6.悪魔の実
執務室のドアが、二回ノックされて「サイモンだが、ちょっと良いじゃろか。」と返事を待たずに、ドアを開けて入ってきた。
「はい。……痛っ!えっ?何かありましたか?」
オーウェンは、サイモンの行動が明らかに普段と違い過ぎて、驚きと動揺を隠せず、慌てて椅子を引かずにに立ち、足を机に打ち付けてしまった。
「すまない、ちょっと気が焦っておって。実は、エミリアお嬢様に毒がもられておって…。」
サイモンは肩を落とし、項垂れている。
付き添いのコスターはオーウェンを凝視していた。
「なっ……。」
オーウェンは、頭が真っ白になり、その場に立ち尽くした。
執務室は、シーンと静まり返る。
突然、しじまを破って助手のコスターが唐突に話を切り出す。
「私が毒であると気付きました。処置をしていた際に、微かに毒の臭いがして、咄嗟に皮脂を採取しました。今これから急いで、成分を鑑別しますが、可能であれば血液も採取したいです。宜しいでしょうか?……旦那様、聞こえていますか?」
「え⁈あ、あー、わかった。」と覇気のない弱々しい声が出た。
コスターはオーウェンの両手を握り、顔を覗き込みながら、自信満々な表情で、再び話し始めた。
「多分ですが…、この毒は隣国のキールッシュ帝国のみに自生している、野草のクロウネから抽出された毒だと思います。確かではないので、断言は出来ません。しかし、クロウネは猛毒性はなく、死に至る事は、まずありません。ただ厄介なのは、悪夢を見る作用があり、遅発型の作用が相乗して、悪夢の増強と解毒に時間を要します。もっと早くに気付いていれば良かったのですが、毒の効果が出始めていたので、解毒薬が効くかは、私にもわかりません。経過を見させていただきます。お美しい、愛するお嬢様は、必ずこの私が救出しますので、ご心配は無用です。」と臆する事なく饒舌に報告し、部屋から走り去って行った。
オーウェンとサイモンはお互い目が合った。二人は事態が飲み込めず、暫し呆然としていた。
「お二人共、大丈夫でしょうか?」とラナが部屋を覗きながら、恐る恐る声を掛けてきた。
「あー、すまない。どうした?」
「お嬢は寝てはいますが、やはり悪夢にうなされ始めました。私はお嬢の側で付き添っても宜しいでしょうか。」
ラナは、先程の会話を一部始終聞いていた為、単刀直入に物申してきた。
「そうか。わかった。後で私も行く。ライドにも伝えてもらえるか。それよりラナ、疲れてるだろう、辛いだろうが程々にな。ラナまで倒れたら、リアは悲しいだろうから。いつも側で支えてくれて本当に感謝している。」
オーウェンはラナの肩に掌を置いた。
ラナは、俯いて声も出さずに泣いていた。
「サイモン先生ありがとうございました。恩に着る。」とオーウェンは、深々頭を下げた。
「いや、わしの手柄ではないからなぁー、後で彼奴にも礼を言ってくれ。いやはや、全く毒好きには参ったもんだ。はぁー、ふぅー。ちょいと性格なのか何というか。うーん、まあ、仕方あるまいな。はははは。」と顎を撫でながら大笑いしていた。
「くっくっ、はっははは。全くそのようだ。彼を見つけてきた手前、気付いてはいたが、注意しなかった私も悪い。そして、どうやら娘を溺愛しているときたもんだ。少し釘を刺すしかないか。人間性はやはり彼に指導してもらうしかないな。」
サイモンはオーウェンの話に頷き、ゆっくりと部屋を去って行った。
オーウェンは愛娘に毒が使われた事に、一層改めて、復讐心が燃え上がる。愛する者を姑息な手段で害する戦法に、首謀者の悪魔のような心理が伺え、苦渋の色を浮かべた。
キールッシュ帝国では、クロウネとは別名悪魔の実と呼ばれている。クロウネの実に毒があり、民が名付けたそうだ。そして、キールッシュ帝国の国鳥に、クロウネを好物とする黒い鳥がいる。
王宮に雑食で毒に強く、魔女のように鳴きながら、妖艶な肉体を惜しみなく利用する黒鳥が一羽。窓際で目を光らせる。
あれから10年、黒鳥が自ら飛び立つ機を、静かに待つ。