44.作戦会議中断
「それで、どうするんだ?話を続けてもいいのか?」
「母上に直接聞くことに致しました。今、グランド公爵閣下に伝えてから、こちらに参りますので、もう少しお待ち頂けませんでしょうか。」
マリアンヌを受容した言葉に不安が一気に払拭される。嫌でもこれから共に協力して、作戦を成功させなければいけない。二人共、勝敗の鍵を握る重要人物であった。ライオネルの寛大な心に感謝する。
「わかった。ライオネル、もう大丈夫なのか?……諦めたてくれたのか?」
「ええ、はい。お気遣いありがとうございます。」
「そうか。こちらこそありがとう。」
「いえいえ、こちらこそ、母上を助けて頂き、本当にありがとうございます。」
両者一歩も譲らない姿勢に「まただ。」とゾーゼフは呟いた。
「いやそんなのは、良いんだ。初恋の女性だからな。」
突然、思いもよらぬ言葉を言い放った。クライシスは平然としているが、驚きのあまり開いた口が塞がらない。一方でゴードンは、事実を未だ受け入れられず、項垂れて悲しみに浸っていた。
「……え⁈ そうなんですか?」
「ああ、そうだよ。みんな初恋は経験した事があるだろう。なあ、ゾーゼフ!そうだろう?」
いきなり話を振られて、動揺を隠せない。背中に冷や汗が流れて、不安や焦りが募る。初恋話を人前で晒すのは、気恥ずかしくて絶対に伏せておきたかった。常軌を逸する行動を、阻止しようと考える。瞬時に思考を巡らせて話題を逸らす。
「え⁈ は⁈ 何を言っているんだ、クライシス。お前、よく子供の前でそんな事が言えるな。恥ずかしくないのか。それより時間がないだろ、作戦決行の日程だけでも決めないか。」
「そうかぁ〜。良い事だと思うけどな。いやいや、すっかり忘れていたよ。お前の初恋は、アリアナだったよな。娘が似ているから驚いただろ。私も驚いたよ。若い時のアリアナにそっくりだよな。初恋が蘇ったか?」
その後、畳み掛けるように暴露話を始めた。「やめろ!クライシス‼︎」と何度も話を止めようとするも耳に届かない。見る見るうちに、顔が赤くなる。
終いに「もう黙れ‼︎」と睨んで怒鳴り声を上げ、胸ぐらを掴んで口を手で塞いだ。珍しく冷静さを失っていた。
エドワードが、二人を引き離して、椅子に座らせるものの、怒りはおさまるどころか更に加熱する。口喧嘩が勃発した。
廊下にまで響き渡る怒声と呆れ顔のエドワードを見たエミリアは、口喧嘩に割って入る。
「どうされました?」
「うわああああああ。」
目の前に初恋の女性の顔があり、驚愕して椅子から転げ落ちそうになる。咄嗟に手首を掴んで、椅子ごと後ろに倒れそうになった体を引っ張り起こす。
(あ、まずい。やり過ぎたかしら。)
ゾーゼフの初恋相手がアリアナであるのは知っていた。そして、アリアナの初恋相手もゾーゼフであった。母親から聞いた恋話に、心がときめいて、一度会って見たかった。間近で見たゾーゼフは、母親が恋情を抱くのもわかる気がした。父親はどちらかと言うと頭脳派であるが、ゾーゼフは肉体派である。アリアナは逞しい男性が好みであった。
「ごめんなさい。そんなに似てますか?」
更に顔を赤くして、口元を手で覆い、俯いてしまう。
ライオネルは、無意識にエミリアの腕を掴んで引っ張り、ゾーゼフの視界から離す。
エミリアは、母親が伝えれなかった想いを伝えようと決めていたが、嫉妬で歪んだ顔が胸を締めつけた。しぶしぶ、諦めた。
「ごめん。ごめん。そんな怖い顔しないで。なんか着替えてから来るそうよ。」とライオネルを見つめながら囁いた。囁き声は聞かれたくない人に届いてしまう。
「はぁ⁉︎ 時間がないんだぞ‼︎」と苛立ちを抑えられず怒鳴り声を上げて、舌打ちをする。
「申し訳ございません、クライシス総帥閣下。もう手に負えませんでした。私の不手際です。お許し下さい。」
即座に、クライシスに敬礼をして、跪く。顔から血の気が引いて、青褪めていった。
「いいんだ。気にするな。座って待っていろ。連れて来るから。」
「申し訳ございません。」
クライシスとゾーゼフは部屋から消えた。
「地獄耳ですから、気をつけて下さいね。」
「エドワード様、申し訳ございませんでした。クライシス閣下にお会いするのが、まだ二回目で、やはりとても緊張します。しかし、クライシス閣下の名に恥じぬよう、部下として日々精進致します。」
口を真一文字に結び、真剣な眼差しでエドワードを見ながら、決意表明する。エドワードは、笑いを堪えるのに必死になっていた。
「くっくっ。はあ。もう十分御立派ですよ。これ以上にお強くなられると、皆が困りますから。ほどほどで宜しいですから。あははは、オーウェンの言う通り、ほんとにアリアナに似てますね。」
「そんなに似ているかしら。私、御母様みたいに、まるで男のような女ではないのに。」
エドワードが腹を抱えて笑い始める。「ぷっ」と吹き出す声が聞こえた。ライオネルも声を押し殺して笑っていた。
「なによ、もうそんなに笑って。」
笑い転げる二人を見て、呆れて反論する気も失せていた。
冷めた紅茶を淹れ直す為に、手際良く動き始めたエミリアは、時より視界に入るゴードンの姿に溜息を漏らす。項垂れて悲壮感を漂わせているゴードンに喝を入れた。
突然、背中を強く叩いて大声を上げる。
背中を叩く音と大声に、肩をビクッとさせて驚くエドワードとライオネルは、続けて放たれた言葉に更に驚いて目を丸くする。
「しっかりしろ‼︎ ローラさんの敵は、この私が絶対に取るから!みてなさい、あのクソ野郎ども‼︎」
「くっくっくっ。あははは。口悪すぎ。元王妃にもクソババアって言ってたよね。良いのか。後で恨まれても助けないからな。それにしてもあの強敵に良く言えたよな。感服したよ。流石、エミリアだな。まるで男のような女だもんな。あはははは。」
晴れやかな笑顔を見せるゴードンに、ライオネルとエミリアは安堵の表情を見せた。
「はぁ⁉︎ 道理で、おかしいと思ったのよ。私は、こんなにもお淑やかな女性だと言うのに、酷くないかしら。悲しいわ。」
「どの口が言っているんだか。」
「なに?聞こえない。もっとはっきり言ってもらわないと。」
「何も言ってないけど。」
「あら、そう。」
いつもの愉快な口喧嘩が始まり、ライオネルは、二人の仲の良さに嫉妬していた。
「母上は、父上の初恋とか言ってたから、クソババアはまずいかもな。」
「え⁈ 」
エミリアは、頭が真っ白になり、思考が停止する。
「……え?そうなの。えーどうしよう?えーどうしよう。」
狼狽える姿をゴードンは腹を抱えて笑っていた。その一方で、ライオネルはどこか様子が変である。たとえようのない難しい表情を見せて、不思議な距離感とぎこちない不自然な笑いに違和感を覚える。察しが良すぎるライオネルに気づかれぬように、いつも通りの姿を装い、注意深く観察する。
扉が開いた。一斉に各々の席に座る。
「皆、揃ったな。では、時間がない。始めるとしよう。」
10年前に起きた事件の真相が明らかになろうとしていた。
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