68.計画実行③
投稿が大変遅くなりまして、申し訳ございません。今回も長文となっております。
そして、今回は残酷な表現が多い為、不快や苦痛に感じる場合があるかもしれませんので、ご注意下さい。
ガタンと馬車が停車する音が聞こえた。
「ミレーナ様、お手をどうぞこちらへ。」
若い男性にエスコートされるミレーナは、ドレスのスカートに赤い花の刺繍が施された、明るく淡い色合いの、青色のドレスを身に纏い、ゆっくりと馬車から降り立つ。
真紅の紅をさした唇を歪めて、嘲り笑うミレーナは、大胆に、堂々と、王宮内へと入って行った。すれ違う王宮勤めの者達は、恐怖に足がすくみ、身動きが取れなくなる。
死んだはずの人間が、生きていたことに驚愕する。それと同時に、これから巻き起こる事態に、怯えて逃げ腰になっていた。
「あら、まぁ。このお城、暫くぶりに来たけれど、何にも変わらないわね。もっと煌びやかにしたら宜しいのに。貧相なお城。ふっふふふ。」
(やっと来たな。準備にどれだけ時間かかるんだ。)
グレンが、ミレーナの気配をいち早く感じ取り、白色の手袋を左手だけ脱ぐ。指令の合図を確認した部下達は、各々の持ち場へと、戻って行った。
グランド一族が影から見守る中、グレン率いる古参の暗殺軍団は、舞踏会ホールや王宮内で、使用人などに変装して、潜入していた。熟練の技術で、全く違和感なく、自然体で働く彼らを、誰も敵とは気づいていない。なぜなら、圧倒的な存在感を放つグレンに、気を取られている諜報員達は、明らかに注意が散漫していた。
自らが囮役となり、陽動作戦に出たグレンの計画に、まんまと引っかかり、撹乱するグランド一族を、グレンは嘲笑する。脱いだ手袋を着け直して、虎視眈々とセレンが踊り終わるタイミングを見計らっていた。
王宮内を歩くミレーナの周りには、黒ずくめの男達が取り囲み、厳重に護衛されていた。
黒ずくめの男達は、グレンが手懐けた若い男の暗殺者達であり、彼らは、まだ少々未熟者で、精神や人格が異常な者ばかりの寄せ集めである。抑えがきかない彼らは、待ち受ける大仕事に腕が鳴り、うずうずしている様子であった。狂気に満ちた笑顔を見せる若い男の暗殺者達は、人を殺めることに、快感や興奮を感じていた。
ミレーナが廊下を歩いた後の死角に、血を流し倒れている人間は、彼らに腕試しと遊び半分で殺された侍女や侍従などである。
更に、外ではこれまたひどい惨劇が起きていた。西棟の中庭に散乱する無数の残骸。血に塗れた長剣を携える、一人の豪腕な騎士が、見事な腕前を披露し終えて、暗闇の中で笑みを浮かべていた。
貴族の私兵や近衛騎士団の団員は、ほぼ全滅状態となる。
ガタンガタンと音を立てて、荷馬車が王宮東棟の中庭へと戻って来た。
クライシスは、血生臭い匂いと、身に覚えのある異様な殺気に、瞬時に身構える。
ワイズ少将、ニール中佐、マルコ大佐も瞬時に察知して、身に覚えのある男の気配に、身構えるが、ゾクゾクっと背筋が震え始めていた。
「まさか、こんな所で、お前に会えるとはな。私も相当運が良い。」
クライシスから一気に殺気が漏れる。マルコ大佐の制止を振り切り、馬車からゆっくりと降り立つクライシスは、冷酷な顔つきで、冷たい視線を男に向けて、嘲り笑う。
「やあ、これはこれは、クライシス閣下。お久しぶりです。相変わらず、お強いそうで、この辺りでは、もっぱらの有名人ですよ。まさか、そんなお方と、こんな所で手合わせが出来るとは、なんとも光栄なことです。早速、お手並み拝見とさせて頂いても宜しいでしょうか。」
長剣を片手に持ち、クライシスを鋭い眼光で見つめる男は、元オリビア連合国軍大将マルクスであった。
「クライシス閣下!」と駆け寄るマルコ大佐に、来るなと言わんばかりに、クライシスは鋭く睨む。目力に怯むマルコを見たマルクスは、へらへらと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、話しかけてきた。
「おお!マルコ!久しぶりだな。元気そうではないか。お前さんは、相変わらず細い身体付きだな。ちゃんと鍛えてるのか?」
「マルクス!貴様!許さない!俺は絶対に忘れはしない!お前が裏切ったあの日を!」
マルクスは、ある日を境に突然、ユニタスカ王国の工作員となり、オリビア連合国軍内部の情報を漏洩していたのである。“史上最悪の戦い”として、軍人達の心に深く刻まれた出来事は、マルクスが策士となり、ユニタスカ王国軍を率いて、クライシス総帥やゾーゼフ元帥が不在の隙を狙い、襲撃してきた戦いである。
マルコは当時、マルクスの部隊に所属しており、一番に可愛がられていた。そして、マルコもマルクスを慕い、軍師として尊敬していたのである。裏切られたマルコの恨みは、計り知れない。それは連合国軍の皆が同じ感情を抱いていた。
「やあ!マルクス!元気そうだな!相変わらずの無精髭といい、血塗れで汚い野郎だな。」
いきなり威圧感のある低い声が通る。闊歩して近寄って来る男性の顔を見たマルクスは、後退りをした。
「おー、ゾーゼフ!もう片付けたのか?」
ゾーゼフの姿に、驚くクライシスは、折角の戦う機会を奪われて、悔し顔を見せる。「まあまあ、任せて下さい」と呟き、肩をポンと叩くゾーゼフは、意気揚々としていた。
「簡単に片付けてきましたよ。ああ、久々に良い運動になりました。
おい!マルクス!貴様!逃げるなよ!お前と戦う為に、馬を走らせて来たんだからな。逃げるなら、先に私と手合わせしてから逃げろよ、ユニタスカ王国軍元帥マルクス様!
マルコ!すまないが、ロングソード貸してくれ!
貴様の方こそ、ちゃんと鍛えてるのか、お手並み拝見だな。」
ゾーゼフは、マルコに向けて大きな掌を見せて、催促する様に手を上下に動かしていた。
「え⁈ ああ、はい。どうぞ。」と渋々長剣を渡す。
ゾーゼフは、短剣しか携えておらず、マルクスと足並み揃える為に、マルコから長剣を受け取り構えた。なぜか、マルコは瞬く間に元気がなくなり、しょんぼりと項垂れていた。
「ああ……。」と嘆息を漏らすマルコは、ゾーゼフに渡した長剣だけを目で追っていた。
「うーん?どうした?」
「あ、クライシス様。こんな時に、申し訳ございません。あれは私のお気に入りのロングソードでありまして、ゾーゼフ元帥が使うとなると………」
「ああ、壊れるな。確実にボロボロで返ってくるだろうな。」
「ですよね。ははは。はぁ。」
肩を落とすマルコの目の前では、ゾーゼフとマルクスの決闘が繰り広げられていた。圧倒的にゾーゼフが優勢であるのは、一目瞭然であった。追い込まれているマルクスからは、時より苦悶の唸り声が漏れて、腕や足からは、血が滲み出ていた。
勝利を確信した軍人達は、クライシスに駆け寄り、上申する。
「総帥閣下、ここは総帥閣下と元帥にお任せしても宜しいでしょうか。我々は負傷者の救護と捕獲者の処理にあたります。」
「我々の部隊は、残りのユニタスカ王国軍の確認と、始末にあたります。」
「我々は、グランド一族の援護にあたろうかと。」
「うむ。分かった。では頼んだぞ。マルコ!お前はここに残れ!分かったな。ロウマン!お前も残れ。すまないが、色々と聞きたい事がある。良いか。あの様子だと、あのまま内部に突入して行きそうだから。」
「はっ。」
ワイズ少将、ニール中佐、そしてゾーゼフが引き連れてきたロウマン中将の部隊は、ロウマンを残して、一斉に散らばって行った。
本来であれば、ゾーゼフが報告する内容を、殺気立つゾーゼフの精神状態では、暫く報告は難しいと判断したクライシスの命令により、ロウマンは、オリビア連合国に攻め入る、ユニタスカ王国軍との戦いの一部始終を簡潔に報告した。報告している間も、ゾーゼフは腕試しと剣試しをしているかの様に、マルクスをスパスパと斬りつけている。次から次へと攻撃を繰り出すゾーゼフに、マルクスは剣をかわすのでさえもままならない。深傷を負ってはいないが、無数の浅い傷と身に纏った衣服がボロボロになっていった。
報告を終えたロウマンは、呆然と立ち尽くすマルコに声をかける。
「マルコ、元気ないな。どうした?」
「ロウマンさん、聞いて下さい。私の大事な剣が……。元帥様に奪われました。」
「え⁈ ………ああ、諦めろ。お前の剣があったからこそ、彼奴に勝てたのではないか。これでみんなの恨みが晴らせたんだ。良かったではないか。
クライシス閣下、マルコの部隊と共に内部に潜入して参ります。マルコ!行くぞ!」
「待て、そろそろ終わるだろうから。」
「よし!私も内部に行くぞ!」
「え⁈ もう倒したんですか?元帥様、流石です。」
「ああ、まだまだひよっ子だった。鍛えが足りないな。昔より弱くなったかもな。あっ!マルコ!お前に短剣を貸すから、交換な!良いロングソードだ。さすが見る目がある。」
「はぁ。そうですか。そんな事を褒められても………嬉しいような悲しいような。」
ゾーゼフの背後で、最後の力を振り絞るマルクスは、長剣を振りかざした。咄嗟にゾーゼフから長剣を奪い、美しい剣さばきで、静かに息の根を止めるマルコは、マルクスの亡骸を見ながら「さようなら、マルクス様。」と呟いて、見開く目の瞼を、そっと優しく撫でて閉じた。
ユニタスカ王国軍の元帥にまで上り詰めたマルクスは、ロズウェル国とオリビア連合国の二手に軍隊を分けて、攻め入る策を講じた。読みが甘かった。クライシスに遭遇した時点で、既に焦燥感に駆られていたマルクスは、ゾーゼフの登場により、更に追い討ちをかけられる。
オリビア連合国軍がロズウェル国に入国する情報は報告されていたが、クライシス総帥が入国している事実に驚愕する。そして、ゾーゼフの登場は、自ずと敗北を意味していた。
襲撃してきたユニタスカ王国軍を、ゾーゼフ率いる先鋭部隊は、ものの数分もしないうちに、一気に打ちのめしていた。エミリアから渡された最新鋭の武器を使い、結局最後は、いつも通りの力勝負で圧勝したと、ロウマンはクライシスに報告していた。
マルクスは、もう負けを認めるしかなかった。けれど、どうしてもオリビア連合国軍に恨みがあり、引き下がりたくない。最後の足掻きに、因縁の相手ゾーゼフとは、剣をかわすので精一杯であった。
(俺は、なんとおこがましい野望を抱いていたんだろう。大将になれただけでも、凄い事だったんだな。)
必死に鍛錬を積んで、日々努力していたマルクスは、元帥になる日を夢見ていた。ゾーゼフとクライシスの仲を妬み、実力主義ではない事を憎み、不正行為で元帥に就任したと思い込み、恨んでいた。ゾーゼフより強いと豪語するマルクスは、何かと高を括っていた。
人生に後悔しながらも、最期は最愛の部下であったマルコに仕留められて、どこかほっとした気分のまま、もう二度と目覚めることのない、深い眠りについた。
連勝記録更新に、にんまり顔のクライシスは、ゾーゼフとロウマン、マルコ大佐の部隊を引き連れて、王宮内へと消えた。
いつもたくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。