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20.ゴードンと侍女マーガレット

 ゴードンは、どういうわけか荷物が多く、鞄の中から何かを取り出そうとしていた。


「よし、あった。まだ俺、朝ご飯食べてないから、一緒に食べよう。そして、これこれ、リア特製の疲労回復効果抜群ハーブティー‼︎」


 ライオネルは、ゴードンの言葉に心が温まり自然と笑みが溢れる。そして、爽やかな香りを放つお茶に心が晴れやかになっていた。


「どうだ?美味しく感じるか?」

「お前と食べれば、何でも美味いよ。」


 ライオネルは、サンドウィッチを口に含みながら、満面の笑みを浮かべていた。それを見たゴードンも、嬉しさが込み上げて満面の笑みを浮かべる。


「何だよ、それ。良かった、良かった。」

「だいぶ、腕上げたな。とても美味い。」


 自分が作った特製のサンドウィッチを大口で頬張る姿を見て、ゴードンは胸が熱くなっていた。


 突然、室内に人の気配を感じる。部屋の奥から女性の声が聞こえてきた。


「痛ててて、また狭くなったのかしら。」


 隠れ通路の入口に、女性が一人立っているのが見える。

 女性は、スカートを叩いて埃を払い、皺を伸ばしていた。女性は、マーガレットである。


 使用人達は、東棟に行くのを禁じられている。その為、マーガレットは諜報員が使用する隠し通路を使用して、ライオネルの自室に来ていた。


 マーガレットは、侍女の役職で王宮西棟に勤務しているが、陰では、西棟内部の情報収集と伝達をする使者の任務もこなしている。

 母親からの命令により、グランド公爵家の侍女である叔母やエミリアの訓練を受けながら、諜報員見習いとして、自己研鑽に励むマーガレットは、元第一王太子専属侍女メイラの娘である。

 メイラの命令に従い、王宮侍女の職に就いたマーガレットは、細々とした雑用をそつなくこなす、とてもよく働く優秀な侍女である。

 年齢は、ライオネルより一つ年下であり、同じ学園に通っている学生でもあった。

 

 そんなマーガレットは、複雑な事情を抱えていた。


 十年前、諸事情によりコスタナ伯爵家と養子縁組をしている。伯爵家の養女として育ったマーガレットは、母親から託された使命を果たす為、ひたむきに努力を積み重ねてきた。

 一方で母親は、幼い我が子と離れ離れになろうとも、王宮侍女にさせるため、必死に陰で画策していた。自分が果たせなかった、王太子との約束を守る為にーーー


 ライオネルは、マーガレットの力添えにより、未然に防げた危険が数多ある。もう、マーガレットなしでは王宮では暮らしていけない程の存在であった。

 しかし、自分のような人間の為に、未来ある人生を潰してまで貫き通す信念は、相当計り知れないものであった。

 メイラとマーガレット親子の忠誠を決して反故にはできない。

 ライオネルは、報いるべく生きる道を選び、今を生きているのであった。



「ライオネル殿下、おはようございます。」と美しいお辞儀をするマーガレットに、ライオネルは、心配そうな表情で体を気遣う言葉をかける。


「マーガレット、おはよう。大丈夫か?何処か怪我してないか?天井が歪んで、狭くなってきたようだ。どうにも出来ないから、すまんな。」

「いえいえ、全然私は大丈夫です。殿下の方がお大変ではないでしょうか。 あっ!」


 ゴードンが視界に入り、マーガレットは驚いた顔からじわじわと頬が赤く染まっていく。すかさずゴードンはマーガレットに声をかける。


「おはようございます。マーガレット嬢。お邪魔しています。今日は、お泊りもするのでよろしくお願いします。」とゴードンは、にっこりと笑いながらはなして、マーガレットに軽く会釈した。


「はぁ⁈ お泊まり? 熱っ! そんなの聞いてないぞ。というか許可してないぞ。」


 突拍子もないゴードンの言葉に気を取られ、ライオネルは熱いお茶を注意もせず口をつけてしまう。


「『無理はせず全て終わらせて下さい。』とライド様に言われただろ。どうせ、ライルは朝まで寝ないで仕事しそうだからさ。心配して、こんなに準備して来たのに。そう言えば、リアも任務が終わったら泊まりに来るってさ。」


「「え⁈」」


 ゴードンの衝撃発言に、ライオネルとマーガレットの声が揃う。お互い目をパチクリさせていた。そんな二人を横目に、ゴードンは楽しそうに話を続けた。


「殿方の部屋にとか思った?あいつは男だから良いんだよ。昔もよく一緒に寝て、風呂も一緒に入ったな。」

「ゴードン様!エミリア様は女性です。流石に殿方のお部屋に、ましてやお風呂もですか……だ、だめです。だめです。絶対にいけません。」


 マーガレットは、頭の中で入浴シーンを想像してしまう。羞恥心により瞬く間に赤面するマーガレットは、咄嗟に顔を手で押さえるが、耳まで真っ赤に染まっていた。


「あははは。大丈夫だよ。醜聞を気にしてた?それは気にすることない。」

「そういう事ではありません‼︎」


 ゴードンは、マーガレットを揶揄いながら愉快に言い争いをしていた。一方でライオネルは、二人の会話に一切入ってこなかった。ゴードンは、気になり視線を向けると、顔や耳が真っ赤に染まり、口元を手で押さえて悶えていた。


「ライル、大丈夫か? 妄想してたのか?」

「違う‼︎ 怪しからん!マーガレット、お泊まりは許可しないから、安心して仕事に戻りなさい。」

「殿下、お心遣いありがとうございます。お茶が冷めましたので、淹れ直して参ります。」


 マーガレットは、ティーカップを回収して奥の部屋に消えていった。

 ゴードンは、マーガレットの後姿を目で追いながら見つめていた。


「ゴードン、あまり揶揄うな。彼女が可哀想だと思わないのか。」

「怒った顔も、困った顔も全部可愛いからさ。ついつい。」

「本人は、意地悪されていると思ってるかもしれないぞ。」

「え⁉︎ そうなの?うそ?いやいや、それは流石に無いのでは…。」


 ゴードンは、ライオネルの忠告を否定するも、じわりじわりと不安を募らせていた。終いには、堂々巡りの自問自答を繰り返していた。


「お茶はこちらに置いておきます。このサンドウィッチは、ゴードン様の手作りでしょうか。お料理お上手なんですね。」


 突然、背後から話しかけられたゴードンは、肩がビクッとなって驚いていた。ゴードンはマーガレットの存在に全く気付いていなかった。

 マーガレットの方へと視線を向けると、頬が赤く染まっていた。


「あまり、見ないで下さい。緊張します。」


 マーガレットは、小走りで隠れ通路の入口まで行くと、深々お辞儀をして足早に去って行った。


「もしかして、聞こえてたかな?」

「どうかな。」


 ライオネルは、素知らぬ顔でお茶を飲んでいた。ライオネルは、ゴードンとマーガレットが幼い時から両想いであるのは知ってはいるが、二人の煮え切らない態度がなんとも面白すぎて、傍観者として見守る事に呈していた。


(今日は久々にいい朝だ。)


 ライオネルは、ほんの一時の幸せをゆっくりと噛み締めていた。


◇◇◇

 ライオネルは、肝心な事を忘れていた。


 執務机の引き出しに、ネモフィラの絵が描かれた封筒が一通置いてある。


 マーガレットにエミリア宛の手紙を届けるよう命じる予定であった。

 しかし、完全に頭から消えていた。


 エミリア宛の手紙は、昨日帰る馬車の中で些細な喧嘩をして、機嫌を損ねたエミリアへの謝罪文である。

 リリーローズの話ばかりするライオネルに、エミリアは苛立ち、口喧嘩が勃発した。意図不明の喧嘩に困惑するライオネルに、エミリアの苛立ちは増す一方であり、結果的にライオネルは、愛称呼びを禁止する罰を与えられた。


 今日マーガレットは、手作りの焼き菓子をエミリアから預かっていなかった。毎日の日課であるがーーーおそらく、まだ昨日の喧嘩を引き摺っているに違いない。


 マーガレットは、薄々勘づいてはいた。

 ライオネルは、全く気付いていなかった。


「あ! あーもう。はぁー。」


 ライオネルが気付いた時には、既に手遅れであった。書類にサインをする手が止まり、引き出しを見ながら項垂れるライオネルに、ゴードンは事情を訊ねる。

 ライオネルが事情を説明した途端、ゴードンは笑いを堪えれず思わずぷっと吹き出し、その後、腹を抱えて笑っていた。


 存外、ライオネルとエミリアの方が、互いに煮え切らない態度である。それは、当の本人達が一番良くわかっていると思うがーーー


 ーーーゴードンは、一向に進展しない二人の関係を長年、温かく見守っていた。




 今回は、かなり長文になってしまいました。読みにくいとは思いますが、読んで頂けたらとても嬉しいです。

 次回から、漸く本題に入ります。

 そして、サブタイトルを分かりやすくしようと思っていました。突然、変わると思いますが宜しくお願い致します。

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