48.真相告白ークライシス編ー
「はぁーーー。」
オーウェンの深い溜息が聞こえる。顔から疲れが滲み出ていた。
「すまない、オーウェン。代わるから、少し休め。」
クライシスは、オーウェンに労いの言葉をかけた後、過去を振り返り、じわじわと怒りをあらわにする。低く太い威圧感のある声を、室内に響き渡らせた。
冷酷無比な総帥閣下のオーラに圧倒され、恐怖に固まる三人。けれど、怒りのオーラを漂わせながら、ざっくばらんに話しを進めた。三人の緊張感は、次第に消えていった。
「私の知っている事は、それほど多くない。早くに、この地に移り住んだからな、ロズウェル国の内情を知る余裕すらもなくてだな。まぁ、知りたいとも思わないが。あんな腐った国はどうでもよかった。当時はな、今は違うが。
ガバニエル公爵家で過ごした日々は、今思えば、一番幸せだったかもしれない。まさか自分が王族の血を引いているとは思いもよらなかったがな。でも、気にせず我が子のように厳しく育ててくれた事には、本当に感謝している。
問題は、血を濃く受け継いだ事だ。成長と共に見た目だけでなく、能力さえも国王に似てきた私を隠し続けるのは、苦難を強いられた。オーウェンの父上だから難なく隠せていただろうけどな、至難の業であったはずだ。
一方で、クレイアスは出来が悪くてな。こっちはこっちで、王太子教育に苦労を強いられていた。器の小さい、やる気もない、体たらくな人間だからな、仕方あるまい。
ただ、逃げ足だけは早くてな。困り果てるデニス様を見ていられなかった。
当時は、長引く戦争で国内の情勢も悪く、そこに拍車をかけるミレーナの悪行が、デニス様を含む大臣達の心身を蝕んでいった。
情緒不安定な王妃の狂乱にあてられた者達は、本当に悲惨であった。悍ましくて、言葉に言い表せない。……やめとこう、思い出しただけでも気分が悪くなるからな。
私はな、デニス様の心労を身兼ねて、クレイアスの代わりに王宮で教育を受けていたんだ。君たちが通う学園にも、偽物として通い、授業や試験を受けていた。そうでもしないとミレーナが癇癪を起こすからな。学園では首位を独占し続けて、大層ご満悦であった。
双子だから、まぁ、バレることもなく、至って順調だった。
だが、国王が暗殺されてから、状況は一変した。膠着状態の戦争を終わらせる為に、クレイアスは国王就任を余儀なくされた。そして、急ぎ王妃を選定する為に、王宮内は喪に服す余裕もないくらい、騒然となっていた。
民から慕われていないエスバーンの死を悲しむ者は、哀れなことに、殆どいなかった。暗殺した犯人を捕まえる事もなく、死亡原因を追究する事さえもしなかった。ミレーナが毒を盛り、殺したというのに。無惨な最期だったよ。
エスバーンを知る者だけが密かに集まり、国王の死を弔った。そこには自ずと、クレイアスの姿はなかった。国王を嫌っていたからな。
クレイアスは、物心ついた時から、ミレーナの傀儡になるしか生きる術はなかった。救いの手を差し伸べてもくれない父親を、恨むのはわからなくもない。母親でもない悪魔のような女に取り憑かれて、いつも恐怖に怯えていた。だから命令には、誰よりも従順で、本当に気の毒でしかなかった。生まれた時からあんな女の傍で、ビクビクと怯えながら生活していたんだ。選ばれたのが、クレイアスではなく、私だったらと思うとゾッとする。
だから、少しでも力になりたかったんだ。唯一の兄弟だからな。双子というのもあるのか、一心同体に感じてだな。互いに違う所も多いんだが、なぜか不思議なことに、意気投合しているんだよな。
クレイアスが国王に就任したと同時に、急いで王妃を決めなければならないとかで、頻繁に茶会や舞踏会などが開かれた。以前から公務や社交の場さえも、度々逃げ出すクレイアスの代わりを担っていたが、さすがに生涯を共にする相手を選ぶ場だ。そこは本人でないと、いくら何でも令嬢達に失礼にあたるだろ。
妃候補が数十名ほど名を連ねていたんだが、内気で奥手なクレイアスには、候補者全員と会話を交わす事すらもままならなくてな。最初から無理な事だったんだ。そして、中々決まらないだけではなく、挙げ句の果てには、辞退する高位貴族の令嬢も出てきてだな。さすがにそれは王族として由々しき事態な為、結局は殆ど身代わりとなって出席していたんだ。そうだったよな、マリアンヌ。……大丈夫か?眠いのか?」
頬杖をつきながら、目を閉じているマリアンヌは、明らかに眠っている様子であった。クライシスは、体を優しく揺すり、気遣う声を耳元に囁いている。不意に頬杖している手が外れて、目を覚ました。
「ふぁ~。あら、いつの間にか眠っていたのね。ごめんなさい。どうもこの時間は眠くなるのよね。今日は、朝も早くに起きたからかしら、眠いわ。先に休ませていただくわ。ごめんなさいね。ふぁ~。」
昼下がりの午後、窓から暖かな陽の光が差し込み、ふわりと朗らかな春の風が心地良く吹いてた。穏やかな春の陽気が、眠りを誘うような日であった。
口元を手で覆いながらあくびをして、いかにも眠たそうな目でクライシスを見ていた。
「わかった。一人で歩けるか?ふらつかないか?」
「ええ、一人でも行けるわ。ありがとう、クライシス。」
マリアンヌを支えながら、椅子を引いて立たせる。扉の前まで、ゆっくり歩いているが、足元がおぼつかず、ふらふらしている様子を不安げな表情で見つめていた。
「すまない、部屋まで連れて行くから、一旦、休憩だ。オーウェン、すぐ戻る。」
さらりと、マリアンヌを抱きかかえて、お姫様抱っこをする。一瞬、オーウェンに鋭い視線を向けた後、鍛え抜いた体躯で容易く扉を開けて、大会議室から去って行った。
スマートな振る舞いに、エミリアが反応を示す。
「さすが、総帥閣下。人気が高いのも頷けるわ。意図的ではなく、あれが素だから驚きだわ。お若い時は、おモテになったでしょうね。」
「だろうな。母上はとても大事にされているようで、なんだか申し訳なく感じる。」
「あの様子だと、完全に尻に敷かれているな。でも、まんざらでもないように見えたけどな。お互い、幸せそうだから、まぁ、良かったんじゃないか。」
ライオネル、ゴードン、エミリアの三人はクライシスとマリアンヌの話をしながら盛り上がっていた。
(自分達の馴れ初めは、私に言えと。まぁ、そうでしょうね。うまいこと逃げられた。)
オーウェンは、最初から察しはついていた。二人の計算された行動に感心する。
「ゴホン。ええと、戻って来るまでの間、私から続きを話すから。いいかな。今度の話は、クライシスとマリアンヌの馴れ初めだ。」
「ああ、なるほどね。」
「だから、わざと。ふーん。そうか。」
「自分の口からは、流石に言えないよな。俺なら無理だな。」
三人は、納得の表情を見せた。
一方で疲れ顔のオーウェンは、少しだけ楽しそうな表情を見せていた。気が滅入るような暗い話ばかりで疲れていたが、馴れ初め話となると少し気が晴れて、心も軽やかになる。当の本人達がいないのを良い事に、ちょっとしたイタズラを企んでいた。絶好の機会を逃さない為に、考えを巡らせて言葉を紡ぐ。
まさか、オーウェンの会話が全て筒抜けであるとは、誰も気づいていない。もう既に手遅れであった。
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