43.作戦会議
遅くなりました。
クライシスは穏やかな口調で計画を説明する。
「今から10年前に王宮内で起きた毒殺事件の首謀者は、知っての通り王太后ミレーナだ。記録上、暗殺された事になっているが、実は今も健在だ。潜伏場所は、王都のヴェルシア公爵家。宰相のザィードと妻のケイト、娘のセレンが匿っている。
そこで我々の作戦は、首謀者を誘き出して捕縛又は暗殺するのと同時に、共犯者も一斉に捕縛する事だ。中々、困難を極める戦いになりそうでな。一番厄介なのは、共犯者が重罪を犯している事だ。また予想以上に重罪を犯した者が多い。この10年で概ね共謀、共犯の罪人を洗い出したが、まだ怪しい人間もいてな。でもこれからを考えると、罪人には正当な処罰を与えなければならない。このままでは、国内の情勢は一向に良くならないからな。まずは、リストアップした者だけでも捕まえるつもりだ。
あと、重大な問題が起きてしまった。凶悪な共犯者の一人であるザィードが、キールッシュ帝国に亡命を図ろうと企んでいる。そこでだ、今すぐにでも作戦を決行して逃亡を阻止しようと考えている。今の所は、クレイアスが何とか阻止しているとは思うが、時間の問題だ。決行日は明日か明後日にしたいが、どうであろう?」
二人は、呆気に取られていた。ぶつぶつと独り言のように、話の内容を復唱するライオネル。
「あのー、本当に生きているんですか?どうしてですか。それなら母上はなぜ……うっううう。」
ゴードンは、徐々に憎しみが溢れて、涙を流す。頭を抱えて、俯いていた。
クライシスは立ち上がり、隣に座る。背中を優しく摩りながら、母ローラの死因を語った。刺激の強い言葉を避けながら、選んだ言葉を紡いで優しい声色で話す。
「君の母親は、殺されたあげく、無実の罪まで着せられたんだ。残忍な手口だ。王妃マリアンヌとアリアナ、友人二人の暗殺を阻止しようと、自ら盾となり果敢に立ち向かった。……毒が塗られた短剣で急所を刺されたんだ。結局、アリアナも毒が盛られて亡くなり、マリアンヌにも毒が盛られた。ローラとアリアナは、側妃メレエナーラの自室で寄り添うように、この世を去ったと聞いている。アリアナは、自分の命と引き換えにミレーナを暗殺したと言うのに、ザィードが助けてしまった。メレエナーラは、」
話の途中に突然、強い視線を感じる。ライオネルから射抜くような鋭い視線を向けられていた。怒りを露わにした状況に、クライシスの声が消える。
(この子達は、何も知らないのか。そうだったのか。さぞかし、ずっと苦しんできたんだろうな。全て伝えても良いものか……うーん。)
思案顔になり、深く考え込む。正解のない人生を歩み続けてきたクライシスは、自分だけを信じて、ここまで前進してきた。
目の前で苦しむ二人の若者にも、真実を知った上で、これからの戦いに挑んで欲しいと望んでいた。自分が知り得る事の全てを伝えようと決心する。
10年前の事件当時、まだ八歳であったライオネルとゴードンは、何も知らされていなかった。ゴードンに至っては、辛すぎる宣告であった。突然、流行病に罹り、その日のうちに亡くなったと知らされていた。母親の亡骸にさえも、病気により会うことが出来ず、お墓に兄弟三人で泣き縋っていたのを、儀式に参列したライオネルは今でも鮮明に覚えていた。
当時、ゴードンの父親イザルクは宰相を務めており、ライオネルは自ずと関わる事も多かった。しかし、夫人が王宮内に流行病を持ち込んで、王太后ミレーナ、王妃マリアンヌ、グランド公爵夫人アリアナ、側妃メレエナーラの専属侍女の四人が流行病が原因で亡くなり、夫のイザルクは酷く咎められる。そして、国王から処罰が与えられた。あの日を境に、爵位は公爵から伯爵に降格して、宰相の役職は強制的に辞職となる。
「ゴードン………。」
涙を流し、項垂れるゴードンに、かける言葉が見つからない。
「父上、誰に何を聞いても、全く教えてくれませんでした。子供だからという理由は、理不尽です。それから必死で調べて、流行病ではなく、毒が原因とわかりましたが、死亡診断書が何者かによって改竄されているようで、確信ができなくて……。
知るのは正直怖いですが………知りたい……。もし父上が知っているなら、なぜあのような事が起きたのか知りたいです!お願いします‼︎」
椅子から立ち上がり、クライシスの前で、深く頭を下げる。真剣に見つめる眼差しには、一点の曇りもない。クライシスの心に強く訴えかけていた。
「続きを話してもよろしいかな。覚悟は出来ているか。」
項垂れながらも、頭を縦に振るゴードン。再び、穏やかに話し始めた。
「メレエナーラは、亡くなった二人を見下ろしていたそうだ。そして傍には専属侍女のシーラが、血に染まった短剣を両手に持ったまま、呆然と立ち尽くしていたそうだ。メレエナーラはローラやアリアナの毒殺に関与しているのかは、未だに謎でな。怪しい人物だから気をつけた方が良い。侍女のシーラは、ライオネルは知っているとは思うが、帝国人で、ミレーナの支配下で動いていた人物だ。実はだな、シーラも生存しているんだ。詳しい事はわからないが、マリアンヌの話によるとだな…」
「そこからは、私が話すわ。」
突然、話に割って入る女性。マリアンヌが尋問を終えて、大会議室の扉を許可なく勝手に開けた。更には声まで発したのである。
マリアンヌの背後から凍える冷気が流れてくる。怒りを露わにするエミリアが見えた。
「あら、ごめんなさい。」
「はぁ⁉︎ 謝れば良いって問題ではないのよ!このクソババア‼︎ 何度言ったらわかるんだ!」
「あら、可愛いお顔が台無しよ。」
「本当に馬鹿だ。」
「キャッ!」
「大変失礼致しました。」
再び、お姫様抱っこをして去って行ったが、ライオネルが追いかける。
「待って!リア!」
エミリアは、振り返らずに返答する。マリアンヌを見たくないライオネルに気遣っているようであった。
「なに、どうしたの?」
「もう、覚悟は決めたからさ。直接、母上に話を聞くよ。だから戻って来てくれないか。それでさ、リアも隣で一緒に話を聞いて欲しい。いいかな。」
振り返り、ライオネルを一瞥する。複雑な表情が、未だ大きく揺らぐ心を表しているように感じて、彼の傍に寄り添いたい衝動に駆られる。そんなエミリアの表情を覗き込むマリアンヌが、呟くように一足先に口を開いた。
「あらら、やっぱり相思相愛じゃないの。オーウェンは嘘ばっかりね。お似合いなのにね。もがっ。」
「しっ。静かに。」と口を塞いで、鋭く睨む。マリアンヌは強い目力に負ける。
「どうかした?」
「いや、何でもない。わかったわ。御父様に声をかけてから行くわ。会議室で待ってて。」
「わかった。待っているから。」
お姫様抱っこしたまま、スタスタと歩いて行った。後ろ姿を見ながら、なんとなくモヤモヤが消えない。
「何を話してたんだ?」と疑問符を浮かべていた。
「どうした?」
「あ、ゾーゼフ様。すみません、今すぐ戻ります。」
ライオネルは大会議室に戻ろうとするが、ゾーゼフは一点を見つめている。
「あの青い瞳の女性は、アリアナの娘であってるかな。」
「はい。そうです。どうかしました?」
「いや、あまりにも似てるから驚いただけ。気にしないでくれ。」
「はぁ。そうですか。」
(うーん。気になるな。)
会議室に戻ってからも不思議そうにゾーゼフを見るライオネル。そんなライオネルを見ていたクライシスとエドワードは、異変に漸く気づいた。
クライシスは、ライオネルに状況を確認してから、ゾーゼフを揶揄うことにした。
エドワードは、口を閉ざして素知らぬ振りをしていた。余計な事を思わず口走って、痛い目に合いたくなかった。
昨日は、もう一話投稿するとか書いておきながら、出来ませんでした。そして、今日も日付変わるギリギリになってしまい、大変申し訳ございません。
読んで頂けたら、本当に嬉しいです。応援よろしくお願いします。