67.悲しき過去②
66話の続きで、閑話となっています。
ライオネルから贈られた、真っ白なドレスを身に纏ったエミリアは、デビュタント・ボールに参加する為、王宮へと向かっていた。
今日の予定は、侍女長モニカと共に国王陛下と謁見した後、執事のスミスとオーウェンが会場内で入れ代わり、父親とダンスを踊る予定である。
エミリアは、馬車からゆっくりと降り立ち、スミスにエスコートされながら優雅に歩き始めた。
洗練された美しさに、その場に居合わせた貴族達は、だれもが皆、目を奪われる。見惚れて、目が離せない男性達から、驚嘆の声が上がっていた。
“引きこもり公爵令嬢”と揶揄されて、令嬢達から執拗に悪口を言われているが、実は、令息達からは“隠れた絶世の美女”と言われていた。密かに好意を抱く令息達が少なからずいるが、学園ではライドやニールソンの鉄壁に阻止されて、近寄ることさえも出来ない。エミリアが至近距離に居て、邪魔者もいないとなれば、御近付になるのに、絶好の機会である。我先にと、寄ってたかって、エミリアに話しかけようとする令息達に、エスコートをされずに取り残された令嬢達の怒りが爆発する。
「他人の婚約者に色目を使って、貴方は一体、こんな大切な日に、何がしたいのかしら。青い瞳の女性を、この国では何と言われているか、どうやらご存知ないようね。私が教えてあげましょう。悪魔と言われているのよ。今の貴方は、まさしく悪魔よ。エミリア、公爵令嬢として恥を知りなさい!
分を弁えろ!この身の程知らずの愚か者が!」
真っ白なドレスは、見る見る内に暗赤色へと変わっていく。
どこからともなく現れたキアラの取り巻きに、豪快に葡萄酒をかけられ、キアラからは、過度の叱責を受ける。
エミリアを見下して、高飛車な態度をとるキアラに、じっと堪えて、見守るグランド一族の面々。ライドは握りしめた掌から血を流していた。オーウェンは、キアラの父親で、財務大臣を務めるバルツバーク公爵閣下から、何度も何度も謝罪を受ける。穏便に事を済ませようとするバルツバーク公爵閣下の顔は、青褪めて、疲れが滲み出ていた。間近で事の経緯を見ていたスミスとモニカは、怒りよりも、辛い気持ちや悲しみに苛まれていた。苦しげな表情を見せる二人に、気丈に振る舞うエミリアは、周囲の人々を気遣い、柔和な表情を見せている。穏やかに、そして冷静に対応するエミリアの姿が、更に二人の胸を苦しくさせていた。
エミリアは、深々とお辞儀をして謝罪を述べた。ライオネルが騒動に気づかない内に、早々に王宮から立ち去らないといけない。怒りや悲しみの感情より、焦る気持ちが先行していた。
「キアラ様、そして本日参加している御令嬢の皆様、晴れの舞台を台無しにしてしまい、大変申し訳ございませんでした。そして、ドレスに葡萄酒がかかり、ご気分を害することとなり、深く心からお詫び申し上げます。お詫びと兼ねまして、王宮内の一室に、代わりとなるドレスを御用意しております。それでは、私は邪魔者ですから、早々に失礼させて頂きます。」
謝罪後も暫くの間、深々と頭を下げるエミリアに、暴言を吐き捨てて、舌打ちをして、睨みつけながら王宮内へと消えて行く令嬢達。公の場において、平然と礼儀に反する行為をする令嬢達に、呆れているエミリアを嘲笑い、勝ち誇った顔をするキアラも同じく、あのお茶会の時から、何一つ成長していなかった。キアラは、公爵邸に帰宅後、大目玉を喰らう事となる。
馬車に向かい歩くエミリアに、見兼ねたリリーローズが声をかけようとしたが、付き添いの母親に止められてしまう。母親に握られた手を振り解けず、後ろ髪を引かれる思いで、王宮内へと消えていった。
王太子控室に戻る途中のゴードンは、一人だけ逆方向に歩く白いドレスを纏った、本日の主役であるデビュタントが見えた。急に胸騒ぎするゴードンは、心が落ち着かず、動揺していた。嫌な予感がして、急いで駆け寄り、咄嗟に女性の腕を掴んでしまう。掴まれた手の感触に驚き、振り向く女性の顔を見た途端、驚きと悲しみが入り混じり、言葉を詰まらせる。
予想通りの不合理な状況に、徐々に怒りが込み上げていた。
「は⁈ え⁈ リ、リ、リア?リア!ど、どうしたんだ!そのドレス!」
真っ白なドレスが、血で塗られたように、ほとんど暗赤色に染まっていた。明らかに葡萄酒をかけられたとわかるような状態に、ゴードンは、戸惑いを隠せない。
エミリアは、ゴードンに応対している場合ではなかった。何事もなかったかのように、早くこの場から消えたかった。
「ああ、もう、タイミング悪いわね。ゴードン、私の事は良いから、早く戻って。ライルに見つかったら大変だから。後で話すから、じゃあ。」
慣れないドレスの装いに悪戦苦闘しながらも、早歩きするエミリアに、ゴードンは掴んだ腕を離せなかった。否、離したくなかった。腕をグッと引っ張るが、勢いよく振り解かれる。
「ああ、もういい加減にしなさい!早く、さっさと戻りなさい!」
「嫌だ!なんで、どうして、いつもいつも、リアばかり、こんな目に……。許せない。俺が仕返ししてやる!」
「ああ、ダメ。ダメよ。ゴードン、絶対にダメだからね。私は良いのよ。最初から予想はしてたから。お願いだから、仕返しなんてしたら許さないからね。じゃあ、これでもう終わりよ。」
ゴードンに笑顔で手を振りながら、遠くに離れて行くエミリアの後姿を、ただ呆然と見つめていた。一粒の涙が頬を伝う、次第にポロポロと涙が溢れてくる。ゴードンは悔し涙を流していた。
長年、ライオネルの護衛任務をしながら見てきたデビュタント・ボールの舞台。エミリアの憧れの舞台は、悔しくも、早々と呆気なく終わってしまう。葡萄酒に染まったドレスが、全てを物語っていた。
エミリアが去った後、王宮舞踏会ホールでは、グランド公爵家が事前に用意していた、流行りの高価なドレスを身に纏い、令嬢達が華やかにダンスを踊っていた。葡萄酒で汚れてもいないのに、わざわざドレスを代えようとする令嬢達で溢れる更衣室。用意したドレスは、あっという間に無くなっていた。
怒りを露わにするゴードンは、ダンスを踊るキアラに鋭い視線を向けていた。
「リアのドレス姿、見たかったな。」と呟くライオネルに、ゴードンはイラッとして苛立ちを抑えられない。ライオネルに暴言を吐きそうになり、必死に無言を呈していた。
ライオネルは控室で待機していた時から、ゴードンの異変に気づいていた。理由は兎も角、不機嫌な態度が気に障っていた。
ライオネルも、エミリアが不参加である事実を直前に知らされて、非常に機嫌が悪かった。
「…………」
「ゴードン、どうした?」
「何も変わりはありません。」
「何に怒っている?お前の見ている令嬢が関係しているのか?」
「は⁈ いえ、何もありません。」
「ふぅーん。そうか。まあ、いい。勝手にしろ。」
ライオネルの言葉や話し方など、全てが癇に障り、イライラするゴードンは、国王陛下や王妃の手前、苛立つ気持ちをグッと堪えていた。
ゴードンやライオネル、グランド一族にとって、とても不愉快なデビュタント・ボールは、漸く幕を閉じた。
馬車に乗るゴードンは、グランド公爵邸へと向かい、馬を走らせていた。
公爵邸に到着した後、快く迎えられたゴードンは、結局、エミリアには会えなかった。
「ゴードン、わざわざ来てくれたのにすまない。部屋から出て来ないそうだ。そっとしておいてくれないかな。おそらく、相当ショックだったんだろうな。」
「父上!だから言ったではありませんか!なぜもっと反対しなかったんですか!」
「そう、怒るなライド。娘の晴れ舞台を見たいと思ってしまったんだ。一緒に踊りたいなんて、馬鹿げた夢を見てしまったのさ。許してくれ。いやぁー、でもドレス姿は綺麗だった。」
「「当たり前です。」」とライドとゴードンの声が揃う。
「リアは美人ですから。………やはり、私がエスコートするべきでした。こうなると分かっていても、あの姿を見ると辛いです。」
「そうだな………」
嘆息を漏らすオーウェンとライドは、沈痛な面持ちであった。
オーウェンとライドは、エミリアが受けた酷い仕打ちを思い出して、言葉を失う。
辛そうな二人を見ながら、ゴードンは深々と礼をして、ガバニエル伯爵邸へと帰って行った。
計画とは言えども、セレンと楽しそうに笑顔で踊るライオネル。
過去の悲しき記憶が蘇るエミリアとゴードンは、心がじわりじわりと傷つけられていった。
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