52.真相告白ーエミリア編②ー
笑いがおさまり、静まり返った部屋に、再びエミリアの透き通る綺麗な声が響き渡る。
「混乱の元になり兼ねますので、敬称は省略させて頂きます。」
端的に、そして淡々と事実のみを告げる表情は、怖いくらい無表情であった。
「モネとカミラ、そして娘のライラは、暗殺者の隠し部屋を転々として、潜伏生活を続けていました。キールッシュ帝国皇帝ザシランに、すべてお見通しであるとも知らずに。
暫く時が来るまで、獲物を泳がして、狡猾な計画に利用する機会を見計らっていました。
割合に早く、絶好の機会が訪れてしまいます。クレイアスが国王に、懐妊したマリアンヌが王妃に君臨、ライアンが、帝国に和平交渉を提案してきたのです。
マリアンヌのお腹の子は、クレイアスの子ではない、双子の片割れ、クライシスの子である事を知ったザシランは、カミラとライラを利用して、国王を手玉に取り、ロズウェル国の全土を奪取しようと企みます。
ミレーナの配下から、王宮内の情報は逐一報せが届いていた為、内情は殆ど把握していました。また、捨て駒のミレーナも、狙い通りに動いていた為、思いの外、計画は円滑に進んでいました。クレイアスとの間に子を授かれば、自ずと生まれた子は王位継承権が一番になると。これ幸いとばかりに、クレイアスはカミラに好意を寄せていました。最悪の場合を想定したとしても、ライラが、エスバーンの子である故に、女王に君臨させる秘策が残されていました。ザシランは、計画の成功を確信していました。
計画実行の日が訪れます。和平交渉成立の証として、メレエナーラが帝国側から差し出されます。ライラは、当時まだ幼子であり、当然ながら側妃が務まるわけがありません。メレエナーラと名乗り、国王の側妃となった人物は、紛れもなくカミラでした。クレイアスは……。」
突然、鋭い視線に射抜かれる。ライオネルが目で強烈に何かを訴えていた。そのまま話を中断させて、一瞬、目を合わせたエミリアは、瞬きをした後に、こくりと頷く。エミリアに向けて微笑んだ後、すぐに険しい表情へと変わるライオネルは、口を開いた途端、疑問を投げかけた。
「話の途中にすみません。各々の話を聞いてきて、どうも腑に落ちない事があります。
なぜ、母上は王妃になったのですか?懐妊しているにも関わらず、王太子妃でもなかった母上が、王宮で暮らし、結局は王妃になった。なぜ、母上は、愛していたクライシス総帥閣下と共に生きようとしなかったのですか?それを今、ここで聞いてはいけないのでしょうか?」
痛いところを突かれて、一瞬顔を顰めて、押し黙るクライシス、マリアンヌ、オーウェン。その答えには、幸せな二人に、突如襲い掛かった悲劇が隠されていた。エミリアは、三人の大人達を庇うように言葉を補い、疑問に答える。
エミリアもライオネルと同様に、この10年で膨大な資料を読み漁り、聞き込み調査をしてきた。それを元に、母親が最期に残した言葉の意味を、自分なりに解明してきたのである。もしかすると、この中で一番過去を知っているのかもしれない程に、多くの情報を握っていた。
「マリアンヌ様の妊娠が判明した時、既にクライシス様はロズウェル国を追い出されていました。ミレーナに隠していた事実がバレて、成り代わり行為が、全て白日の元に晒されます。国内では身の危険がある為に、やむを得ず、隣接する領土の民族に身を委ねるしか策はありませんでした。そこで、イルマ様やラナの故郷であるオルガナ族と古くから親交があったオズモンド子爵家が、王族である事は伏せて、族長にクライシス様を依頼しました。オズモンド子爵家は、マリアンヌ様のご実家であり、父親であるヘイルズ様は、自分の息子エドワード様に、護衛と称してクライシス様に同行するよう説得をして、家から追い出します。そして、妊娠中のマリアンヌ様は、エスバーン前国王にクレイアス王太子の妃として、王宮で守って欲しいと懇願しています。懐妊とお腹の子がクライシス様との子である事を、この時に初めて国王へと報告されています。ヘイルズ様は、マリアンヌ様をクライシス様と同じく、オルガナ族に匿ってもらおうとも考えたようですが、ミレーナの襲撃を考慮すると、逆に王宮内の方が安全であると思い至ったようです。それにオルガナ族との関係性を保つ為にも、クライシス様とエドワード様の二人しか託すことが出来なかったようです。まずは、愛する二人の我が子の安全を確保しました。その後、密かに動き出します。
案の定、ミレーナは黙って見過ごすわけはありませんでした。王宮内を牛耳ってきたミレーナにとって、自分よりも優秀で頭の切れるマリアンヌ様を王太子妃や王妃に絶対にしたくはありませんでした。本当はクレイアス様に似たような、傀儡になる人物を選ぶ予定でいました。従って、ミレーナの反発や抑止力が強く、妊娠していても尚、妃にはなれず、妃候補であり続けました。
父親のヘイルズ様は予期せぬ事態に備えて、周りを固めていきました。高位貴族達の中には、ミレーナに不服のある者も多くいて、すんなり手を貸してくれました。
エスバーン前国王の特別な計らいもあり、王宮内で暮らすマリアンヌは、グランド公爵家から影を三名も手配して、厳重に護衛していました。
しかし、誰よりも一番守っていたのは、クレイアス様でした。生まれて初めて、ミレーナと戦い、マリアンヌ様のことを身を挺して守り、王妃にさせる為に奮闘する姿は、今まで見たことがないような、勇ましく、凛々しい、男らしい姿でありました。徐々に心惹かれていったと、御母様は不思議そうに話していました。
そして漸く、マリアンヌ様が王妃となります。
しかし、式典の前日に悲劇が起きます。ミレーナの手下により、ヘイルズ様を含むマリアンヌ様の母親、祖父母が暗殺されてしまいます。
“呪われた王妃”に仕立て上げて、早々に廃妃させようと企む、ミレーナの仕業でした。けれど、ヘイルズ様には想定内の事でした。既に、オズモンド子爵家の爵位や領地は、王家に返上されており、財産の全ては、使用人を通してエドワード様に譲渡されていました。また、マリアンヌ様は、いつのまにかグランド公爵家の養女となっていたのです。
ミレーナに不服のある高位貴族達の後ろ盾や根回しが功を奏して、ミレーナの計画はあえなく失敗に終わります。
帝国皇帝ザシランは、玉座に座り高みの見物をしているように、報せを聞きながら嘲笑っていたようです。計画通りであったのでしょう。
イルマ様曰く、元々親交があったオルガナ族は、オズモンド子爵家に、大層世話になった借りがあったらしく、恩返しとしてクライシス様とエドワード様を大事に守ってきたようです。
ライルは、マリアンヌ様がオリビア連合国領土出身だと勘違いしていたようですが、歴としたロズウェル国民であり、いずれオズモンド子爵家の爵位や領地は、クレイアス現国王がエドワード様に戻そうと準備しているようです。ラリーシュシュ辺境伯の爵位を、大公に陞爵する式典と同時に出来ればと考えているようでした。
それまでに、全てに片をつけたいと話されておりました。」
大会議室内は、大人達の驚嘆の声がこだまする。
一方で、驚愕により絶句するライオネルとゴードンは、秘密裏に国王と接触していた事を想像させる言葉に、耳を疑わずにいられなかった。
10年前の事件からエミリアの身を案じて、王宮内の出入りを固く禁じていたライオネルは、オーウェンやライドに、口煩く命令をして、国王や王宮内の人間との接触を強制的に回避してきた。
長年、信じてきた想いが、一瞬で裏切りヘと変わる。最初は、無力でやるせない気持ちを感じていたが、徐々に憤りを感じるようになり、怒りが沸々と湧き上がっていた。
エミリアは、ライオネルの異変にすぐに気づくものの、それは全て想定内であった。
遅かれ早かれ、現実と向き合わなければいけない。どんなに父親や兄に命令しようとも、我々はクライシス総帥閣下の命令の下に任務を遂行していた。クレイアス国王との接触は、任務の一部であり、頻繁に王宮内を出入りしていた。察しが良いライオネルであれば、おおよそ見当はつくであろうと考え、さらりと伝えたが、予想通りの反応を示した。
怒りを露わにするライオネルを見ながら、先を急ぐエミリアには、まだ話の続きがあり、どうしても今日中に、伝えなければいけなかった。怒りが頂点に達すると、話などをしている状況では無くなってしまう。
口早に話し始めたエミリアは、近づく別れの時を強く感じて、ライオネルを見る度に、寂しさが募り、涙が込み上げてくる。大事な話の最中に、泣いてはいられない為、直視しないようにしていた。それを無視されていると捉えたライオネルは、鋭い視線を向ける。睨む顔は、明らかに怒りを露わにしていた。
初めて、二人の絆に大きな亀裂が生じる。
エミリアの故意的な行動を理解したゴードンは、あえて口を閉ざし、静かに二人を見守っていた。
いつもたくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。
最近、投稿するのが3日おきとかになり、大変申し訳ございません。
もっと早く投稿できるように頑張りますので、応援よろしくお願いします。