29.復讐のはじまり
今回のお話は、残酷な描写や暴力的な表現が多くなっております。苦手な方は、ご注意またはご遠慮していただければと思います。
王宮の中庭にあるガゼボで、メレエナーラ王妃がお茶を嗜んでいた。傍には、ザィード宰相が控えている。
「あら、今日は珍しく騒がしいわね。何の音かしら。」とティーカップを置いて、ザィードの方に鋭い視線を向ける。
「えーと。あの、まぁ、そうですね。うーん。……。」
ザィードは状況を把握しておらず、目をキョロキョロさせて動揺する。額から嫌な汗が滲み出ていた。
まさにその時、国王陛下への報告を終えた、近衛騎士団長のファレルが、中庭を通りかかる。
ザィードはファレルに駆け寄り、ひそひそと話を始めた。
一通り話が終わると、ザィードとファレルは一緒にガゼボに向かって歩いて来た。
ザィードは、王妃に状況を報告する。
「王妃様、今日は市街地の方でニューフラワースタートフェスティバルというお祭りが開催されているそうです。ラリーシュシュ辺境伯領地で新種の薔薇が咲き、誕生祭という名目の言わば、催し物を広場で行っているようです。」
ザィードは一気に肩の力が抜けて、表情が緩む。額の汗をさっと拭いた。
「あら、随分とまぁー長い名前のお祭りですこと。ふぅーん。ニュースタートねぇー。そうですか……。ふふふ。」と不敵な笑みを浮かべ、空を眺めた。一羽の鷹が優雅に旋回している。
(空高く飛んで行ったのね。これで自由の身かしら。)
メレエナーラは、晴天の青空を見ながら、深い溜息を吐く。肩の荷が下りたような気分を味わっていた。
しかし、まだ気を緩めるには早過ぎる。己を律して、再び元に戻る。
(塵は、みな纏めて捨てた方が宜しいでしょうから。)
後始末は、まだ終わってはいない。
先に代価を頂戴していた彼等は、いずれそれに見合うだけの代償を払わなければならない。
道理に反した付けが、漸く回ってきただけの事である。
常に平常心を保っている女性の心は、もう既にどこにも存在していない。
後は、望み通りただ死を待つだけであった。
「お茶も不味くなったことですし、お部屋に戻りましょうかしら。後始末、宜しくお願いしますわよ、ザィード宰相。」とねっとりと絡みつくような声色で話す。ザィードを冷酷な目つきで睨みながら去って行った。
ザィードは、王妃の背筋が凍りつく様な冷たい視線に、恐怖で息が詰まる。無論、声は全く出ない。やっとのことでお辞儀をして、なんとかその場を凌いだ。
王妃が去った後、ザィードはファレルに指示を出す。
「団長‼︎ ライオネル皇太子の所在を確認し、直ぐに後を追え‼︎」
「はっ!」と敬礼をして、ファレルはその場を走り去って行くが………クレイアス国王陛下の言葉が頭から離れず、次第に足が止まる。
『第一皇太子は隣国、オリビア連合国へ向かった。後を追えと宰相から指示されても従わなくて良い。』
「何故、陛下はあの様な御言葉を……。」
思った事を口にしてしまい、咄嗟に口を掌で塞ぐ。両手で頬を叩き、気を引き締めた。
再び、騎士団本部の建物に走って行った。
騎士団本部の団長室に戻ったファレルは、各部隊の副団長を呼び出し、国王陛下の命令を伝達する。
王都や学園などを巡回していた騎士団員は、一斉に本部や屯所に帰還した。
休暇の指示は、とりあえず一旦保留として、訓練を再開する事とした。
訓練場では、いつも通りの剣術訓練が始まっていた。
ザィード宰相は東棟に向かって歩いていたが、途中で政務補佐官が駆け寄り、国王陛下からの呼び出しを告げられる。
行き先は、謁見室に変更となった。
謁見室の扉を開けると、もう既にクレイアス国王陛下が玉座に座っていた。
クレイアスは、足を組んで、片肘をつきながら鋭い眼差しでザィードを見下していた。そして、不機嫌な面持ちでゆっくりと口を開いた。
「ザィード、顔色が悪いがどうした? 其方は疲れているのではないか?」
低く太い威圧感のある声が、室内に響き渡る。
ザィードは顔面蒼白になっていた。背筋が凍り、小刻みに震えている。かろうじてどうにか立つ姿勢を保持していた。
突然、傍に控えていた従者が、小瓶をクレイアス国王陛下に差し出した。
小瓶を一目見ただけで、中身が何か直ぐに分かってしまった。見覚えのある小瓶の正体に、否でも死を連想する。
茶色の小瓶は厳重に栓がしてあった。
小瓶の中身は、毒である。
「これを、どうするかわかっておるな。」
宰相は言葉を発せず、小刻みに震えながら必死に頭を縦に大きく振る。
「では、頼んだぞ。」と嘲笑を浮かべながら、謁見室から去って行った。
ザィードは、全身の力が一気に抜けて、その場から崩れ落ちた。
従者がザィードに、じわじわと近寄って来る。ジャケットの内ポケットに小瓶を入れた。
「宜しくお願いします。ザィード宰相様」と耳元で囁かれた。
ザィードは、ふと、聞き覚えのある声に気を取られ、従者の顔を覗き込んだ。
「どうかされましたか? ふふふふ。貴方は相変わらずのようね。」
従者は、掛けていた眼鏡を外し、不敵な笑みを浮かべて、ザィードを見下す。
(え⁈ な、なぜ死んだはずの人間が生きている? 私を恨んで出てきたのか? あ、あわわ、わわわ。やめろ! まだ死にたくない!)
ザィードは、視線の先にいた人物に驚きの余り、目を白黒させた。その後、恐怖に襲われて必死に這いつくばって逃げようとした。しかし、体に力が入らず、その場でもがいていた。
従者は、滑稽な動きをするザィードを見て嘲笑い、再び近寄って行く。
「ひぃーー。やめろ! こっちに来るな! 誰か助けてくれー‼︎」と悲鳴を上げながら叫んだ。
ザィードは、必死に助けを乞うが、誰一人も来ない。遂には、薄暗い壁際の方に追い込まれて、従者を見ながら狼狽えていた。
「あら、まあ。そんなに大声を出したら、喉が渇きますわよ。ここでもう、その小瓶の中身を全部飲んでしまいましょう。ねぇ、その方が良いわよね。では、お手伝い致しましょうか? ふふふ。困りましたわね、ザィード宰相様」と嘲笑する従者。
ザィードは、白目を剥いて口から泡を吹きながら、仰向けに倒れた。失神していた。
「ほんと、愚図で鈍間の馬鹿な男。こんな男に殺されたのよね、私。恥だわ、阿呆らしい。さぁーてと、ここから強敵の出番よ。見ていなさい。たっぷり甚振って差し上げますから。ふふふ。」
陰険な目つきで、威嚇するように睨む従者。
10年前にザィードに毒を盛られ、儚くもこの世を去ったとされている、マリアンヌ王妃である。
従者に変装したマリアンヌは、高笑いをした。
(もう手遅れよ。足掻いても無駄だから出て来なさい! さぁーここから始まるわよ‼︎ )
マリアンヌは、これから始まる復讐の鐘を鳴らした。
ザィードを放置したまま、その場から消えた。
投稿時間は、定まっておりませんが……なんとか毎日投稿していました。
間違えて、大幅に修正する事が度々あります。それでも、いつもたくさん読んで頂き、本当にありがとうございます。
まさかこんなに読んで頂けるとは思ってもいなくて、感謝で胸がいっぱいです。
これからも、よろしくお願い致します。




