33.ライオネルの父親
「あははは、すまない。驚かせてしまって。」とライオネルは満面の笑みを浮かべた。
「ライル………やはり、そうか……ふっ。」と呟き、鼻で笑う。
ゴードンは恐怖に怯えながらも、男性の姿が目に焼き付いていた。クレイアス国王と見分けがつかない顔や声。大概は似ていたが、ただ瞳の色だけは違う。濁った琥珀色ではない。鋭い視線の先にある透明感が強い琥珀色。すなわちライオネルと同じ瞳である。それは、必然的にクライシス総帥が父親である事を意味していた。
物心ついた頃から瞳の色を思い悩むライオネル。当然為す術はなく、それでも一緒に悩み、寄り添ってきたゴードン。
今この瞬間、いとも簡単に長年の悩みが払拭される。漠然とした虚しさに苛まれ、不毛な人生が馬鹿馬鹿しくなり、自嘲した。
(今更、本当の父親が・・・ふざけるな!ライルは……ライルをこれ以上、傷つけるな。)
ライオネルの満面の作り笑いが、心に突き刺さり痛く、そして湧き上がる悲しみに胸が締めつけられる。
いつも大人の事情に巻き込まれて、それでも信じて生きていた。それはおそらく今も変わらない。
否定されても尚、未だライオネルの心の中には、何があろうともクレイアス国王が父親である事を知っていた。
けれどそれは、一方通行の想いである。永遠不変なものになって欲しくないとゴードンは思っていた。
(やけに建物を見て興奮していたのも 妙に落ち着き始めたのも……何もかも最初からこうなる事を分かっていたんだな。どうして……いつも、一人で抱え込むんだ。)
振り返れば、ライオネルはいつも通りではなかった。気丈に振る舞い、取り繕うことでしか平静を保てていない。
心情は、誰にもわからない。けれど、共に生きてきたゴードンにはわかる。
もうここまで事が進むと、どうする事も出来ない。後はなるようにしかならないと、諦めた。
エドワードと軍服姿の男性が怪しげな動きをしている。
「長官、閣下をお呼び致しましょうか?」
「ああ、そうしてくれるか。」
「はっ。」
軍服姿の男性は、エドワードに耳打ちをして、大会議室から退室した。
エドワードが、悲痛な面持ちでライオネルを見つめる。
「ライオネル、何故その事をご存知で。誰から聞いたのですか?」と恐る恐る尋ねてきた。
「人伝に聞きまして、噂ですから確証はありませんでした。しかし、私と同じ瞳で。やはりそうかと……。まぁ、予想通りです。」と諦めた笑い顔から瞬く間に感情は消えて、目線は誰とも合わない。
(どうして嘘を……。どうしたら……。もう全部吐き出した方が、いいのか?いや、それは……ライルを苦しめるだけで。でもこのまま、また閉じ込めるのは……。)
ゴードンは思い悩み、椅子に座ったまま身動きがとれない。
(手遅れか……。もっと早く救い出していれば、こんな事にはならないで済んだはずだ。姉上、貴方は母親であるのに何もわかっていない。)
エドワードは、姉の言葉を信じた己が情けなく、悔やむ。かける言葉が見つからずライオネルに視線を向けながら、その場に立ち尽くしていた。
突然、大きな足音と共に扉がバンと勢い良く開く。呆然と立ち尽くすライオネルを見て、クライシスが声を上げる。
「どうした!何があった!」
すぐに駆け寄り、ライオネルを抱きしめた。一瞬の出来事に、誰も止められない。
大きな掌で頭を優しく撫でる男性。温かく包み込む大きな硬い身体。記憶にある父親とは違う。クレイアス国王の温もりを思い出していた。10年前に突然、父親は自分を捨てた、でも自分は父親を捨てられない。思い出は、悲しいくらい色鮮やかで、過去と決別は出来ない。全て終われば、必ずまたあの穏やかな日が戻って来る、何か理由があるだけだと……。
「うっ・・・うっぅぅぅ。」と込み上げてくる感情を抑えれず、クライシスの胸で泣いていた。
クライシスは、ただ強く抱きしめた。やり場のない思いに、涙が頬を伝う。
その場に居合わせたクライシスの部下は、初めて見る総帥の姿に胸が締めつけられ、涙を浮かべる者もいた。
ゴードンは「ライル、良かったな。」と呟き、想いを吐き出せた事に安堵する。
ライオネルを抱きしめながら、クライシスがゆっくりと口を開く。
「クレイアスは優しかっただろう。……兄上は悪くないんだ。全ては彼奴が仕組んだ罠だ。こんな風に抱きしめてくれただろう。可愛がっていたからな。」と複雑な表情を覗かせる。
ライオネルは、クライシスの想いに応えられない。紛れもなく、クライシスは我が子を愛する親の顔をしていた。しかし、不意に見せた寂しげな笑顔が諦めを悟った瞬間であるとわかってしまった。
ライオネルは、何故かその顔が頭から離れない。次第に、胸が苦しくなり痛みを感じた。
徐々に心が傾き始めていた。
(ライオネル、大きくなったな。やっとこうして会えた、会えたんだ………やはり遅すぎたか。いや会えただけでも良いと思うしかない。父親にはなれるはずがない。そうだ。当たり前だ。これからは、存分に力を発揮出来るからな。任せとけ。)
クライシスは、己の感情や気持ちを一切口にしない。実の父親と告げず、ライオネルの気持ちに寄り添うことにした。
「落ち着いてきたようだな。では、本題を進めるとしよう。エド、オーウェンを呼んで来い。王太子殿下、そちらに座って下さい。」と抱きしめる腕を離して、一瞬微笑み自分の席へと歩き出した。
ライオネルは、椅子には座らず大きな背中を見つめていた。名前で呼ばれない事に胸がうずく。寂しさを漂わせる後ろ姿に自然と声が出ていた。
「父上」と思いの外、大きな声が出る。
クライシスの足が、声に反応して止まる。一呼吸置いてから振り返り、ライオネルに視線を向ける。
「無理しなくて良い。王太子殿下の父親はクレイアス国王だ。私は、血が繋がってはいるが、父親ではない。我が子も守れない弱い男だからな。さあ、座って話をしよう。」と再び背中を見せた。
ゾーゼフは、クライシスが弱い男ではないと口を挟むのに躊躇する。
想像を絶する苦難や度重なる試練を乗り越えて、漸く勝ち取った今の地位は誰にも成し遂げられない事である。努力を積み重ねてきた原動力は、目の前にいる我が子を守る為であると、今初めて知った。
月日の流れと共に離れてしまった親子の心が歯痒くて、言うに言えないでいた。
しかし、それはライオネルの一言で一変する。
「クレイアス国王陛下が父親でないと私に言いました。私を捨てました。私も今ここで捨てます。だから、だから………貴方が私の父親で………父上と呼んでもいいですか。」
大粒の涙を流しながら、クライシスの背中に抱きついた。
10年前にぽっかりと空いた穴が、クライシスの温かい想いで満たされ、漸く踏ん切りがついた瞬間である。ライオネルの目からは涙が止めどなく溢れていた。
「ゆっくりでいい。急がなくていいからな。無理するな。思いっきり泣けるだけ泣けばいい。今日はそういう日だ。」
ライオネルを優しく抱きしめながら笑顔を見せるクライシスに、ゾーゼフは涙を浮かべながらその場を去った。
いきなり部屋から出て来たゾーゼフの顔を見たオーウェンとエドワードは、驚いて目を丸くする。冷酷無比な男にも情があった事に、二人で感心していた。
再び扉が開いた。今度はゴードンが出て来た。
「親子水入らずの時間ですから、ほらほら邪魔者は退散ですよ。後は、明日にしましょう。」と嬉々としながら二人の手を引いて、去って行った。
次話投稿日の予定が……。また後で後書きを修正します。宜しくお願い致します。
先程、20時に投稿した文章を大幅に修正しました。いつもいつもすみません。
そして、多分ですが明日投稿出来ると思います。時間は決まっていませんので、頑張ってなるべく早く投稿いたします。
いつもたくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。誤字も多いですし、名前間違いも多く、日々反省しております。
もう少し読みやすいように努力しますので、これからも応援よろしくお願いします。