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59.レンとロイとの出会い

今回の話は閑話です。書くか、書かないか迷い、投稿しました。長文になりましたが、読んで頂けたら嬉しいです。

 屋根の上に寝そべり、ただただ、ぼんやりと虚な眼差しで、夜空を見ていた。

 泣き腫らした目は赤く、瞳はまだ大きく揺れながらも、ただ一点を見つめている。

 燦然と輝く星と真っ暗な夜空。

 自然と溜息ばかりが漏れる。


 夜が明ける前には、総帥官邸を離れて、ラナの生家に向かう予定でいたエミリアは、重い腰を上げて、屋根から降りようとしていた。


 「おい!貴様、そこで何している!動くな!」


 突然、声を掛けられて、身構えるエミリアは、剣を構える男性が見えた途端、瞬時に屋根から降り立つと、男性の背後に回り、喉元に短剣を突きつけた。


 「貴様こそ、何者だ。軍人にしては、隙が有りすぎではないか。鍛錬不足だな。ふふふ。」


 耳元で嘲笑った後、瞬時に元いた屋根の上に戻るエミリアは、男性に手を振り、優雅に走り去る。

 咄嗟に男性は「おい!貴様!待て‼︎」と声を荒げて追いかけて来た。


 (しつこいわね。屋根の上なんて走り慣れていないでしょうに。大丈夫かしら。)


 屋根に登ってまでも追いかける男性に、エミリアは呆れていたが、捕まるわけにもいかない。追いかけっこが始まった。終始、笑いながら飄々と走るエミリアに、到底追いつけるはずもなく、段々に疲れを見せる男性は、足取りが重くなってきていた。男性の足元を不安げな表情で見ながら、未だ余力十分なエミリアは、屋根から素早く降りて、前方に見えるカイアスから借用した馬に乗り、この場から去ろうとした。

 諦めず、追いかけて来る男性は、息を荒げながらも「待て‼︎止まれ‼︎」と声を振り絞る。しかし、予想通りに瓦屋根から足を滑らせて、地面へと身体が落下していった。

 

 「あー!」と一瞬、男性の叫び声が上がるが、その後「え⁈」と目を丸くして、驚きへと変わる。地面の感触に気づいた途端、もう既に両足をしっかりと着けた状態で立っていた。

 「あれ?」と首を傾げる男性を横目に「世話の焼ける軍人ね。」とせせら笑い、男性を小馬鹿にするエミリアは、前方に見える人影に気づいた途端、足が震える。


 「そこの二人、何していたんだ。」


 直ぐさま、跪き敬礼するエミリアは、すかさず弁解の言葉を述べる。

 一方で男性はというと、跪く逃亡者の姿に目を奪われて、呆然と立ち尽くしていた。

 暗闇で見えなかった容姿が、外灯の下ではっきりと見えて、顕になっていたからである。目ぶかに被った帽子に隠す、端正な顔と長いブロンドヘア。そして、全身黒一色の装いで、体の輪郭が出にくい服装でも分かる、細身の引き締まった身体と胸の膨らみ。メリハリボディに釘付けとなる男性は、自然と頬を染めて、目の前にいる女性を見つめていた。ふと我に返り、首を横に何度か振り、目を瞑り、頬を叩いて、目を覚まそうとする。男性は、冷静さを取り戻そうとしていた。しかし、まさか追いかけっこしていた相手が、こんなにも美しい女性だとは思いもよらず、耳元で囁かれた声を思い出しては、赤面して頬を叩くを繰り返していた。おかしな行動を取る男性を他所に、人影はじわじわとエミリアに近づいていた。

 人影の正体は、イルマであった。無表情かつ冷酷な目つきで見下すイルマは、クライシスより『五月蝿いネズミを始末しろ。』と小言を言われて、この場に嫌々向かって来たのである。


 「エミリア、お前に弁解の余地はない。其方は、レンか。元帥閣下に報告するからな、良いか。

 おい、二人共、次は、ただでは済まないから肝に銘じておくように。そして今日は、良く反省するように。ほら、明日も早い、さっさと持ち場に戻れ、いいな。………エミリア、目を冷やして寝るんだぞ。そのままでは、晴れて痛みが出るかもしれない。折角の綺麗な顔が台無しになるだろうから。じゃあ、また明日な。」


 イルマは、エミリアに柔和な表情をした後、肩をポンと優しく叩いて、足早に去って行った。イルマの後ろ姿が見えなくなるまで、深く頭を下げて謝罪の意を伝えようとするエミリアを見ていた男性は、漸く名を名乗り、謝罪する。


 「すみませんでした。私の判断が間違っていました。敵か味方の区別も付けずに、剣を向け始末しようとした事をお許し下さい。私の名はレンと申します。ゾーゼフ元帥の長子で、連合国軍では一等兵曹の身分であります。以後、お見知りおきを。」


 深々と頭を下げて謝罪する男性に、エミリアも続けて謝罪する。


 「こちらこそ、私の不審な行動が原因で、このような事態を招いた事をお許し下さい。私は、工作員、諜報員、刺客などの身分で、総帥閣下の言わば、影として従事するエミリア・ネモフィー・グランドと申します。今は、任務によりロズウェル国から来ていました。レン様とお会いするのは、初めてですよね。ああ、そう言えば……レン様の元婚約者でしたね。あの時は、縁談をお断りしてしまい、すみませんでした。」


 深々と謝罪する女性を見つめるレンの顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。顔を手で覆い隠す姿は、まさに恋に落ちた瞬間とも言えるが、当の本人は、未だ自分の感情を理解するのに苦しんでいた。


 (あーだめだ。今日の俺はどうかしている。おかしいぞ。なんだこの胸のドキドキは。鎮まれ、俺。まず、落ち着こう。)


 深く息を吸って呼吸を整えるレンに、不安げな表情をするエミリアは、屋根から落ちた時に怪我をしたのではないかと勘違いをしていた。

 いきなりレンに近寄り、足元に屈むと、丁寧に体を見始める。


 「おわっ。ど、ど、どうしたんですか?いきなり何ですか?」


 突然、足元にいた事に気づいて、慌てて後退りするレンに対して、首を傾げるエミリア。その仕草が、可愛すぎて、また赤面して顔を手で覆ってしまう。


 「あのー大丈夫ですか?さっき、屋根から落ちた時に、怪我しませんでしたか?上手くキャッチできたと思ったんだけどなぁー。もっと腕力を鍛えないといけないわね。」

 「はぁ⁈ キャッチしたんですか?え⁈ 俺をですか?」

 「ええ、そうですけど。うーん?あれ、ダメだったかしら。ごめんなさい。つい体が、いつもの癖で動いてしまって。えへへ。」


 笑って、誤魔化そうとするエミリアの笑顔に、もう気持ちが制御できないレンは、自然と心の声が漏れてしまう。


 「可愛いな。……あっ、いや、あの違うんです。あー。」


 項垂れて、ゆでだこ状態のレンに、笑いすぎて泣いているエミリアの姿が見えたラナは、全速力で走り、慌てて背後からエミリアを抱き締める。レンからエミリアを守ろうとしていた。


 「おい、レン!貴様、お嬢を泣かせるとは、何事だ!許さない!」

 「え⁈ 違う、違うのよ、ラナ。くっくっくっ、あははは。もう、どうしたのよ。」と抱き締めるラナの腕から、するりと抜け出して、正面から抱き締める。ラナを優しく抱き締めながら「私は大丈夫よ。今日は、色々と心配させて、ごめんね。そこにいる彼と追いかけっこして遊んでたら、イルマ様に怒られて、二人して馬鹿だなって、笑っていたのよ。悲しみは、もう吹っ飛んで行ったわ。くっくっくっ、あははは。」と満面の笑みで笑うエミリアに、ラナは胸を撫で下ろし、笑顔を見せる。


 突然、背後から男性の声が聞こえてくる。そして、暗闇の中をふらふらと千鳥足で歩く男性が現れた。こちらに向かい歩いて来るが、途中で石に躓き、そのまま地面に顔面から倒れた。


 「痛いよー。ラナちゃん、助けてくれぇ~。」と地面に寝転んだまま、弱々しい声で助けを呼び始める。


 「「はぁ。」」と二人は、同時に溜息を吐く。

 「おい!ラナ、飲ませ過ぎだ。」

 「すまん、すまん。言うこと、全然聞かないんだよ。だから仕方ないだろ。何だか鬱憤がえらい溜まっていたみたいで、愚痴ばっか言ってさ。おまけに、彼女欲しいとか、兄貴より先に結婚するぞとか言って。うるさいったらありゃしない。店にも迷惑だから帰って来たんだけどな、気づかぬうちに、追いかけて来てたとは。ほんと世話の焼ける奴だよ、まったく。おい、ロイ、大丈夫か?」


 倒れたロイに近づいて行くラナであったが、先にエミリアが辿り着いて、お姫様抱っこをする。

 「まだ痛みますか?お家まで、歩いて帰れますか?」と優しく声を掛けた。


 至近距離に端正な顔立ちの女性がいて、一気に赤面するロイは、自分の顔の一部が女性の豊満な胸に当たっている事に気づき、ゆでだこ状態になっていた。


 「あら、まあ。同じ顔。」と驚くエミリアに対して「へぇ⁈」と疑問符を浮かべるロイに、少女のような可憐な笑顔を見せる。エミリアの笑顔に悶絶するロイは、顔を手で覆い隠して、指の隙間から覗き見していた。

 束の間の女性との戯れに喜びを隠せないロイに、殺気を漂わせる二人が近づく。ラナが瞬時にロイを引き摺り下ろす。再び、地面に転がるロイに二人は手を差し出すことなく、見下して罵倒する。


 「なんだ、その顔は!気持ち悪い。お前は、そこに転がっていろ。この酔っぱらいが!」とレンが罵り、ラナは「貴様は何様のつもりだ。お嬢に抱っこされるなんて、馬鹿者が!一人で歩いて帰れ!」と怒鳴る。

 「ええ~ん、みんなが、いつも僕を虐めるんです。助けて下さい。」とエミリアの足元に縋り付くロイに「あら、それはさぞかし、お辛いですわね。」と優しく頭を撫でる。

 「「ロイ、貴様、何してるんだ‼︎」」と声を揃えて、怒るレンとラナに、嘘泣きをするロイを見かねたエミリアは、助けようとした瞬間、突如背後から現れた男性の一言で、一気にその場が凍りつく。


 「ロイ‼︎貴様の声が五月蝿くて、閣下が激怒しているぞ!いつまで泣いているんだ!男だろ、静かにしろ!そして、レン!話は聞いたぞ。後で二人共、私の部屋に来るように。わかったな。返事は!」


 ゾーゼフ元帥閣下が、暗闇から突如現れる。イルマと同様に、クライシスに小言を言われて、半ば呆れながらも、この場に向かって来たのである。

 「はっ‼︎」と跪き敬礼するレンとロイを無視して「エミリア、すまなかった。我が息子達の失態を許してくれるだろうか。」と頭を下げる。

 「いいえ、こちらこそ楽しい時間を過ごさせていただきました。あの、一度お断りはしていますが、前向きに婚約の話を検討させて頂きます。ゾーゼフ元帥閣下、これからもよろしくお願いします。では、明日も早いですから、私は失礼させていただきます。」と衝撃的な言葉を放った。

 「は⁈」と拍子抜けした表情で、一瞬動きが止まるゾーゼフに、美しいカーテシーを見せて、その場から去って行った。


 ロイは、咄嗟にエミリアに手を振り「ありがとうございました。」とお礼を述べる。声に反応したエミリアは、振り返り、手を振った後「おやすみなさい。」と一旦立ち止まり、軽く会釈する。その後、見えなくなるまで手を振り返してくれていた。


 嬉々として手を振るロイは、レンに呆れて溜息を吐いた。

 「おーい、レン兄さん、大丈夫か?」と目前で手を振り、意識を戻そうとした。

 そんな息子達の様子を見かねたゾーゼフは、赤面したまま、呆然と立ち尽くすレンに「ははは、良かったな!」と背中を強く叩いて、家路へと向かい歩き始める。

 叩かれた衝撃で、漸く正気に戻るレンは、急ぎ、二人の後を追いかける。そして、困惑した表情で、ゾーゼフに問いかけた。


 「え、待って下さい、父上。あのお方は、王妃になられるお方ですよね。だから、あの話は無くなったと聞いています。それなのに、どういう事ですか?困ります。あんな美人なお方が、私の婚約者だなんて。あー、何かの間違いです。」

 頭を掻きむしり、疑問符を浮かべながら歩くレンに、呆れるゾーゼフは、エミリアの言葉の意味を諭す。


 「つべこべ言わずに、素直に喜べば良いだろう。王太子様とはな、今日、お別れしたんだよ。だから、彼女は屋根の上で泣いていた所をお前に慰めてもらい、素直に惹かれたんじゃないのか。違うか。そうだろう。なぁ、ロイもそう思っただろう。お前はあんな美人な義姉が出来て嬉しいだろ。父さんは嬉しいよ。ははは。」

 「はい。嬉しいに決まっています。見て下さい、あのお胸。僕はお姫様抱っこされて………ぐっふふふ。」

 「ロイ!気持ち悪いから、その笑い方は止めろ!あー、お前には一生、嫁は来ないかもな。はぁ。」

 「父上、酷いです。言霊って知らないんですか。そんなこと言って、本当に誰も来なかったら、父上を呪いますからね。」

 「相変わらず、弱虫だな。はぁ、そんなんでは、いつまで経っても軍隊には入れんぞ。父さんの面目は丸潰れだ。」

 「良いんです。僕は、頭脳派ですから、エドワード様のようになるんです。」

 「ほぉ、そうか、それは頼もしいぞ。」

 「無理だな。金の勘定もできないお前に、軍務長官って。笑わせるな。百年早いんだよ。明日から総帥閣下は、ロズウェル国に行くそうだ。連合国側は、父上が指揮を執る。先ずお前は、しっかり働け!いいな!

 父上、ご令嬢との縁談話については、一先ず考えさせて下さい。」


 困惑した顔から一変、至極真面目な顔つきになるレンに「うむ、分かった。お前に任せる。」と返答するゾーゼフは、息子の成長を喜び、満足気な表情で、家路についた。

 

 いつも読んで頂き、本当にありがとうございます。

 次話からロズウェル国に戻りますので、ご期待に添えるように、頑張って執筆します。今後もよろしくお願いします。

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