51.オーウェンとアリアナ
また長文になりました。
「ふぅー。」
緊張により、息つく間もなく一気に話したエミリアは、一呼吸置いて、肩の力を抜いた。
ゴードンに視線を送ると、柔和な表情で、優しく微笑み返してくれていた。少しホッとした気持ちになり、心が落ち着く。幾らか不安や緊張が和らいだのを感じていた。
これから話す内容は、信じがたい事実が多く、エミリア自身も未だに理解に苦しんでいた。
『一部の人間しか知り得ない情報だから、絶対に誰にも言わないのよ。わかったわね。』
何故、そんな重大な話を子供の私に伝えたのであろう。一部の人間に、目の前にいるクライシス、マリアンヌ、オーウェンも含まれていると、勝手に思い込んでいたエミリアは、母親との口約束をやぶることに、然程問題はないと高を括っていたが、後に後悔する事となる。
アリアナが告げた言葉の数々は、当時8歳であったエミリアには少々刺激的な話であった。けれど、それが却って、心に強い衝撃を与え、受けた衝撃の影響により、一語一句忘れることなく記憶していた。気を引き締めて、記憶に残る全ての言葉を紡ぐ。話を再開した。
ライオネルは、ゴードンとエミリアが見つめ合っていることに、今頃になって漸く気づく。互いに見つめ合う二人の表情が、まるで恋人同士のようであり、嫉妬心が募る。不満気な表情で、隣に座るゴードンに小声で問い質した。
「ゴードン、リアと何してた?」
「え⁉︎ あー、緊張しているみたいだからさ、少しでも安心させてあげようと思ってさ。」
「は⁉︎ 見つめ合って、安心するのか?」
「あーそうだよ。ライルにはわからないかもな。俺らは付き合いが長いからさ。」
「ふーん。」
「なんだ?嫉妬しているのか?見苦しいぞ。」
「うるさい、黙れ。」
「そんなに、怒るなよ。」
一層、不機嫌になるライオネルに「俺が悪かったから。」と頭を下げて、機嫌を取る姿を見て、エミリアが口出しをする。明らかに自分の所為で、何も悪くないゴードンが、嫉妬にあてられていた。自分に非があるのは確かであり、このまま放ってはおけない。
「一旦、話を中断させて頂きます。」と大人三人に頭を下げて、ライオネルとゴードンが座る席の真ん前に立った。ライオネルに鋭い視線を向けて、小声で叱咤する。
「ちょっと、ライル、やめて。ゴードンは何も悪くない。わかった、いいわね。」
「あ、あ、ごめん。リア……。」
久しぶりに、本気で怒られたライオネルは、たじろいだ後に、しょんぼりする。エミリアはライオネルに一切目もくれず、先程まで座っていたオーウェンの近くに座り、話を続けた。
「ふふふ。ふふふ。」
「くっくっくっ。」
口元を手で押さえて、笑いを堪えるクライシスとマリアンヌは、オーウェンに「こら、無礼だろ。やめろ。」と注意されても尚、込み上げてくる笑いを抑えられない。エミリアは、話を再び中断して、笑う二人を見た。
「ふぅー。いやぁーすまない。昔を思い出したら、笑いが止まらなくなってな。ははは。これはまた、もう似ているどころではないな。全く同じだ。若い頃の自分を見ているようで、面白すぎる。あははは。」と思い出し笑いをするクライシスに、マリアンヌも同感であり、もう既に二人とも笑いが堪えきれず、腹を抱えて笑い始めた。
「私とクライシス、そしてクレイアスはよく怒られていたわ。まさに今みたいに。オーウェンとアリアナの仲が良すぎて、クライシスが毎回嫉妬して、激怒されていたわよね。もう、昔に戻ったみたいだわ。ふふふ。ははは。」
「え?そうだったか?いや、覚えていないな。まぁ、あの当時は任務に追われる日々だったからな。気にしてる余裕すらもなかったな。」
「だろうな。アリアナは、オーウェンに対して案外、好意的だったと思うけどな。手作りのクッキーとかもらっていただろう。」
「「「あ!」」」
ライオネル、ゴードン、エミリアは『手作りのクッキー』に反応して、不意に声が出てしまう。何の変哲もない言葉ではあるが、オーウェンが絡むとなると事情が大きく変わってくる。三人共に思い当たる節があった。
「うーん?何だ?どうした?」
急に、三人揃って声を上げる状況に、自分が発した言葉を反芻しているクライシスは、怪訝そうな表情を見せた。
未だ何も思い出せていない父親を横目に、先頭を切ってエミリアが理由を述べる。
「御父様は、甘い物が嫌いです。おそらく、手作りのお菓子は、食べたことにして、他人にあげていたと思います。私が作ったお菓子もそうしているので。
御母様もお菓子を作ったりしていたのね。知らなかったわ。」と最後の言葉はボソッと呟く。
母親との思い出は、庭園の手入れ仕事しか思い当たらなかった。庭園の手入れは、ある意味、強制労働のようなものであり、毒草の見分け方や解毒作用のある植物の栽培などを事細かく教え込まれていただけであり、楽しい思い出とは言えない。(一緒にお菓子作りしたかったなぁ。御父様の所為だわ。もう、まだ思い出せないのかしら。はぁ。)オーウェンに冷ややかな眼差しを向けながら、呆れていた。
「あっ。………あー。」
「思い出したようだな。」
「えっ⁉︎ うーん。そうだな。でも、もう昔の話だ、どうでもいいだろう。大したことではない。エミリア、続きを話しなさい。私の事はもういいから。ほら、早くしなさい。」
「はぁ⁉︎ 御母様と絶対何かあったでしょ。言いたくないような事を仕出かしたのね。何も言わずに逃げるのは、卑怯よ!私だって、御母様と一緒にお菓子作りしたかったわ。御父様の所為なんだから。」
「うっ。」痛いところを突かれて、狼狽えるオーウェンは、エミリアに睨まれて渋々、事実を述べた。
「怒らないで聞いてくれよな。実はだ、お菓子は食べずに、こっそり捨てていた。」
「「「はぁ⁉︎」」」
威圧感のある低音の声が室内に響く。クライシス、マリアンヌ、エミリアが眉を吊り上げ険しい表情で、オーウェンを見ていた。
「言ったそばから、これだもんな。はぁ。そんな、過去をほじくり返して、どうしたいんだ。もう終わったことだ。きちんと謝罪はしているし、食べ物を粗末にした罰もきっちり受けたんだ。もうこの話は終わりだ。」
嫌そうに話すオーウェンは、溜息を漏らし、顔を歪めて不快感や面倒くさい気持ちを全面に押し出していた。
「おい!オーウェン!まだ話は終わっていない。お前が、過去を引きずり、苦しんでいるから、少しでも力になりたくてだな、アリアナの話をして、過去を清算させようとしていたのに。この有り様だ。いつから、こんな救いようもない奴になったんだ。元からそうなのか。もういい。もうやめだ。」
「は⁉︎ 誰が過去を引きずっているって?まさか!聞いていたのか! あ!やられた。はぁー。」
微かに感じる気配に、視線を向ける。イルマが、天井裏に隠れて見張っていたのを、漸く認識する。一瞬、顔を出してお辞儀をした後、姿を消した。オーウェンは溜息を吐いて、肩を落とす。
オーウェンも、他人には自分のことなど一切口にはしなかった。口にしたところで、存在すらしていないような人間には、誰も興味や関心はないと考え、心を閉ざし続けてきた。影で生きる自分は、表の華美な世界では弱者であり、無論、目立つような積極的な行動は控えなければいけない。
知られたくない二人に、心の内を晒してしまい、急に気恥ずかしくなったオーウェンは、俯いてしまう。ふと、アリアナの顔が脳裏に浮かぶ。
アリアナの豪快に笑う顔は、オーウェンの心の支えであった。
頬に自然と涙が伝う。
アリアナとの結婚は、諜報員の使命感でしかなかった。託された想いに応えるべく、彼女との結婚を承諾し、一生守り抜くと決意する。自ずと愛情は、他人とは違う。友情や家族愛であった。しかし、彼女から向けられていた愛情は、純粋に意中の男性を慕う、恋愛感情であった。頬を染めてオーウェンを見つめる瞳も、花が綻ぶような満面の笑みも、真剣に愛を伝える言葉も、全てがオーウェンに向けられていたものである。目を背けて、信じようとしなかったのは、見てくれが悪く、つまらない男と思い込むオーウェンのネガティブな潜在意識が影響していた。それを今更になって漸く気づくとは、愚かな男だと心の中で自嘲する。悪い癖が発動して、気持ちが沈むオーウェンに、エミリアが救いの手を差し伸べた。
「御母様は、最期の日、御父様との思い出を、幸せそうな顔で話してくれました。一緒に舞台を観劇して、手を繋ぎながら王都の商店街で、食べ歩きをしたり、ネックレスもプレゼントしてくれたと微笑みながら話していました。ネックレスはこれですよね。」と徐に首に下げてるネックレスを取り出して見せた。
「御父様の瞳の色と同じ色の石が付いたネックレスを、丁度見つけて立ち止まっていた所を、首にかけて、そのままプレゼントしてもらったと嬉しそうに話してました。肌身離さず持ち歩いていたネックレスに、そんな素敵な思い出があるとは、最初は驚きましたが、どうせ御父様のことだから、そんなつもりは更々なかったんでしょうけどね。御母様は、これを機に両想いだと確信して、告白したと言っていましたが、御父様は明らかに違ったのではないですか。でも、それも気づいていたみたいですよ。暫く片想いだったと話していましたから。もっと自分に自信持って下さい。再婚だってしても良いんですから。侍女長のモニカを筆頭に、長年仕える侍女達なんて、ずっと絶賛片想い中なんですよ。みんな婚期を逃してどうするつもりなのかしらって心配になるくらい。当の本人は、全くもって気づいていないから厄介なのよ。生前、御母様の嫉妬が凄かったのすらも気づいていないでしょう。ほんと馬鹿ね。」
「え⁉︎」と口をあんぐり開けて、驚くオーウェンを見ながら、他の面々は笑いを堪えることなく、大爆笑していた。
しかし、皆の笑い声がこだまする大会議室は、アリアナの壮絶な過去の話を再開して、またどんよりとした重苦しい空気に包まれていった。
投稿が遅くなり、大変申し訳ございません。本当は、続きを書こうとしたのですが、書いているうちに、脱線してしまいました。
次話は必ず真相告白の続きになりますので、期待外れになってしまい、すみませんでした。
いつもたくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。




