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58.夜の出来事

 「どうした?」


 クライシスが突然、誰かに問い掛ける。


 「え⁈ 何?」


 問い掛けにマリアンヌだけが、反応を示す。他の三人は、天井裏で待機する影の気配を察知していた。

 マリアンヌは、応答がない為、視線を向けるが、手元にある紙を見ているので、クライシスと目も合わない。不可解な言動に、不思議そうな顔で、疑問符を浮かべたり、首を傾げているマリアンヌをよそに、クライシスは、机をトンと一回叩いた。

 叩く音の合図を確認して、イルマとエミリアが現れる。二人は、驚くマリアンヌに一礼した後、クライシスの傍で跪き敬礼する。矢継ぎ早に、用件を述べ始めた。


 「総帥閣下、少々お時間宜しいでしょうか。急ぎ、報告があります。」

 「うむ。わかった。良いぞ。」

 「はっ。単刀直入に申し上げます。アリアナがマリアンヌ様に機密文書を渡しています。内容はサディアブル一族の家系図と一族に関連する資料です。暗号化されていますので、解読は私かオーウェンにお任せ下さい。総帥閣下、報告が遅くなり、大変申し訳ございませんでした。」

 「ああ、そうか、分かった。では、もう下がって良い。」

 「「はっ。」」


 踵を返して、故意的にオーウェンの方に振り向くエミリアは、瞬時に無言で唇を動かす。解読に集中している間に、姿は消えていた。


 呆気に取られて、思わず笑ってしまうクライシスは、一日を振り返り、笑みを溢す。朝からマリアンヌの登場に、ライオネルの失踪、エミリアの衝撃発言連発と、怒涛の一日を過ごす。怒って、泣いて、驚いて、笑ってと、こんなに感情の移り変わりが激しい一日を、未だかつて経験した事がなかった。

 ロズウェル国を追放されて、この地で暮らし始めてから、一人で強く生きていく為に、感情を殺したクライシスは、自分や他人の心にも目を向けることなく、今までずっと無心で生きてきた。次第に、周囲から冷酷無比な男と恐れられ、向かう所敵なしとまで謳われた軍人時代を経て、今や百戦錬磨の軍隊を率いるオリビア連合国の総帥にまでのし上がる。ここまで来る道のりは、決して平坦ではなく、試練の連続であり、多くの仲間や大切な人を失う。苦労に苦労を重ねて、漸く掴んだ栄光は、一つも輝かしいと感じたことは無かった。むしろ、ずっと暗闇の中を彷徨い続けていた。

 たった一日足らずで、感情を取り戻したクライシスは、生きているということを実感すると共に、死ぬということも思い知らされていた。

 それでも、心の暗闇が晴れて、漸く生きている心地を感じる。なんとも言えない、ワクワクする気持ちを呼び覚まして、まるで少年時代に戻ったような、無邪気な笑顔を見せていた。


 「くっくっくっ、あはははは。今日は、驚かされてばかりだな。」

 「ふっ。なんだ、そんな風に、笑えるんだな。俺はお前の変わりように、驚かされてばかりだ。」

 ゾーゼフは戦友の笑顔に、胸が熱くなる。酒を飲みながら、感慨に浸っていた。

 「うーん?そんなに変わったか?まあ、良い。何だか久しぶりに楽しい一日だった。

 それより、これで正確な情報が揃ったかも知れんな。マリアンヌ、渡された文書はどこにあるんだ?」

 「……………」

 「うーん?おい!聞いてるのか?」

 「……………」

 「もう寝てるのか?酒の飲み過ぎだ。そこらでもう止めておけ。明日に響くからな。エド、グラスにもう注ぐなよ。オーウェン、確認してくれないか。」

 「おーい、マリアンヌ、思い出したのか?」

 クライシスに気づかれないように、囁き声で確認するが、応答がない。


 問い質されるマリアンヌは、終始無言であった。顔を顰めて、頭を押さえながら俯いている姿に、オーウェンは自然と溜息が漏れる。どこからどう見ても、忘れて覚えていないのは明確である。しかし、都合の良い事に、クライシスの視線は下を向いたままであった。必死に記憶を辿り、過去の出来事を思い起こしている所に、再び囁いて助言する。文書の在り方を忘れたなんて知れたら、ただでは済まない。一大事である。オーウェンは、内心焦り始めていた。


 「ライオネルの出生証明書が入った封筒に入れたのではないか?エミリアからの伝言だが、何か手掛かりになりそうか。」


 「あっ!」


 突然、大声を出して、ソファーから立ち上がると、そのまま何も言わずに、執務室から出て行った。


 「はぁ。そのうち戻って来るであろう。オーウェン、すまんな。」


 呆れて溜息を吐くクライシスは、頭をガシガシと掻いて、頬杖を付く。一瞬、オーウェンに柔和な眼差しを向けて、微笑んだ。


 (何だか、随分と雰囲気が変わったな。これもあの子らのお陰だろうな。人間味溢れる人に変わるとは。そして、まだまだ成長するとは、大した男だ。誰も敵うわけがない。)


 オーウェンは、親友の変貌に、胸が熱くなる。グラスの酒を一気に飲み干して、感慨に浸っていた。

 

 この中で一番酒に弱いエドワードはというと、ゾーゼフの肩にもたれ掛かり、安堵した表情で眠っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 「ゴードン、もう心配ないから、先に寝ろ。疲れただろう。」

 「いや、疲れてないよ。それよりほら、これ食べてみろ、美味いから。」


 ライオネルの部屋に居座るゴードンは、不安を募らせていた。隣にぴったりくっついて座り、背中を摩ってみたり、無理矢理、菓子を口に入れたり、紅茶を淹れたり、顔を覗き込んだりと忙しなく動いている。その気遣いが却って、有難迷惑に感じるライオネルは、早く一人になり心を落ち着かせたかった。


 そんな二人を、天井裏からこっそり覗き見するエミリアは、笑いを堪えるのに必死であった。


 (なにあれ、女の子みたい。 図体でかい癖に、いつもなぜか、女みたいに見えるのよね。もう放っておけば良いものを、明らかに嫌がっているじゃない。気づいてあげなさいよ。可哀想に。私が傍に居られたらなぁー。)


 自分が二人の間に入り、面白おかしく小競り合いしたくても出来ない。寂しさを募らせていた。見守るだけでは、心が満たされないのは当然である。しかし、こうして遠くからでも良いから、ライオネルを見守れることに、本当は感謝しなければいけない。気持ちを切り替えて、とある人物を待つ。漸く、ドアをノックする音が聞こえてきた。


 (遅かったわね。やはり、忘れていたのね。御父様に伝えておいて正解だったわ。)


 胸を撫で下ろすエミリアは、機密文書の在り方を、兄のライドから伝えられていた。ライドは、ライオネルから封筒を受け取った際に、違和感を感じて、透視した結果、機密文書が入っている事実に気づく。異次元の能力に驚愕したのを、ふと思い出して、ライドの脅威を再び感じていた。

 マリアンヌの手に、確実に渡るまで確認した後、この場から去る予定でいたエミリアは、部屋の様子を隈無く観察する。


 ドアのノック音に反応したゴードンは、訪問者の応対をする。


 「はい、どちら様ですか。」

 「マリアンヌよ。ライオネルは居るかしら?」

 「はい。今ドアを開けます。」

 ドアが開いた途端、急ぎ足で部屋に入り、ソファーに座るライオネルの目の前に立つ。直ぐに用件を伝えた。

 「夜分にごめんなさいね。急用で。ライオネル、私が渡した封筒を持って来たかしら?」

 「ああ、はい。これの事ですか?」

 丁度、テーブルの上に置いてあった封筒を手に持ち、マリアンヌに見せる。

 「ああ、そうそう、これこれ。ありがとう、大切に保管していたのね。それ、これから使うみたいだから、返して頂けるかしら。」

 封筒を受け取ろうと、両手を差し出すが、強く握りしめて渡そうとしない。二人の押し問答が始まった。

 「どうしたのよ。」

 「中に何が入っているんですか?」

 「ああ、そういうことね。教えていなかったものね。封筒の中には、貴方の出生証明書が入っているのよ。貴方が、クライシスと私の子であるという証明書。大切な書類なのよ。」

 「そうでしたか。これをどうするのですか?」

 「え⁈ あークライシスに渡すのよ。なに、どうしたのよ。何かあったの?ねぇ、ゴードン、何か知ってる?もう、困ったわね。」


 焦りに駆られるマリアンヌと疑問符を浮かべるゴードンは、ライオネルの不可解な行動から、感情を読み取れず、困惑する。

 一方でエミリアは、何となく抵抗する理由を察していた。そのまま静かに見守り続ける。


 「何でもありません。急いでいるんでしょう。はい、どうぞ。」


 抵抗の姿勢から一変、何事もなかったかのように、速やかに封筒を差し出される。マリアンヌは首を傾げながらも、封筒を受け取り、部屋から足早に去って行った。

 違和感を感じるゴードンは、無表情で冷たい目をしているライオネルが恐ろしくなり、現実逃避する。

 「俺も自分の部屋に戻って寝るな。おやすみ。」と部屋から去って行った。


 (そこは、話を聞いて、慰めてあげなさいよ。ほんと役立たずなんだから。)


 ゴードンに呆れて、溜息を吐く。不安や心配が消えない為、もう暫く見守ることにした。おそらく、兄はいつもこうして遠くから見守っているに違いないと思うエミリアは、今日は兄の代わりになろうとしていた。


 ソファーにゆっくりと腰を下ろすライオネルは、深い溜息を漏らしていた。

 冷めた紅茶を飲み、窓から見える外の景色を眺めていた。自然と本音が漏れ始める。


 「はぁー。………クライシス様の子かぁー。はぁー。なんでだろうな、このまま逃げたいなぁー。絶対、国王になんてなれないのに。どうしたら良いんだ。はぁー。……リア、君がいないとダメみたいだ。情けないよな。………やめだ、やめだ。よし、もう寝るとしよう。」


 布団を被り、無理矢理にでも眠ろうとするが、瞳からは、自然と涙が流れる。嗚咽交りに泣く声が聞こえて、エミリアは感情を抑えられず、身体が勝手に動いていた。そのまま部屋に降り立ち、布団の上からライオネルの体を、ほんの数回優しく摩る。そして、一瞬で元の場所へと戻る。

 ライオネルは、温かい、人の手のような感触に気づき、布団を避けて勢い良く起き上がる。部屋中を隈無く見るが、人の姿は見当たらない。


 「リア?リア?リア、どこにいる?返事してくれ……。」と思わず、エミリアを縋る声が出る。静まり返る部屋に、返答はない。


 「はぁー。気のせいか。こんなんで、本当に一人で生きていけるのか。」と自嘲して、項垂れながら重い足取りで、ベッドに戻り眠りについた。



 ライオネルの寝顔を見届けたエミリアは、官邸の屋根の上で声を殺して、一人泣いていた。



 いつもたくさん読んで頂き、ありがとうございます。

 



 大幅に修正しました。いつも読みにくい文書で、本当にすみません。まだまだ勉強不足です。

 

 次話には、ロズウェル国に戻り、デビュタントのシーンを書けたらなぁと思います。

 これからもよろしくお願い致します。

 

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