31.総帥閣下官邸
首都から少し離れた小高い丘に、高くそびえ立つ総帥閣下の官邸前に、漸く辿り着いた。
見るからに大規模な建造物は、もはや官邸ではなく、要塞や宮殿と言っても過言ではないほどに、華美壮大であった。
馬車の窓からでは、建物の全貌は全くわからない。
ライオネルは、まるで幼子の様に窓にへばりつき、目を丸くしながら建物を眺めていた。
まず、高々と邸の周囲を囲む重厚な塀、入口と思われる巨大な門に目を奪われた。
門前に四人の門番が待機しており、四人がかりで開門すると、馬車が奥へとゆっくり進む。
暫くして、再び高い塀と門が現れた。こちらは、先程よりは小さいが、それでも二人がかりで開門している。馬車は更に奥へと進んで行く。
漸く、建物の全貌が少しずつ現れてきた。
塀よりも高くそびえ立つ三つの塔と塔に繋がる幅広い四角い建物。
ロズウェル国の王宮とは、比にならない建物に圧倒される。
(えー‼︎ 凄い、凄すぎる‼︎ 門が二つもある!こんな建物は初めて見た!)
終始、窓から離れることのないライオネルは、好奇心旺盛な性格が抑えきれず、興奮状態であった。緊張した面持ちのゴードンを気に留める素振りもなく、ゴードンは呆れて怒る気にもなれないでいた。
叔父のエドワードを乗せた馬車が停車する。軍服姿の男性達は、馬と共に一斉にどこかに消え去って行くのが見えた。
(そろそろかな。ふぅー。すぅー。はぁー。)
ゴードンは、心を落ち着かせる為に、深い呼吸を繰り返す。そして、状況を把握していないライオネルに声を掛けた。
「ライル。ライル!ライル‼︎ おい!お前‼︎ 」
「え?どうした?」とゴードンに一瞬視線を向けるが、再び外を眺め始めた。
「はぁー。もうー、これだから困る。もう直ぐ馬車を降りるから準備しろよ。分かったか?」
「あー、うん。わかってるって。」
「その調子だと、何もわかってないな。いつもいつも……。もう知らないからな。」
「え⁉︎ あーごめんなゴードン。悪かった。ありがとう教えてくれて。
ーーーそれよりゴードン見たか、凄い建物だ。まさに要塞だな。ワクワクするなぁー。」
ライオネルは、目を輝かせながら、満面の笑みを浮かべる。
子供の頃に、レンモール湖に釣りに行った時と同じ顔をしていた。
「はぁーー。はいはい、わかりましたよ。」と溜息を吐きながら、荷物を整理し、全ての鞄を持った。
(ライルが楽しそうだから、まぁー良いか。)
ゴードンは、温かい眼差しでライオネルを見つめていた。
一方その頃、オリビア連合国クライシス総帥閣下は、大会議室でロズウェル国の客人を指折り数えて待っていた。
「まだか‼︎」
靴の音を響かせながら腕を組み、右往左往している。
「はい、はい、先ず落ち着いて。そんなに苛々しなくても、時が経てば必ず来ますから。さあ茶でも飲んで、気長に待ちましょう。
ずっと長年待ち焦がれていたのなら、これくらい平気でしょうに。はぁーまったく、せっかちで困る。くっ、くっ、くっ。」
オリビア連合国軍のゾーゼフ元帥が口元を手で押さえ、笑いを堪えていた。
彼はクライシスと同い年であり、戦友でもある。戦においては、総帥の右腕と言われるほど、屈強な男であり、それ故に主従関係はほぼないに等しい。
「笑うな‼︎ やっと会える日が来たんだ。もう待てない。無理だ。」
急にクライシスが走り出した。
ゾーゼフと傍に控えていた三人の軍人は、クライシスに駆け寄り力強く押さえ込んだ。
「うっ、おあっ。おい!離せ‼︎ やめろ‼︎」
四人の男性で、クライシスの体を床に押さえ込むが、抵抗する動きが激しく押さえる方も必死である。
「おい!だめだ‼︎ そんなに動くな‼︎ 国の重鎮が自ら出迎えるなんて、見たことも、聞いたこともないぞ。お前は馬鹿なのか。じっと待っていればいいものを。なぜこうなる。はぁー、もうほんと世話が焼ける奴だ。勘弁してくれ。」
ゾーゼフは、力強く押さえ込みながら、溜息を漏らしていた。
クライシスは、ゾーゼフの言葉に聞く耳を持たず、必死に抵抗を繰り返す。
「お前ら無礼だぞ‼︎ 処罰する‼︎」と怒鳴り散らした。
その言葉を聞いたゾーゼフ以外の軍人は、押さえていた力が一瞬緩まる。
その隙にゾーゼフを押し退け、扉に向かって走った。
「おい‼︎ 待て‼︎」とゾーゼフは大声で叫ぶが、クライシスの耳には全く入らない。
クライシスが扉を開けようとした途端、エドワード軍務長官の声が聞こえてきた。
「あのー、クライシス閣下、お取込み中でしたでしょうか。ロズウェル国より第一王太子様御一行が到着致しました。こちらに御通ししても宜しいでしょうか。」
扉一枚挟んた廊下側より報告する声は、いつもながらに穏やかな通る声であった。
扉から離れた位置にいるゾーゼフにも、報告内容がよく聞こえていた。
「ほーう。やっと着いたか。エド、ご苦労であった。宜しい、案内しろ。」
「畏まりました。」
エドワードが廊下を歩いて行く音が聞こえてくる。
「「「「ふぅーー。」」」」
ゾーゼフと軍人達は大きな溜息を吐いた。
クライシスは嬉々として椅子に座り、冷めたお茶を飲んでいる。そして、頬杖をつきながら笑みを浮かべていた。
軍人達がヒソヒソと小声で話し始めた。
「いつも冷静沈着なクライシス閣下が、まさかあんなになるなんて驚きです。」
「ゾーゼフ様、ロズウェル国の王太子殿下は、閣下とはどういう御関係でしょうか?今の状況から判断しますと、更に危険だと思うのですが。」
「俺達、閣下に反抗した罪で流石に処罰されるとかないですよね。」
ゾーゼフは、クライシスを鋭い視線で見つめながら口を開く。
「三人共、口を慎め。次はもっと力強く抑え込むんだ。失敗は許されないぞ。気を引き締めろ。わかったな。」
「「「はっ。」」」
三人の軍人は、ゾーゼフに一斉に敬礼をする。その後、クライシスを注視しながら臨戦態勢に入った。
「はぁー。一体、何者だ?」と呟くゾーゼフは、総帥待望の要人来たるしか聞いておらず、詳細は知らされていなかった。
今朝突然、エドワードから指令書を受け取り、ゾーゼフを含めて四人の軍人を配置した。
(四人では、厳しかったか……。はぁー。)
予想外の状況に、初めて判断を誤ったゾーゼフは、珍しく傷心状態であった。
いつもたくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。
次話投稿は、6月19日(日)20時になります。
もしかしたら、投稿時間が予定より少し遅くなるかもしれませんが、よろしくお願い致します。
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