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60.ロズウェル国へ帰還

長文になっています。読んで頂けたら嬉しいです。

 行きと変わらず、帰りも揺れの酷い辻馬車に乗り、ロズウェル国へと向かう。

 馬の蹄の音しか聞こえない車内。車窓のカーテンを閉め切り、暗く、どんよりとした重たい空気が流れていた。

 一目で泣き腫らしたと分かる顔を、前面に押し出すライオネルは、ゴードンの真向かいに座り、終始無言である。心ここにあらずで、話しをしても上の空であった。

 ゴードンは、揺れによるお尻や腰の痛みに耐え忍んでいたが、徐々にライオネルの感情に影響され始める。カーテンで閉め切った暗い車内も相まり、次第に痛みも忘れて、どんよりと暗い雰囲気に呑まれていった。気持ちが沈み、気が滅入っていた。


 (はぁ。こんなに苦しむくらいなら、別れなければ良いのに。別にそれでも良いと思うけどな。はぁ、こんなんで、作戦は成功するんだろうか。おい、しっかりしろよ。)


 失恋に苦しむライオネルに、呆れて、うんざりするゴードンは心の中で嘆く。

 当の本人であるライオネルはというと、ゴードンに目もくれず、物思いにふけていた。

 昨晩は、殆ど眠れず、眠っていても、エミリアと引き離される夢にうなされて、目を覚ますの繰り返しであり、あっという間に朝を迎えていたのである。

 年中、寝不足である為、いつもと然程、体調は変わりないが、心は酷く疲れていた。一瞬でも気を抜くと、直ぐにエミリアのことで頭の中は埋め尽くされてしまう。


 馬車に揺られながら、今朝の出発前に起きた出来事を思い出す。ゾーゼフとオーウェンが話す、ヒソヒソ話が頭から離れない。


 ゾーゼフの隣に立ち、ライオネルに敬礼する一人の男性。爽やかな笑顔と、はつらつとした挨拶。絵に描いたような好青年である男性は、ゾーゼフの息子であり、連合国軍の一等兵曹である。見るからに鍛え抜かれた、たくましい体躯は、まさに屈強な戦士そのものであった。

 二人の話によると、好青年の男性はエミリアの元婚約者であり、一度、白紙となった縁談をエミリアの意向で撤回すると話していた。

 信じたくない話に、悲しみから怒りへと変わる。嫉妬に駆られて、感情がむき出しとなり、挨拶の最中に男性を睨んでしまう。けれど男性は、ライオネルの態度に臆する事なく、穏やかに、爽やかな笑顔を返した。それが却って、狭量や、器の差を見せつけられたように感じて、悔しさに苛まれていた。明らかに敵うわけもない相手に、負けを認めるしかない。しかし、エミリアを諦めきれないライオネルは、ゾーゼフの息子であるレンに嫉妬心を燃やしていた。

 ゴードンは、暗い表情から一変、闘志を燃やす凛々しい顔になるライオネルに、漸く正気に戻ったと勘違いをして、安堵していた。


 ライオネル王太子を乗せた辻馬車は、もう既に、国境を越えてロズウェル国に入る。目的地である学園に向かい馬を走らせていた。


 一方で、ライオネルからオリビア連合国に残留の命令を下されていたエミリアは、総帥官邸にて手柄を報告していた。

 昨晩の帰り道に、本物のネズミを捕獲していたのである。牢屋に収容された二匹のネズミの正体は、ユニタスカ王国から送られてきた諜報員であり、以前に潜入調査をした時の上司であった。相変わらず筋が悪く、センスに欠ける男と女の諜報員。全くもって上達していない動きと見覚えのある顔に、いとも容易く捕まえるが、彼等は奥歯に仕込んだ毒で自害しようとした。咄嗟の判断で、自害を阻止した後、拷問と言っても過言ではない、厳しい尋問を夜通し受けている。


 「良くやった。報酬は、これで足りるだろうか。」


 クライシスにお褒めの言葉を頂戴した後、エドワードから差し出された、金貨の入った袋は重く、報酬に見合った仕事を成し遂げてはいないようにも感じたが「はい。今後も誠心誠意を尽くし、精進してまいります。」と真剣な眼差しで決意を新たにする。その後直ぐに、表情が変わり、嬉々として袋を受け取るエミリアは、相変わらず金の亡者であった。ラナはいつも通り、呆れて溜息を漏らし、心の中で本音を呟く。


 (そこまでお手柄だったかなぁ?直ぐに捕まったから、何も苦労してないけど。そんなに喜んで、どうせ新種の武器に全額注ぎ込むおつもりでしょう。もっとドレスや、宝石など若い女性達の間で流行っている物でも買ったらいいのに。こんなに美人なのに、おしゃれに全然、興味ないからな。今日なんて、化粧もしてない。はぁ。)



 クライシス率いる連合国軍は、ライオネル王太子一行より遅れて、出発する予定でいた為、残された時間、各々準備に余念がない様子であった。慌しい官邸内を足早に去ろうとする二人の前方から向かって歩いて来る軍人達。エミリアは、すれ違う男性に突然声を掛けた。昨晩追いかけっこをして遊んだレンが、官邸内の廊下を丁度タイミングよく歩いていたのである。


 「あっ!おはようございます。昨日はあの後、大丈夫でしたか?」


 突然話しかけられて、戸惑いを隠せないレンは、上司や同僚を引き連れていた為、醜態を晒すわけにはいかない。一旦立ち止まり、気を引き締めて、冷静に応対する。


 「おはようございます。ご心配ありがとうございます。問題はありませんでした。今日、戻られると聞きました。それと、見事なご活躍をされたとも聞いております。帰りの道中、お気をつけて下さい。今後も、連合国軍の一員として、互いに頑張りましょう。では、私も先を急ぎますので失礼させて頂きます。」

 爽やかな笑顔で、敬礼するレンに、エミリアも敬礼で応える。

 「レン!じゃあまたね。」と微笑んで、大きく手を振り去って行った。

 エミリアの後ろ姿を、呆然と見つめるレンに、同僚が小声で問い質す。


 「おい、レン。抜け駆けはずるいぞ。今のはオーウェン閣下の娘だろ。あんな美人は連合国にいないからな。いつからあんなに親しい関係になったんだ。俺らなんて、見るのもおこがましいんだぞ。お前なんて、挨拶されて、気にもかけてもらった挙句に、手まで振られて。ずるいぞ。」


 同僚から羨望の眼差しを向けられながら、前を向いて歩くレンは、冷静さを失いかけていた。名前を呼び捨てされて、笑顔を向けられたことが、たまらなく嬉しくて、心を動揺させていた。


 「ああ、そうだな。知らない間に婚約者になってたんだ。未だに俺も夢を見ているみたいだ。」とまだ口にしてはいけない言葉が、自然と漏れる。

 「はあ⁈ こ、こ、婚約者⁈ そんなの嘘に決まってるだろ。おい、笑わせるなよな。」と背中をバシバシと叩く同僚に、頬が緩むレンは、エミリアに恋慕を抱く気持ちを抑えられなかった。

 上司と少し離れて歩きながら、同僚と小声で戯れ合うレンは、前を歩く上司に叱咤される。


 「おい、五月蝿いぞ、レン。お前はゾーゼフ元帥閣下の息子だろ、恥ずかしくないのか。もっとしっかりしろ。私語は慎め、分かったな。」

 「御意、以後気をつけて、精進してまいります。」と謝罪を述べ、再び真剣な表情で、キビキビと歩き始めたが、いつもの様に、心がモヤモヤし始めていた。

 生まれた時から“元帥の子供”というレッテルを貼られて生きてきたレンは、いつの日からか自分は自分でしかない、ありのままに生きたいと思うよになっていた。しかし、周囲からの期待も大きく、葛藤を繰り返す日々であった。一人悩み、苦しむレンに、救いの手を差し伸べる人が現れるが、それはまだ先の話である。


◇◇◇

 漸く、ロズウェル国の学園に到着したライオネル王太子一行。長い揺れから解放されて、大きな身体を伸ばすゴードンと、未だに暗い表情のライオネルは、裏口を通り生徒会室へと向かう。ドアを開けると、カイアスとゼン、ライドに出迎えられる。


 「ご苦労だった。その様子だと上手くいったんだな。良くやった。」とカイアスはライオネルの肩に腕を回して、激励の言葉をかけた。ゼンとライドは、傍で、黙って静かに見守る。

 任務から解放されたカイアスとゼンは、ゴードンから簡単に報告を受けた後、生徒会室から去って行った。

 タイミングを見計らい、ライドはライオネルの傍に跪き、報告を始める。


 「本日のデビュタントの配置図と参加者名簿です。計画通りに進行しますので、お二人共、くれぐれも不自然な行動を控えて下さい。特に、ゴードン、分かったな。」

 険しい表情で説明するライドに、二人は真剣な表情で頷き、応対する。

 「ライオネル殿下、これから王宮へと戻ります。私もいますので問題はないと思いますが、万が一に備えて、こちらの短剣を装備して下さい。」

 「うむ。分かった。留守の間に、そんなにも変わったのか?」

 「はっ。更に敵が増員されております。昨日、騎士団の武器庫から武器が幾つか消えていますので、これは只事ではなくなってきております。」

 「なっ!分かった。急ぎ戻るとしよう。ゴードンにも護衛が必要だな。ライド、何か策は考えていたか。」

 「はっ。お任せ下さい。部下が就くので問題はありません。」

 「分かった。留守の間、ご苦労であった。下がって良い。」

 「はっ。では後程。」


 瞬時に消えるライドに指示された通り、短剣を装備するライオネルは、手が震えていた。

 ライドの一言で、一気に現実味を帯び始める。突然押し寄せる恐怖と不安に、ゴードンも足がすくみ動けなくなっていた。


 今まで、血が流れるような争いを経験したことがない二人は、これから待ち構える争いに、不安を募らせる。


 (リアは、俺らより幾度も、敵との争いを乗り越えてきたんだろうな。だからあんなにも強く生きられるんだろうな。リアにとっては、待ちに待った戦いであろう。ずっとあんなにも複雑な思いを抱えて生きてきたんだから。)


 ゴードンは、エミリアが告げた言葉を思い出して、臨戦態勢に入る。出発前に官邸内でエミリアと密会していたゴードンは、ライオネルを全力で守り抜く約束をする。エミリアから託された想いに応えようと、参加者名簿と配置図を再確認していた。

 ライオネルも同じくエミリアの言葉を思い出す。


 (あの時からずっと、誰にも言えず、一人で抱えて生きてきたんだろうな。それなのに、今から怯んでどうするんだ。しっかりしろ。リアの為にも、絶対に彼奴らを仕留めてみせる!)


 心の中で、自分の信念を言い聞かせるように連呼して、気持ちを奮い立たせる。ライオネルも、ゴードンに遅れて臨戦態勢に入る。


 闘志を燃やす二人に対して、悠然と構える女性は、ロズウェル国に戻って来ていた。


 「あー、やっと我が家に帰って来た。ただいま!」


 意気揚々と大荷物を抱えて帰還するエミリアは、公爵邸の玄関口に荷物を下ろすと、執務室へと向かい歩いていた。

 ドアをノックして、入室した先にいるオーウェンとライドに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるエミリアは、事の他、上機嫌である。


 玄関に無造作に置かれた、大量の武器に驚く使用人達を他所に、大金が入っていたであろう空の袋と手柄を報告するエミリアに、唖然とする二人は、更に大量の武器を見せられて、開いた口が塞がらなかった。


 そんな三人を横目に、執事のスミスは、オーウェンから渡された、エミリアが書き記した任務報酬書の紙を見て、見る見るうちに、青褪めた顔に変わり、終いには頭を抱えて、嘆いていた。


 「あれ、まあ。スミス、大丈夫?払えないなら、王様に払ってもらいましょう。だって王子を助けて差し上げたんですから。ふふふ。」


 恐ろしい言葉を放つエミリアに「お嬢様、おやめください。滅相もございません。公爵家でお支払いしますから。」と狼狽える。

「あら、そう。今、払いますと仰りましたね。ありがとう、スミス。」と満面の作り笑いをするエミリアに、怯えるスミスは渋々、金貨を渡す羽目となる。


 喜びのポーズをするエミリアを裏目に、頭を掻きむしるオーウェンは、大量の武器を見ながら「得したんだか、損したんだか、分からんな。嗚呼、してやれたな。」と溜息を吐き、嘆いていた。


 「これで準備万端だな。ラナ、ありがとう。リアも元気そうだし、安心した。後はやるべき事をやるだけだ。もう一踏ん張りだ、頑張るぞ。」

 「はっ。お任せ下さい。あちらに最強の女性がいますからね。気合十分です。」

 「くっくっ、あははは。ほんと、色んな意味で最強だからな。困ったもんだよ。」


 握った拳を高く掲げるエミリアを見ながら、笑みを溢すライドとラナは、互いに士気を高めて、各々の持ち場へと戻って行った。


 「よし‼︎ ここからだ‼︎ 待ってろよ、クソ野郎ども‼︎ 」

 ライドとラナに鼓舞されて、闘志が漲るエミリアに、紅茶を運んできた侍女のミリーシアは、衝撃的な言葉が耳に入り、驚きのあまり、動揺を隠し切れない。しかし、公爵令嬢として有るまじき無礼を忠告する。


 「ひぇ~。お、お、お口が、お嬢様、ダメですよ。そんな下品なお言葉を使ってはいけません。」

 「あっ!ミリーシア。丁度良いところに来た。頼みがあるの。」

 忠告を無視するエミリアに、突然両手を掴まれて、見つめられるミリーシアは、瞳の奥に見え隠れする企みに心がざわつく。

 「え⁈ 何でしょう?何か恐ろしい予感がします。」

 「え⁈何言っているの。何一つも恐ろしく無いわよ。あちらに置いてある武器の資料を作成するだけよ。では、お願いね。もう今晩には使うから、出来るだけ早くね。よろしく。」

 「は⁈ えー!ま、待って下さい。お嬢様、私には、そんなに早くは無理ですよ。あれ、お嬢様?お嬢様ぁーー。」


 振り返ると、姿は消えて、スミスだけがポツンと執務室に佇んでいた。


 「まるで、嵐が去ったような静けさになりました。恐ろしい人です、お嬢様は・・・。折角ですから、紅茶を飲んでから、仕事をしませんか。なんだかどっと疲れましたね、ミリーシアさん。」

 「はい。何が何だか。よく分かりません。」


 呆然と立ち尽くすミリーシアを、ソファーに座らせて、紅茶を一緒に飲むスミスは、深い溜息を吐く。そこにオーウェンが、どこからともなく戻って来た。


 茫然自失する二人を見て「二人共、すまない。私の手にはもう負えない。早く、娘より強い男と結婚してもらうしかないな。そんな男が、この世にいるだろうか。ははは。」と自嘲しながら、書類を手に取り、何やら苦悶の表情を見せる。



 呆れ返る面々の、乾いた笑い声だけが、公爵邸内に響き渡っていた。



 いつもたくさん読んで頂き、本当に感謝しております。

 書いても、書いてもデビュタントが始まらず、今回はまだ辿り着けませんでした。

 ご期待に添えず、申し訳ございません。

 今後もよろしくお願いします。


 

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