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26.反省と決意

 大変遅くなり、申し訳ございません。

 静かな夜更け、半壊した自室のテラスに、膝を抱えながら座り佇んでいた。夜風が心地良く吹いている。

 ライオネルは、自身を振り返り反省していた。

 

 10年前のあの日からーーー


 多くの人々に、助けをもらい、それと同時に人生を台無しにさせてしまう。

 国を背負う器量もない人間に、どれほどの犠牲を払わせたであろうか。

 国王の子でない私は、無力であるというのに、皆が私を信じてやまない。

 皆の期待に応えたい。豊かで幸せな人生を与えたい。

 恩に報いるどころか逆に生活を困窮させている。

 私は、誰よりも一番愚かな人間である。

 いずれこの国は、他国に占領される。民は果てなく彷徨い続けてーーー奈落の底に落ちる

 夢も希望もない未来は、誰も想像はしたくない。現実には、なってはならない。


 打開策は、一つ残されている。


 亡き母から託された一通の大きな封筒。

 厳重に封が施され、封蝋印はロズウェル国王家の紋章である。


 手を出したら何かが終わる様な気がしてならなかった。

 策があるにも関わらず、国が崩壊寸前になるまで決めかねていた。

 これでは、傍観者(クレイアス国王)と何一つ変わらない。

 弁解の余地もない。


 「ふっ。似てるのか……。はぁー。」と自然に溜息が漏れる。


 ライオネルは夜空を見上げた。暗闇に瞬く星は、今日も変わらず、あの日の光景と重なる。

 一緒に見上げた夜空に広がる満天の星は、数少ない思い出の一つであった。

 当時、座っていた場所は、無惨にも朽ちて跡形も無く消えていた。

 隣で微笑みながら、星の名前を教えている男性は、今もその当時のまま幻影の中で生き続けていた。


 過去には戻りたくても戻れない。

 少しでも似ているところを見つけては、嬉々として侍女に自慢していた自分。大きな背中に憧れて必死に真似をした自分は、もうどこにもいない。


 只々、感情の赴くまま、突き動かされていた過去と決別する時を迎えていた。


 今の自分は、違う。


 言い聞かせるように、誇示する。

 弱い己を奮い立たせた。



 不意に、背後から気配を感じる。


 「またここにいたんですか。懲りない方ですね。どうかされましたか。呼び出されましたか?」とライドが腕を組みながら、窓際の壁に寄りかかり苛立っている。


 ライドは、グランド公爵家の嫡男であり、エミリアの兄である。

 彼は、諜報員として天性の才能があり、裏社会では知らない者はいない超有名人である。カイアスとゼンから初めて聞いた時は、驚いたと同時に罪悪感に襲われた。

 私が8歳、ライドが10歳の時に、王命ではなく公爵閣下の命令で専属の影に就任した。

 私の為に、将来有望な少年を就けたグランド公爵閣下には、感謝してもしきれない。彼は、唯一無二の存在であった。

 長い付き合いになるが、謎の多い男であり、殆ど何も知らない。聞く隙すら与えてはくれないから仕方ない。

 国王には、私の影は別の諜報員の名前で報告されている。理由は公爵閣下だけが知っているが、今では何となく察しがついていた。

 

 (テラスに居たのを怒っているのか。それとも任務地に行ったのを怒っているのか。)

 ライオネルは、ゆっくりと部屋の中に戻りながら、どちらにも通用する謝罪の言葉を考えていた。半壊したテラスに出入りするのを、何度も注意されていた為、怒る原因が正直分からなかった。


 「今日は、申し訳なかった。二度としない。反省している。」と深く頭を下げた。

 「西棟の人間は気づいていますか?報告が上がっていないので、直接伺いに来ました。」

 ライドは、軽く頷いた後に用件を伝える。


 普段は、全く感情を表に出さないライドが腕組みしながら、指をトントン小刻みに動かしていた。

 案の定、無断で任務地に行った事を怒っていた。僅かながら仕返しをして、鬱憤を晴らす様相から、相当怒っているのが見て取れた。


 国王陛下や王妃には、ガバニエル伯爵邸で、ゴードンと一緒にいたと偽りの影から報告されている。おそらく、もう既に事実を知らされており、虚偽の報告を聞き流していたに違いない。

 国王より呼び出しはなかった。いや、そもそも国王に呼び出されたことは、一度もない。呼び出すほどの関係ではなかった。


 「気づいてはいるはずだ。傍観者には、興味がない事件だったのであろう。」と暗い表情を見せた。ライドの心に不安が過ぎる。

 これから報告する内容が、明らかにライオネルの心を傷つける内容であった為、躊躇い言葉を詰まらせた。


 「………」

 「どうした?他にも用があるのではないか。」と微笑みながら、机上に積み重なった書類を見ていた。

 「お気づきになられるとは流石です。まだまだ修行が足らず申し訳ございません。明日、出発されますか? 私は同行出来ません。書類は主人(あるじ)に渡します。」


 書類は、例の亡き母から託された一通の封筒である。

 外装を見る限り、隠密に管理する必要があると判断して、当時、一番信頼の出来るライドに封筒を託していた。

 判断は的確であった。あのまま自室で管理していたら、直ぐに盗まれていた。

 ほぼ毎日のように、自室に不法侵入する愚かな人間がいる。窃盗の常習犯である男は、宰相のザィードであった。


 もし封筒が盗まれていたら、皆が10年間積み上げてきた努力が無駄になっていたとは、今はまだ知る由もない。後に封筒の重要性を認識する、予想外の事態に直面する事となる。

 王宮は、どこよりも非常に危険な場所であると思い知らせる。

 

 「すまない。明朝に出発したい。」

 「はっ。畏まりました。明朝に、手配します。」と片膝をつき敬礼する。

 「いつものでよろしいか。」

 「はい。少し蝿が増えています。私が来るまで、いつも通り待機していて下さい。」

 「わかった。………リアは?」

 「……やはり………予想は的中しました。」と予想通りの展開に一瞬たじろぐが、後先踏まえると隠さず報告した方が良いと判断していた。

 「うっ……。」

 「処置は済みました。命に別状はありませんので、まず今やるべき事を。」

 「あーそうだな。」

 「では、失礼します。」


 ライオネルは、手紙を二通書き記した。一通はゴードン、もう一通は、リアの侍女ラナに。ライドに渡し、直ぐに部屋から消えた。


 ライドは、予想外に冷静なライオネルを微笑ましく思い、一先ず安堵していた。

 そして、明日の手配に取り掛かる為、先を急いだ。



 マリアンヌ王妃の出生地、オリビア連合国に赴く準備を始めた。



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