に動く二人は、息がぴったり合っていた。

 青い瞳が理由で、敵の標的にされているエミリアは、目立つ行動は控えなければいけない。

 裏方ではあるが、暗いホール内で、夜目が効くエミリアは、実は裏方の仕事は、適任者であった。敵を把握するのも人一倍早く、マーガレットと共に、敵の動きを観察しながら、倒された敵の後処理を着々とこなしていった。


 「マーガレット、着いて来て。」

 

 とある物の回収に向かうエミリアは、マーガレットに小声で指示して、銃で撃たれた人物の救出に向かおうとしていた。


 「ちょっと降りて来るから、待ってて。」と瞬時にホールへ降りて、直ぐに戻って来た。


 「ふぅ~。重い。」と大きな人型の人形を、ホールから屋根裏に運んで来る。


 「さすがね。心臓に命中してる。」

 

 とある物とは、グランド公爵家特注の、等身大の人型人形である。

 精巧な作りから本物と見間違えるほど、見た目がそっくりで恐ろしい人形は、布や綿ではなく、柔らかい特殊な樹脂で出来ている為、敵の銃弾を回収する一役も買っていた。

 けれど問題は、重量があり、運搬には苦労する代物であった。

 更に、とても高価な代物でもあり、今回も特注で作製している為、当然のことながら、どんなに重くても絶対回収しないといけない。

 丁度、心臓部分に、二発の銃弾がめり込んでいるのを確認したエミリアは、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて、ゾクゾクしていた。

 気持ちが高ぶり、自分の手で、敵を倒したくて、うずうずし始める。



 「すばしっこいネズミがいるねぇ。」


 ミレーナが、突然、天井を見上げる。

 エミリアが人形を回収する動きを察知していた。


 「見られてたか。」


 ミレーナの視線に気づいたエミリアは、銃弾を回収しながら、マーガレットと目配せを交わす。二人は、身構えて、敵が来るのを静かに待っていた。


 「来るわよ。私から絶対に離れないように。私はここから動かないで、仕留めてみせるから。

 見てなさい。くそばばあ‼︎ ふっふふふ。」


 「恐ろしい。」


 敵よりも、味方のエミリアに恐怖を抱くマーガレットは、これから起こる出来事に、身震いが止まらない。冷たい目で嘲笑うエミリアの表情が、いかにも、嬉々として獲物を待ち構える、恐ろしい猛獣の形相であり、マーガレットはエミリアから放たれる異様な殺気に当てられていた。


 突如、天井裏に侵入する三人の暗殺者。


 三人とも、ミレーナの護衛に就いていた若い暗殺者達であった。

 彼らの残忍で、猟奇的な殺害方法を見ていたエミリアは、凄惨な光景に憤りを感じていた。

 礼儀知らずの、汚い、卑劣な奴等には、裏社会の制裁を加えないと、怒りが収まらない。

 エミリアは、犠牲となった一族の仲間や、王宮で働く者達への仕返しを、何にしようか、一人ずつ顔を見ながら、じっくり考えていた。


 「へぇ~。こんな所に隠れていたんだね。なんか、ここ楽しそうだねぇ。」

 「ふぅ~ん。ネズミは、綺麗なお嬢ちゃんが二人か。あの婆さん、まんざらでもないんじゃね。すげぇ~なぁ。」

 「大当たりだな。君達は、可愛いお顔をしているから、顔からかな。うっへへへ。」


 敵は、エミリアとマーガレットに近づきながら、飄々とした態度で、待ち受ける新たな戦いに、心を躍らせていた。

 返り血を浴びた姿で、血生臭い匂いを放ち、まるで飢えた獣のような目で、エミリアを見ている。

 気味の悪い笑みを浮かべながら、じわじわと距離を縮めてきていた。



 「あっ、リア。もしかして。」


 ライドがリアの殺気を感じて、異変に気づく。敵を瞬殺して、その場から消える。


 「お嬢………まさか。」


 ラナは、敵を他の諜報員に任せて、その場から瞬時に消えた。


 ライドとラナは、押し寄せる不安に、体が勝手に動いていた。


 (間に合ってくれ‼︎)

 (お嬢!今、行きます!待ってて下さい!)


 心の中で叫びながら、急ぎ、エミリアとマーガレットの元へと向かって行った。


◇◇◇◇◇◇


 「今度こそ死んでもらうよ。」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるシモンズは、銃口を敵の頭に押し付けていた。


 月の光が差し込むホール内で、一際激しく戦う、二人の男。


 凄まじい速さで剣の打ち合いをして、時には銃弾も飛び交う、命がけの戦いをする二人には、危険すぎて誰も近づけなかった。


 壮絶な一騎打ちが繰り広げられていたが、容赦ないシモンズの攻撃が、男をじわりじわりと追い詰める。

 あらゆる武器を、惜しみなく使用するシモンズは、いかにも愉しそうに、銃を連射していた。


 (おおー、なんと素晴らしい武器だ。)

 

 エミリアが取り揃えた武器の数々を絶賛するシモンズは、飄々とした態度で、まるで遊んでいるかのように、男との戦いを楽しんでいた。

 明らかにシモンズが優勢であるのは、確かである。


 頭脳派のシモンズは、今回、屈指の暗殺者達が集結している中で、おそらく、一番サイコパスな人間なのかもしれない。

 任務になると、別人のように人格が変わるシモンズは、普段からサディストな一面もあり、仕事になると、更に加虐行為が過激になる。所謂、ドSというに人間になってしまうのだ。

 頭を使った多彩な攻撃と機敏な動き、それと緻密な暗殺計画に、単独で敵う者は、殆どいない。


 銃口を頭に押しつけられて、逃げ場がなくなった男は、背筋に冷たいものが走る。

 シモンズの狂気に満ちた笑顔が、男の精神を追い詰めていった。


 「グレン、死ぬ前に、チャンスを与えてやる。」

 「は⁉︎ 今更、何がチャンスだ!ふざけるな‼︎」


 壮絶な一騎打ちの相手は、グレンであった。


 シモンズは、グレンが企む、真の目的を何となく理解していた。

 目的を自白させようとするシモンズは、穏やかな表情へと変わる。


 明確な根拠はないが、漠然と感じるグレンの想い。


 あの日誓った約束を果たそうと、危険を顧みず、一人で敵地に乗り込んだのではないかとーーーー

 犠牲者をこれ以上、増やさない為に、愛した人の大切なものを守る為に、たった一人で、ここまで、徹底的に追い詰めてきたのではないかとーーーー


 そうでもしなければ、あの忌々しい、醜悪な女は、こんな危険極まりない表舞台に、姿を現すはずがない。



 「知ってるぞ。お前が優しい男だってことくらい。何年一緒に生きてきたと思ってるんだ。一人で抱え込む癖、もうやめろ。

 グレン、ありがとな、お前のお陰で、やっと姉さんも報われる。」


 「……………」



 声を殺して泣くグレンの目からは、大粒の涙が流れていた。



 投稿が大変遅くなりまして、申し訳ございません。


 いつもたくさん読んでいただき、本当にありがとうございます。


 ここ最近、連載中の『青い花と悪魔の鳥』の執筆意欲が湧かず、気分転換にと、新しい作品を書いていたら、どうにか頑張って書く気持ちになれたので、同時進行で執筆していました。

 家庭の事情もあり、家族に内緒で執筆している為、これからも投稿が遅くなると思われます。

 今後も、読者の方々には、たくさんご迷惑をおかけするかと思いますが、初稿なので、絶対に最終話までは、執筆したいと思っています。

 楽しみに待って頂いている方々に、出来る限り、早く投稿できるように、頑張りますので、これからもたくさん読んで頂けたら、とても嬉しいです。

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