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3.グランド公爵邸に来訪


 庭園を眺めながらゆっくりと歩き、漸く公爵本邸の玄関に辿り着いた。


 グランド公爵本邸は門構に比べると、正直、地味で古い。爵位と相反する建物の風貌に最初は目を疑ったが、これこそが代々受け継がれてきた伝統的な建物だそうだ。


 グランド一族は、高い戦闘スキル、脅威の身体能力、頭脳明晰を兼ね備えており、その類稀なる才能により代々国王より諜報員の任務を命じられている。

 それが故に、王都に本邸と別邸を所有し、本邸が近衛騎士団の予備施設、別邸がグランド公爵本邸として、世間に周知されていた。しかし実際は、本邸が居住・執務の拠点、別邸は商談拠点となっており、意図的に建物の本質を変えて、諜報員の存在意義を隠密にしている。


 国は近衛騎士団の予備施設にしては、地味で老朽化し過ぎている本邸に、毎年修繕工事費として国家予算を策定しているものの、予算は毎年そのまま繰越されていた。

 理由は、建物を『文化遺産』として、後世に残す必要がある為と言うがーーー。本音を言うと、ただ単に『廃墟』が好きだから、修繕工事はしたくないそうだ。何とも、個性的で風変わりな趣味である。

 

 公爵位として、領地経営と首都に事業を展開しているが、これはあくまでも表の顔であり、裏では諜報員、俗に言う『影』として裏社会を席巻している。

 影の任務は、殆どが国家機密に関与している為、守秘義務と詮索禁止、命令は絶対服従、死守してでも任務遂行することなど、数多くの誓約があり、契約時に全ての誓約事項に同意と署名をした後、国王より正式に諜報員と任命される。


 一族に従事する使用人の全ては、公爵当主が厳選した諜報員の卵であり、未来永劫、継続出来る組織を代々築き上げてきた。

 また、一流貴族としての華やかな世界と諜報員としての闇世界を生き抜く様は、唯一無二の存在であり、我が国は、グランド一族なくして政を執ることが出来ないと言われる程、不動の地位を確立している。



 外から玄関ホールまで使用人などが整列して、出迎えの挨拶をされる。その後、ライオネルは応接室へと案内されていた。


(ここは相変わらず奇天烈な家だなあ。それにしても、使用人が多過ぎないか?)


 ライオネルは、久々の訪問に心躍らせていた。


「只今、主人を連れて参りますので、暫しご寛ぎ下さい。」とスミスは、ライオネルを応接室へと案内した後、急足で主人の部屋に向かい、戸を二回ノックした。

「どうぞ」と部屋の奥からゆったりと落ち着いた、低い声が聞こえる。

「失礼します。旦那様、王太子殿下が到着致しました。」

「わかった。ご苦労。」と主人は椅子から立ち上がりスミスの肩を軽く叩く。


 しかし、部屋を出て応接室へと向かう足取りはいつもより重たく感じるのは気のせいかなと、スミスはふとそう感じていた。


「失礼、お待たせしてしまい申し訳ありません。私は当主のオーウェン・ダガン・グランドと申します。この度は突然の来訪、誠に申し訳ありません。殿下の寛大な御心に感謝致します。」


 オーウェンは、応接室に入るや否や、真っ先にライオネルに向かい挨拶をする。眼鏡をかけた、知的でミステリアスな顔に合う、低く穏やか声で深々と敬礼していた。

 一方でライオネルは、オーウェンに朗らかな声で応対する。


「いやいや堅苦しい挨拶は良いですから、頭を上げてください。まずはゆっくり座ってお話でもしましょう。」


 ライオネルの言葉に、オーウェンは椅子に座り顔を上げると、そこには幼き日の面影はすっかり無くなり、マリアンヌ故王妃に似た顔がこちらを見つめていた。


 目が合った瞬間、いきなりドアをノックする音が聞こえて、「お疲れでしょうから、お茶でもいかがでしょうか。」とスミスがお茶とお菓子を手際よくテーブルにセッテイングして、直ぐ部屋を出て行った。


 先ず、二人はゆっくりとお茶を飲み、ライオネルが穏やかに話し出した。


「お久しぶりです。グランド公爵、こちらこそお礼を申し上げなければいけない。此度は、ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした。」とライオネルは椅子から立ち上がると深々と謝罪を述べた。すかさずオーウェンも立ち上がり応対する。


「殿下、そんな宜しいですから、さあ、座って下さい。」

「すみません。……しかし随分と歳をとりましたね、お義父上(ちちうえ)。お疲れの様ですが大丈夫ですか?」

「………え?あはっははは。」


 急にざっくばらんに話し掛けられたオーウェンは、驚きよりも、もはや呆れていた。室内には低音の乾いた笑い声が響く。


「変わらないね、ライオネルは。そして私がいつ君の義父上(ちちうえ)になった?気が早いのではないか。」

「いやー、後もう一押しですからお待ち下さい。」


 砕けた口調で話すオーウェンに、応対するライオネルは微笑みながらお茶を優雅に飲んでいるが、瞳の奥は冷静に相手の反応を伺っていた。オーウェンは手強い相手に言葉を選ばず、単刀直入に言いながら話を切り返そうとした。


「ふふふ、ははは、そうかそうか。では気長に待っているよ。では、話を切り替えても良いだろうか。」

「私からは申し上げる事はありません。」

「殿下、それはどういう事でしょうか?」

「おい!いつまで隠れているつもりだ!出てこい‼︎ゴードン‼︎」


 ライオネルは急に隣の壁に向かい大声を出した。


「バレてたか。流石は殿下です。察しが早い。」


 ぶつぶつと呟きながら隣の客室のドアを開き、応接室へと歩いて来る足音が聞こえてくる。


「失礼致します。」と一際大きな男が応接室に入って来た。ライオネルは大きな男を見るなり、呆れた顔で頬杖を付きながら、苦言を呈していた。


「聞き耳をたてるなら、もっと上手くやれ!」

「流石です。我が忠臣、お見事でした。では、たっぷりお仕事が残っておりますので、帰りますよ。グランド公爵、此度は手厚く配慮して頂きありがとうございます。後日、お礼と致しまして例の品物をお届けに参りますので、ここで(わたくし)共は早々に失礼致します。さあ、早く行きますよ殿下。これ以上ご迷惑をおかけする訳にもいきませんから。わかりましたか。」


 ゴードンは、深々とお辞儀をした後、ライオネルからお茶のカップを取り上げ、無理矢理立たせて、腕を引っ張り、ほぼ引き摺りながら歩き始めた。


 ゴードンは第一王太子殿下の側近候補で、ガバニエル伯爵家の次男である。彼は品行方正、頭脳明晰で優秀な為、次期宰相の有力候補でもある。容姿は、黒髪に黒紫色の瞳をしており、そこに大きな体躯であるが故に、威圧感がとても強い。しかし、見た目に反して穏やかで、優しさに満ち溢れている性格から、数多くの人に慕われるような人物である。また、よく見ると実は端正な容貌であり、学園では王太子より密かに人気が高いと、オーウェンは娘から聞いていた。


 二人は、オーウェンの娘と学園で同級生ということもあり、もはや息子の様な存在でもあった。


 ゴードンに無理矢理引き摺られながら、ライオネルは何かぶつぶつと呟き始めた。


「リアに会ってから帰りたい……。」


 ライオネルの言葉を聞いたゴードンは、すかさず怒気を含んだ口調で物申す。


「我儘は許しません!それに加えて、愛称で呼ぶのは禁止されていませんでしたか。何回も言いますが、あんなに拒絶されているのに、殿下は往生際が悪いですよ。もう諦めたらどうですか。彼女が可哀想です!」

「え?何のことでしょうか?リアとは私の娘ですが、禁止?拒絶?可哀想?」

「あー、これは大変失礼致しました。グランド公爵閣下の前で、大切な御息女を愛称でお呼び致しまして。御無礼な発言をお許し下さい。」と何度も深々頭を下げる。

「いやいや良いんだよ。ゴードン君、リアは君が大好きだから気にしなくても良い。もっとこれからも仲良くお付き合いしてくれると有難い。」とオーウェンはにこやかに話し掛け、ゴードンと握手をした後、ハグをする。

 オーウェンとゴードンの掛け合いを見ていたライオネルは、声を上げてゴードンを鋭く睨みつける。


「はぁー⁉︎どういうことだ、ゴードン‼︎何故リアはお前の様な大男が大好きなんだ。ふざけるな‼︎俺を差し置いてお義父上(ちちうえ)とハグまで交わしやがって絶対に許さん‼︎」


 殺気オーラ全開のライオネルに、ゴードンは急に背筋が凍り、震えが止まらなくなる。

 その後も、暫くの間、ライオネルはしきりにゴードンを睨み、怒声を浴びせていた。


(ひぇ~。ライルが恐ろしい。俺は悪くないから。ハグしたのが余計なんだよ~。もうどうでも良いから誰か助けてくれ~。)


 ライオネルの想像以上の豹変ぶりに、ゴードンは恐怖で顔が引き攣り、言葉も出ない。その場から固まって動けなくなっていた。どうにか今回の計画主導者を一瞥するも、何やら真剣な表情で、冷静に分析している始末に、がっかりしたゴードンはもう諦めていた。


(ちょっと、リアのお父様、話が全然違うよー。俺の計画じゃないんだけど……。最後まで責任持って協力するって言ってたよねー。あーもう俺の人生終わった。)


 ゴードンは心の中で嘆いて、もはや意気消沈していた。



 その頃、オーウェンはゴードンのことなどすっかり忘れて、自分の分析した思考を整理するのに集中していた。


(次期国王としての素質は陛下より高い。能力も申し分ないくらい優れている。これから先のロズウェル国の繁栄には、彼は必ず必要だ。これは、早急に何とかしないといけないな。)

 

 オーウェンの悪い癖に、ゴードンが犠牲になってしまった。




 突然、廊下が騒がしくなり、女性の悲鳴声が聞こえてきた。


「「「どうした、何事だ⁈」」」


 三人共に声が揃う。

 三人は、一斉に声のする方へと走った。


 

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