55.真相告白ーエミリア編⑤ー
「近衛騎士団第一部隊は、団長エレインの号令で、一斉にモネやライラ、アリアナ、シモンズに剣を向けて、襲い掛かります。捕縛するのではなく、この場で全員、始末する命令が下されていました。
当時から既に、ロズウェル国の政権は腐敗しており、事実上、王太后ミレーナが君主であった王政は、ミレーナが自由に絶対的権力を行使して、国を支配していました。故に、近衛騎士団は、ミレーナの命令に従い、異例の制裁を加えてきたのです。
三人は盾となり、ライラを護衛します。必死の攻防を繰り返す最中、皇帝ザシランが、帝国軍の精鋭部隊を引き連れて、突如現れます。三人は、瞬時に死を思い浮かべて、終わりを悟りました。しかし、驚いたことに、近衛騎士団に襲い掛かり、戦い始めたのです。ミレーナの傀儡と化していたザシランの反逆的な行動に、目を疑った三人は、何が起きているのか、状況を把握できませんでした。その後、帝国軍の援護もあり、間一髪のところで、命拾いをした三人は、ザシランの命令で、ライラを安全な場所へと移動する為、死に物狂いで馬を走らせて、敵を撒きます。けれど、さすがは近衛騎士団第一部隊です。そう易々と、見逃してはくれませんでした。
双方、互角の戦いとなり、一進一退の攻防を繰り返していました。けれどそれは、わざと戦いを長引かせて、敵が疲れ切ったところを狙う、帝国軍の作戦だったのです。本領を発揮していない帝国軍には、まだ余力が残されていました。近衛騎士団との戦いを先鋭部隊に任せたザシランは、自らの命と引き換えに、ミレーナをこの場で仕留めようとします。
モネも同じ考えでした。ここまで生きながらえたのも、結局はザシランのお陰でもありました。もう死んだも同然の命を、ザシランの為に捧げようと心に決めていました。二人は、ミレーナの乗る馬車へと向かい、襲撃します。
けれど、馬車に乗っていた人物は、なんとカミラとアイルでした。カミラは、ミレーナの姿に似せて変装していたのです。
意表を突かれたモネは、躊躇して短剣を握ったまま動きが止まります。一方でザシランは、過ちを繰り返す二人に、制裁を加えます。二人に長剣を向けて、始末しようと、剣を振り下ろした瞬間、咄嗟にモネが立ちはだかり、二人を護ります。モネは、二人を庇い、この世を去りました。亡骸を抱え、ライラを連れて宮殿へと去って行くザシランは、モネの意に添い、アイルとカミラを見逃します。
その後、ライラはザシランとモネの意志を継いで、ミレーナを暗殺する目的で、クレイアス様と結ばれます。側妃のポストは、カミラが逃亡して不在の期間、専属侍女のシーラが担っていた為、周囲に気づかれることもなく、難なくすり替わりに成功します。ライラは、側妃メレエナーラとして、ザシランの命令の下、任務を遂行していました。
しかし突然、ライラは不可解な行動をとり始めたのです。次第に、ザシランの命令にも従わなくなり、遂には、ミレーナの暗殺をやめてしまいます。
御母様は、王宮に頻繁に出入りして、探りを入れていました。確証を掴む前に、この世を去りましたが、あの日、傍にライラがいたという事は、事件の当日、明らかに二人の間で何かが起きていたとしか考えられません。
ここからは、余談となりますが、ロマイクスは、幼い頃からシーラに洗脳されていました。その所為で、悪事にも手を染めて、もう手の施しようがない、お粗末な人間に成長しています。
そして、ライオネル王太子殿下が、マリアンヌ様が亡くなった日に見た、スカイブルーの青い布地に赤い花の刺繍が施されたドレスは、紛れもなくカミラが着用していたドレスであると判明しました。もしかすると、あの日、カミラは王宮内にいたのかもしれません。
そしてつい先日、ライラが同じドレスを着用していた理由と、“青い花と悪魔の鳥”と記されたカードに込めた敵の真意や目的は、未だ調査中です。分かり次第、追って報せます。
実は、皆さんご存知の通り、ライオネル王太子殿下は、二度にわたり、命を狙われています。一度目は、マリアンヌ様が亡くなった翌日の夜に、ミレーナに寝込みを襲われて、首を絞められています。二度目は、十三歳の生誕式典後に、何者かの仕業により、レンモール湖に落とされています。どちらも未遂で終わりましたが、犯人は国王の後ろ盾により、刑を容易く逃れて、生き延びています。
私の推測ではありますが、カミラはサディアブル一族であり、ライラは前国王エスバーンの子供ではないと考えていました。そうなると敵は、年を重ねて弱体化はしていますが、厳重に警戒をしなければいけません。
アイルとカミラの生存を、ユニタスカ王国にて確認しています。カミラやアイルについても、現在調査していますので、追って報せます。
ふぅーーー。漸く、全てを伝えられました。話は以上となります。」
エミリアは、肩の荷が降りて、深い溜息を吐いた。珍しく意気消沈していたが、これからライオネルが口にする言葉を考えると、辛く悲しい気持ちが溢れて止まらなかった。
ゴードンは、親友の二人を観察しながら、胸を痛めていた。掛ける言葉も見つからず、ただただ、二人を見ながら、ライオネルが感情の赴くままに行動して、暴走しないように見張ることしか出来なかった。
三人の大人達は、ぽかんと口を開けたまま、放心状態であった。情報量の多さと知らない事実の多さに、思考が追いついていかない。不思議と、これで真相が全て明らかとなり、もう戦いが終わったような感覚に襲われていた。
ライオネルは、エミリアを失う恐怖とミレーナへの怒りで、感情が入り乱れ、制御できなくなっていた。また、突然、隠蔽していた事実を、意図も容易く見破られ、報告されたことに驚きと苛立ちも隠せなかった。
けれど、そんな感情もエミリアを見ていると、悲しみや悔しさで胸が張り裂けそうなほど、辛く苦しい気持ちへと変わる。悲痛な面持ちで、涙を必死に堪えながら、口を開いた。
「なぜ、リアは落とされた事を知っているんだ?あれは、自殺未遂に・・・いつから気づいていたんだ?」
「やはり、そうでしたか。助けた時にはもう、何となくですが、そうではないかと・・・。けれど、確信はありませんでしたので、試させて頂きました。ライオネル王太子殿下、大変申し訳ございません。」
エミリアは、頭を下げて謝罪するが、ライオネルは、呆然としていた。
沈黙の中、互いに見つめ合う二人。
気づけば敬称になり、よそよそしい言葉遣いや他人行儀な態度へと変わる。本来あるべき主従関係になる為であり、仕方のない事であると、頭では分かっているが、心は衝撃を受け止め切れない。
いつもと全くもって変わらない、冷静沈着なエミリアの意志の固い表情が、心を動揺させる。
ライオネルは遂に、思う存分、自分の感情をぶつけた。
「エミリア、君はミレーナ、それにサディアブル一族に狙われている。だからここに残り、任務から外れるように。わかったな。
…………私は、……俺は、君を愛しているんだ。だから絶対に、君を失いたくない。もう一生会えなくてもいい。君が生きてさえいてくれれば、それだけで良いんだ。どこかで君が生きているだけで、俺はこれからも、ずっと、ずっと、今まで通り、頑張って生きていけるから。だから、頼むから、俺より先に死なないでくれ。お願いだ。頼む、リア。」
深く頭を下げて、懇願する琥珀色の瞳からは、大粒の涙が流れていた。
ライオネルに、ゆっくりと近寄って行くエミリアは、跪き敬礼をする。
「はっ。ライオネル王太子殿下の命令に従い、任務から外れます。」と簡潔に述べた後、いつの間にか、目の前から消えていた。
「リア………… 」
消え入りそうな儚げな声は、愛してやまない女性には、もう届かない。
泣き崩れるライオネルを、すかさず、支えるゴードンは、大粒の涙を流していた。
二人は肩を寄せ合い、共に悲しみに暮れる。
ライオネルは、一瞬垣間見えたエミリアの表情が、頭から離れない。
初めて出会ったお茶会の日と同じ、花が綻ぶような満面の笑みで、青い瞳はキラキラと輝き、頬をほんのり赤く染めていたからである。
けれど、念願の笑顔は、もう二度と見られない。
二人で過ごした記憶が、走馬灯のように蘇る。
淡い恋の別れは、虚しさだけを残した。
いつも、たくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。
これからも、最後まで頑張って、執筆しますので、読んでいただけたら、とても嬉しいです。




