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62.クレイアスとライラ

 “トントン トントン”


 (うーん?こんな遅くに誰だ?)


 真夜中、クレイアス国王の部屋を訪ねて来る一人の女性。突然のノック音に、警戒を強めるクレイアス。女性は、いとも簡単に気配を消せる人物であった。

 ゆっくりと慎重に、部屋の扉へと近づいて行く。クレイアスの足音を察知した訪問者は、扉越しに囁いた。


 「ライラです。」


 たったその一言で、先程までの警戒心は一気に解けて、急いで扉を開ける。すると、扉の前にはメレエナーラ王妃が、夜着に黒色の外套を纏い、フードを被ったまま立っていた。直ぐに手を引き、部屋に入れたクレイアスは、ライラをぎゅっと抱きしめた。


 「あのー、クレイアス様、今日はそのつもりで来たのではございません。」

 「え⁈」と目を丸くするクレイアスに、ライラは抱きしめられたまま、クレイアスを見上げて、にっこりと作り笑いで返す。目は一切笑っていない。冷ややかな眼差しは、明らかに不機嫌であった。

 「あー、すまない。ご無沙汰だったもので、そうかと。」

 肩を落として、しょぼんとするクレイアスに「ごめんなさい。大事な話があって来ました。座って話しても宜しいでしょうか。」と抱きしめる腕を離して、直ぐにソファーに座り、足と腕を組んで、クレイアスとの対話を待ち構えていた。


 日に日に、美しく可憐な女性へと成長して、愛くるしさが増すライラを、過度に溺愛しているクレイアスは、優しい眼差しで、愛おしい感情を露わにする。ライラの隣にピッタリとくっついて座り、手を優しく握り締め、穴が開きそうなくらいに見つめていた。

 こうなると、何を言っても無駄な為、ライラも、渋々優しく手を握り返す。次第に、お互いうっとりとした表情で見つめ合いながら、穏やかに微笑んでいた。ライラがメレエナーラに入れ代わってからというものの、国王夫妻は、一段と仲睦まじい関係となり、今や国民からは夫婦の鑑と言われ、羨望の的となっていた。

 母親のカミラに捨てられたライラは、クレイアスの優しさに触れて、いつの間にか好意を抱き始めていた。メレエナーラ妃になってからというものの、クレイアスから無償の愛情を注がれ続け、相思相愛の二人は、幸福感で満たされる日々を過ごす。

 ライラは、妃に入れ代わったばかりの頃、愛情表現が下手であり、甘え方を全くもって知らなかった。それをよく分かっているクレイアスは、形振り構わず、愛を表現する行為をしてきた。彼女が自然と甘えられるように配慮していたのである。クレイアスのお陰もあり、心ゆくまで愛にどっぷりと溺れて、幸せな人生を送ってきた。

 けれど、幸せで平穏な人生は、終わりを迎えようとしていた。


 「クレイアス様、もうそろそろ、終わりにしませんか。」


 唐突に告げられる言葉に、クレイアスは驚くこともなく、至極冷静に「そうだな。」と一言だけ返して、さっぱりとした晴れやかな表情を見せる。憂いのない顔は、もう既に、この時を待ち望んでいたかのようであった。


 「ライラ、漸く終わるな。長かったな。」と呟くクレイアスの瞳からは、一粒の涙がスーッと頬を伝い流れた。

 「ええ。とても長かったです。これで、皆さんが幸せになれます。もっと早く、片をつけていれば……。」

 ライラの瞳からも、一粒の涙が流れる。涙を流す瞳は、ただ一点を見つめていた。彼女が見つめる先には、青い瞳をした男性の肖像画が飾られている。

 レイナーラ王女がエディン騎士に寄り添う姿が描かれた一枚の絵。レイナーラ王女の美貌が魔手を呼び、大惨事を引き起こした争い。勇者エディンの大活躍により鎮圧されたと言い伝えられている。禍根を絶ち、王女と婚姻を結んだ勇者は、幸せな生涯を送る。


 「自分達だけ、幸せそうな顔して。禍根を残された身にもなってほしい……。」


 クレイアスの手を力強く握り締めるライラは、怒りを露わにする。

 

 「クレイアス様、ザィードが亡命を図ろうとしているのを、いつからご存知だったのですか?また、見逃すおつもりですか?」と怒気の含んだ口調で言い放つ。眉を寄せて、鋭い視線を向けた。

 「見逃しはしない。今度こそ、始末するつもりだ。………もしかして、もう始末したのかい?」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべて「ええ、そうですわ。」と悪女メレエナーラに戻る。

 

 入れ代わりがバレない様に、カミラを演じ続けるライラは、入れ代わりにより、母親の本性が浮き彫りとなった。カミラは、悪女であった。侍女達が語る、カミラの実態に衝撃を受ける。

 女を武器にして、卑劣な行為や醜悪な振る舞いをするカミラを『ミレーナ王太后の生写し』と誰もが口にした。母親を特別なフィルター越しに見ていたライラは、気づくのが遅すぎた。カミラは、サディアブル一族であり、ミレーナから送り込まれた仕掛人であった。調べれば直ぐに湧き出てくる悪い情報の数々。カミラへの怒りや恨み、憎しみが消えることはなかった。


 「嗚呼、勝手な事を。」と嘆息するクレイアスに「まだ殺してはいません。地下牢に入れて監視を付けています。」といかにも不機嫌そうな顔で、ボソボソっと弁解した。


 「分かった。」と手を一回叩くクレイアスの前に、突如、全身黒ずくめの男性が現れる。

 「すまないが、オーウェンに言伝を頼みたい。」と傍に跪く男性に耳打ちする。

 「では、頼んだ。」

 「はっ、失礼致します。」と消え去ろうとした瞬間、ライラが腕を引っ張り、引き留める。突然の出来事に、困惑する男性を無視して、単刀直入に告げた。

 「私からも言伝をお願いしたいです。明日の舞踏会で、変装を解くと伝えて頂けますか。お願いします。」


 (え⁉︎ えー可愛い。こんなにもお若いとは。まあ、でもお嬢様に比べたら、まだまだかな。俺は、お嬢様一筋だから。)


 真剣な眼差しで見つめられて、頬を赤く染める男性は、首を一回縦に振って頷き、瞬時に消え去った。

 男性はグランド公爵家から派遣されている諜報員である。初めて、メレエナーラ王妃の素顔と、普段と全く異なる口調を目の当たりにした男性は、驚きよりも可愛さで胸がキュンとなっていた。しかし、国王と王妃の前で、ましてや任務の最中に醜態を晒すなんて事は、大失態である。自分に言い聞かせるように、心の中で呟く男性は、以前からずっとエミリアに好意を抱いていたので、割と直ぐに冷静を取り戻して、任務を再開した。

 

 「本当に変装を解くのかい?」と嫉妬に駆られるクレイアスは、独占欲を剥き出しにする。

 突然、ライラをお姫様抱っこして、寝室へと消えていった。抵抗虚しく、ベッドに寝かされるライラは「ああ、はぁ。」と嘆息漏らす。一方でクレイアスは、幸せそうな顔で笑みを溢していた。

 二人が共に寄り添い、そして朝を迎えるのは、これが最期である。

 穏やかな寝顔を見つめるクレイアスは、惜しむように重たい瞼をゆっくりと閉じて、眠りについた。



◇◇◇◇◇◇

 突如、王宮西棟から聞こえる女性の悲鳴とも言える様な叫び声に、準備に追われていたライオネルは、心が乱されて、声が上がる度に動揺を隠せない。気が焦り、準備しながら思考を巡らせている所為もあり、書類を落として拾うの動作を繰り返していた。


 「ああ、気になってだめだ。何が起きている?」と我慢できずに、自室のドアを開けて外の様子を伺うライオネルに「どうされましたか?」と女性の声が聞こえる。マーガレットが暗闇の中に、ポツンと一人立っていた。

 「うわぁああ!はぁ〜びっくりした。ああ、すまない、驚いた。マーガレット、何か起きたのか?」と驚いて後退りするライオネルは、マーガレットに気づいた途端、安堵したのも束の間、すぐに訊ねた。

 「私の方こそ、こんな所から現れて、申し訳ございません。実は、王妃様が変装を解きました。」

 「は⁉︎ え⁉︎ なっ!なぜ、こんな日に……。」


 驚愕の事実に、目を見開き驚くライオネルは、すぐにメレエナーラの意図を読み取ろうと、思案顔になる。メレエナーラ王妃の変装を、ここ最近になって漸く気づいたライオネルは、変装する理由さえも、まだ解明できていない。王妃はミステリアスな女性であり、能力も高い為に、何度も探りを入れてはいるが、一向に正体が掴めなかった。


 「西棟は騒がしいから、今日は、難なく入って来れた。」

 これまた突然、ゴードンが真正面にある自室のドアを開けて入って来た。ライオネルに挨拶もせずに、マーガレットに近寄って行き、声をかけた。


 「マーガレット、ありがとう。後の支度は俺が手伝うから、君は持ち場に戻って欲しいそうだ。マーガレット、危険が多いからくれぐれも無理はしないようにね。」と頭を優しくポンポンと叩いて、不安げな表情で見つめていた。

 「はい。分かりました。ゴードン様もお気をつけて下さい。では、失礼致します。」と涙目でゴードンを見つめた後、隠れ通路の入り口から、走り去って行った。


 ライオネルが、エミリアを失う不安を払拭できない気持ちが、今になって漸く分かったゴードンは、マーガレットの悲痛な顔が、頭から離れない。

  

 「仕事とは言え、命に代えられるものなんて無いのに……。」と悲痛な叫びが、口から漏れる。

 

 天井裏からゴードンを見ているマーガレット。自分に割り当てられた持ち場は、ライオネルの部屋の見張り役であった。そこに遅れてエミリアが現れる。

 

 「どう?変わりない?」

 「…………」


 応答がない為、顔を覗き込むエミリアは、涙を流すマーガレットに驚いて、緊急事態と勘違いして、問い詰める。


 「何があったの、言わないと、何も分からないじゃない。任務に支障をきたすから、早く言いなさい。どうしたの?」

 「ゴードン様を失いたくありません。」と口にした途端に、大粒の涙を流すマーガレットは、エミリアに抱きついた。

 「ああ、もう、なんだ。そんな事ね。ゴードンが死ぬわけないでしょう。どうせ王子を置き去りにして、自分だけ逃げると思うわよ。そんな無駄な心配は要らないから。それより、王妃様が変装を解いた理由を知っている?」

 首を横に振るマーガレットに「そう。分かった。」と素っ気ない返答をするエミリアは、ライオネルと同様に思案顔になっていた。


 「そろそろ始まるから、もう泣くのはお終い。嫌な予感がするから、絶対に単独行動はしないでよ。分かった。」

 「はっ。」


 泣き止み、警戒を強めるマーガレットに対して、目を瞑り僅かな気配を感じ取っているエミリアは「来たわ。」と呟いた。

 首を傾げるマーガレットを横目に、目を見開き室内を注視するエミリアに、ライドが後方から現れた。

 「リア、マーガレット、ターゲットが侵入した。引き続き、王太子の見張りを頼む。リア、彼奴がいるから気をつけろ。」

 「やはり。分かったわ。」

 

 瞬時に消えるライドの気配より、強く感じる男性の気配。暗殺者グレンが、敢えて気配を消さずに王宮内に堂々と侵入して来たのである。

 強敵を前にして、腕が鳴るエミリアは、不敵な笑みを浮かべる。気配を消して、戦いの時をじっと静かに待っていた。



 いつもいつもたくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。

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