28.オリビア連合国へ出発する日
窓から差し込む日の光で目を覚ます。
ソファーからゆっくりと体を起こし、背伸びをした。
テラスへ続く扉を開けて、見上げた空は、雲ひとつない青空である。清々しい朝の空気を吸い込んだ。
「さあ、始めるとしようか。」
今日は、オリビア連合国へ出発する日である。
普段通り身支度をして、学園に行く準備をする。
オリビア連合国に持参する書類は、グランド公爵閣下とゴードンに預けている。ライオネルは、いつも通り、机上に置いていかれた書類の束を鞄に入れた。
西棟で朝食を摂る為、歩いていた。
西棟の雰囲気がいつもと格段に違っているのに気づく。
近づくにつれ騒々しさが増し、ダイニングルームには、いつもの三人はいない。
気にもせず、いつもの席に座ると料理長が朝食を運んできた。10年振りの再会である。
「え⁈」と拍子抜けした様な顔をしてしまった。
彼は私を見ながら、豪快に高笑いをした後「ご武運を皆で祈っております。」と深々お辞儀をした。そして、テーブルに紙袋を一つ置き、その場から去って行った。
紙袋の中には、好物のスコーンが入っていた。
(どういうことだ? 気づいているのか? もしかして……協力してくれている? え⁈ 嘘だろ。そんなはずは……。まさか……すまない。皆、ありがとう。)
紙袋には、四つ折りに折られた紙が同封されていた。紙には、西棟で働く使用人全員の署名と共に、第一王太子ライオネルを支持する宣誓文が記されている。
感極まり、食事が喉を通さず詰まる。人の気配は感じない。今までの様子を誰にも見られていないと察し、直ぐに紙は元に戻し、平静を装う。素早く食事を済ませて、自室へと戻った。
自室に戻り、暫くするとライドから「いまです。」と合図がある。
いつもの馬車に乗り、王宮から学園へ向かう。馬車の窓から、近衛騎士団の団員達が慌しく動いているのが見えた。
学園に到着して、生徒会室で待機しているとゴードンが部屋に入って来た。
「おはよう、ライル。手紙は見たぞ。学園側は手配済みだ。王宮側も問題はない。さあー行くとしよう。」と目を爛々とさせて、意気揚々と話していた。
(あまり寝ていないな。無理させてすまない。)
ゴードンのわざと元気に振舞っている様子を心配そうな表情で見つめていた。
今朝の様子から、警備体制が変わり、明らかに敵は我々の動きを警戒していた。
ライドが言っていた通り、蝿が増えていた。
ゴードンが、夜通し策を弄したのが目に見えて分かった。
(どうやって、王宮側を抑制した? 王妃や宰相を抑え込むのは容易ではないはずだが……。)
一先ず、制服から正装に着替えて、裏口から移動する為、ドアに手をかけると、カイアスとゼンが丁度部屋に入って来る所であった。
「良かった。間に合った。これ、確認してあちらにも見せてくれないか。頼んだぞ、ライオネル。気をつけて行って来い。期待して待っているぞ。」とカイアスは、三国同盟の協定書が入った封筒を手渡して、ライオネルの背中を掌で叩いた。
「ありがとう、カイアス。すまないが、留守を頼む。期待に応えられるよう善処する。」と頭を下げた。
ライオネルとカイアスは互いを見ながら微笑み、ライオネルとゴードンは、目的の場所へと向かって行った。
カイアスは、ライドから昨夜急遽、生徒会業務を依頼されていた。
エミリアに毒が使用された事も報告されている。
「ゼン、解毒剤は渡したか?」
「渡してあります。コスターから逐一容態報告があり、解毒成功と報せがありました。」
「分かった。下がって良い。」
「はっ。」
コスターは、ゼンの配下にある従者であった。コスターの両親は暗殺者であり、戦で命を落としていた。孤児である彼を引き取り、仲間達と一緒に育てた。山間部出身の彼は、毒草の研究が趣味であり、個性的な性格ではあるが憎めない青年であった。
グランド公爵閣下に偉く気に入られ、教養を身につけるまでという期限付きの条件で働いている。いずれは、一緒にキールッシュ帝国に戻り、カイアスの従者になる予定である。
どう見ても、まだまだ先の話にはなりそうだが……。
〇●〇●〇●
ライオネルとゴードンは、辻馬車に乗って目的地に向かっていた。
突然、馬車の外から大きな音が鳴り響いた。
「え⁈ なんだ?」と外を覗こうとした途端、ゴードンに腕を引っ張られて、バランスを崩した。そのままゴードンの胸に倒れ掛かる。
「おっ!俺のこと好きなのか?ぐふっ、ふふふ。」とライオネルを抱き締めて、笑いを堪えている。
「は⁉︎ お前が腕を引っ張るからだろ。」と直ぐに腕を払い除けて、元に戻った。
「外で何が起きている?」と真剣な表情を見せる。
「お祭りだそうだ。」
「え⁈ お祭り⁈」
「そう、お祭り。」
「は⁈ この時期に、お祭りなんてあったか?」
「今朝、漸く出来上がったお祭りだ。」とゴードンは終始、涼しい顔で他人事のように話している。
ライオネルは目を見開いて、呆けた表情をした。
ゴードンの言葉が、あまりにも唐突すぎて事情が飲み込めず、混乱していた。
そして、続け様に言われた言葉が、追い討ちをかける。
「民はお前を信頼しているからこそ、盛大に協力してくれた。何としてでも成功して、王様にならないとな。」
「は⁈ 王様⁈ え⁈ 何故? 民が知っている? どういう事だ、説明しろ。 お前はいつも言葉が足りない。」
「えーそんな事ないよ。わかったから、今から説明するよ。」
不満げな顔をしながら、しぶしぶ説明を始めた。
ライドから手紙を受け取ったゴードンは、急ぎラリーシュシュ辺境伯のタウンハウスを訪ねる。
リリーローズが新種の薔薇の作出に成功し、王室に献上する予定であった。それを覚えていたゴードンは、新種の薔薇を題材にしたお祭りを開催しようと目論んだ。
夜遅い時間の訪問にも関わらず、事情を説明すると快く承諾してくれた。更には、顔見知りの商人が集う酒場に行き、自ら交渉して祭りの段取りまでつけてくれた。
あれよあれよいう間に、大勢の人々が集まり、薄明の空が色鮮やかに見えた頃、準備が全て整い終わる。
最後に「祭りの名前は俺が付けた。」と自信満々に話した。
(名付け親は、ゴードンで本当に大丈夫か? 思いの外、自分が大して役に立てなかったから、説明したくなかったのか。全く呆れる。リリーローズや協力した人々には、後で礼をする事としよう。 よし!頑張るぞ!)
ライオネルは『よし!頑張るぞ!』を心の中で復唱して、己を鼓舞する。
ゴードンは、瞳を輝かせながら真剣に話を聞くライオネルの目前に、拳を突き出した。
ライオネルは、ゴードンの拳に当たるように自分の拳を突き出す。
「よし‼︎民の為に、頑張るぞ‼︎」とゴードンが威勢よく声を出した。
「「おー‼︎」」と二人で声を合わせて、士気を高めた。
馬車の外に、二人の声が漏れる。
護衛や従者など全員が一斉に拳を高く掲げ、士気を高めた。
馬車は、もう既に王都の外れまで来ていた。遠くの方で、賑やかなお祭りが微かに見える。
追手を難なくすり抜けられたようである。
ライオネルは、民に感謝してもしきれない気持ちが溢れていた。
一方、王宮ではーーー何やら雲行きが怪しくなっていた。
「あら、今日は珍しく騒がしいわね。何の音かしら。」
メレエナーラ王妃が、ザィード宰相に鋭い視線を向けて不敵な笑みを浮かべていた。
前回、もうそろそろ終わる様な表現をしましたが、まだもう少し話が続きます。
毎日投稿ができるように、なんとか頑張ろうと思います。応援よろしくお願い致します。




