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2.二人の出会い

 ライオネルが七歳になってから、度々王宮でお茶会が開催されるようになっていた。

 要するに、お茶会という名目の王太子婚約者候補の選定である。大人達の計画に、子供が利用されているのが不愉快極まりない。

 ライオネルは必然的に主役なので、有無を言わさず強制参加である。

 今朝も侍女達に囲まれて、何やら慌ただしくなり、ライオネルは一層気分が落ち込んでいた。


「うーーっ。母上、今日は頭が痛いです。今日のお茶会は欠席させていただけないでしょうか。」


 ライオネルは布団の中で頭を抱えて、うずくまりながら弱々しい声を出していた。さも痛いように、猛烈にアピールしていた。

 本当は、仮病だけれどーーー。


「あら、大変。そんなに痛いならお茶会が終わった後、レンモール湖には行けないわね。残念だわ。新しい釣竿を持って行こうと思っていたのに。分かったわ。今日は一日お薬を飲んでゆっくり寝ていなさい。」


 ライオネルの母親である王妃マリアンヌは、布団の上からライオネルの背中を優しく撫でて、部屋から立ち去ろうとする。


「え⁈ 母上、今なんて言いました? え、えー!今日、レンモール湖に行ける!やったー‼︎」


 マリアンヌの言葉を聞いたライオネルは、布団から出るとベッドの上でジャンプしていた。ジャンプしたままベッドから降りた時には、マリアンヌが無表情のまま笑みを浮かべて、ライオネルを冷ややかな目で見ていた。

 侍女達がくすくすと笑いを堪えている様子を見ながらライオネルは、心の中で仮病作戦の失敗を確信して、自分の失態を嘆くしかなかった。


(あっ!しまったー。やっちまったー。)


「あら、まあ、頭は痛くないのかしら。こんなにお元気ならお茶会も出れますよね、()()()殿()()。嘘をついた罰として、今日は私の指示に従って頂きます。わかったわね。返事は‼︎」


 マリアンヌが、ライオネルに王太子殿下と言う時は、『いいえ』は全く通用しない。更には、王太子として威厳ある返答をしなければ許してくれないから、厄介であった。


「はい‼︎()()()。善処します!」

「宜しい。メイラごめんなさいね。後はお願いね。」

「はい。畏まりました。王妃様ありがとうございます。」


 第一王太子専属侍女のメイラは、深々と頭を下げてマリアンヌにお辞儀をした。

 結局、母上には誰も敵わない。

 国王である父上でさえも、怒られて土下座をしていたくらいだ。


 王宮一番の強敵(ボス)である。


「大丈夫ですか?」とメイラが心配そうにライオネルを見つめていた。


「母上には勝てないとわかっているけどさ………。お茶会に行きたくないんだよなぁー。いつもわがままを言ってごめんね。あのさ、今日はがんばるから、抱きしめて欲しいな。」


 メイラは、ライオネルをそっと包み込むように抱き締めて、優しく背中を撫でながら「お茶会で良い事があるかもしれませんよ。元気出して下さい。」と温かい眼差しで微笑み慰めていた。


◇◇◇

 とうとう、大嫌いなお茶会が始まった。


 ライオネルが登場するや否や、今日もまた負けじとひしめきあう令嬢達に、ライオネルはうんざりしていた。

 母上の指示通りに恒例の挨拶を終えると、次々と近寄って来る令嬢達の訳の分からない会話を笑顔で永遠と聞いて、終いには令嬢達が我先にと薦める食べたくもない甘いお菓子を嫌な顔せず食べ続けた。


 ライオネルは心身共に限界を超えていた。


 母上に見つからないように平然を装い、いかにも自然な動きと見せかけて、会場から逃げ出していた。庭園の外れまで走ると、探しても見つかり難い生垣の裏に隠れて、姿が誰にも見えないように、急いでその場にしゃがんだ。


(あーやっと逃げれた。今日は一番ひどかった。もうこりごりだ。まったくもう!何がお茶会だ!)


 「はぁーー。」


 愚痴をこぼすライオネルは、子供らしからぬ大きな溜息をついていた。


「大丈夫?ため息をつくと幸せが逃げて行くそうよ。」


 突然、少女に話し掛けられたライオネルは驚きのあまり体がビクッとなり、立ち上がって後退りをしていた。


「あ、ごめんなさい。びっくりさせたわね。おわびに、はいこれどうぞ。」


 少女は、ライオネルに頭を下げて謝ると、白い紙に丁寧に包まれた小さな物を渡してきた。包紙を開くと、中には青い花の飴が一粒入っていた。


「それね、今朝作ってもらったの。今日のお茶会のために準備していたのに、お母様に見つかったら『飴なんて甘いものは王子様は嫌いよ。恥ずかしいから持って行くのはやめなさい。』って言われて。でもせっかくきれいに出来たのよ。だから、こっそり持ってきたの。あめのお花は、ここに咲いているお花と一緒で、ネモフィラというお花なの。お城にも咲いていると聞いたから、ちょっと探してたの。でね、さっきやっと見つけたの!あー、またぺらぺらと話をしてしまったわ。悪いくせなの。許してね。………あのー、あめは嫌いですか?」


 少女はライオネルの顔を覗き込み、目と目が合った瞬間、花が綻ぶような満面の笑みを浮かべた。少女の頬は、ほんのりピンク色に染まり、瞳はネモフィラの様に、スカイブルーの色で輝いている。

 ライオネルは突然の出来事に言葉が出ない。首を横にふるふると振ることしか出来なかった。


「よかった‼︎じゃあ、私は用事があるのでここで失礼します。会えて良かったです。王太子殿下。」

「え⁉︎」


 少女は美しいカーテシーをして、手を大きく振りながら遠くへ行ってしまった。


 一瞬で恋に落ちた。


 いつから自分が王太子と気づいていたのだろう。ライオネルは名前を聞くのを忘れたことすら忘れて、呆然と立ち尽くしたまま、眼下に広がる花をただただ見つめていた。


(なんて可愛らしい少女だ。もっと話をすれば良かった。あめのお礼も言えなかった。あめは大事に取っておこう。はぁー。もう一度会えないかなぁ。もう一度会ったら、ここでお茶会をしよう。あっ、その時までにたくさんあめを作ってもらって準備しよう。他にも好きなお菓子はなんだろう。)


 妄想ばかりが頭の中にふくらむライオネルは、周りの音は一切聞こえていなかった。


「ライオネルどうしたの?ライオネル何かあったの?ライオネル聞こえてる?ライオネル‼︎」


 マリアンヌに腕を引っ張られて、ライオネルは漸く正気に戻る。


「え?母上、どうしましたか?」

「どうしたではないでしょう。急にいなくなるから、探したのよ。ここで何していたの?さっきから呼んでも返事もしないで。全く困った子ね。」


 マリアンヌは溜息を吐いた後、ふと、ライオネルの顔を見た途端、驚いてしまう。


「あら⁈ ライオネル、あなた顔が真っ赤よ。大丈夫?熱でもあるのかしら?やっぱり朝の頭痛は本当だったのかしら?もうお茶会はお終いにしますから、侍医に診てもらいましょう。」


 マリアンヌはライオネルの腕を引っ張りながら、近くに居た侍女を呼び、自室に連れて行こうとしていた。けれど、ライオネルはもう少しここに居たくて、僅かながらに抵抗する。


「大丈夫です。母上。顔が赤いのは…違います。だから心配しなくても大丈夫です。」

「え?そうかしら。本当に大丈夫なの?」


 ライオネルは、母マリアンヌと押し問答をしていると、目の前を先程の少女が、母親らしき人に怒られながら歩いて来るのが見えた。

 すると、母マリアンヌが急に目の前を歩く母親と少女に話し掛けた。


「あらまあ、アリアナじゃない。あら、そちらは、エミリアちゃん?大きくなったわね。貴方にそっくりね。」

「あー、やっと見つけたマリアンヌ。何処にいたのよ。もう、娘もいなくなるし、ここ広すぎて探すの大変よ。」

「ちょっとお母様、王妃様と王太子様の前なのよ。ちゃんとして!」と少女は母親の腕を引っ張り、小声で怒っていた。

 けれど、アリアナは娘に怒られても平然としていた。


「良いのよ、エミリア。マリアンヌは親友なの。まあ、腐れ縁みたいな感じだけどね。ふふふ。」


 アリアナは額の汗を拭きながら、綺麗な顔に似合わず、愉快な表情で豪快に話していた。


「もう、何よ腐れ縁って。で、何か用事があるのでしょう、手短にお願いね。ふふふ。」

「あ、そうそう、また忘れる所だったわ。今日の主役の王子様に挨拶をしようと思いまして。だいたいね、挨拶をしたくてもあんなに囲まれてたら、出来ないわよね。皆さん寄ってたかって凄いから。では、早速。ね、ほーーら。」


 アリアナは娘のエミリアに目で合図すると、エミリアはライオネルの前に立ち挨拶を始める。


「グランド公爵家長女のエミリア・ネモフィー・グランドと申します。私はみんなにリアって呼ばれています。もし宜しければ、リアって呼んでいただけたら、とても嬉しいです。」


 再び、美しいカーテシーをするエミリアは満面の笑みを浮かべて、ライオネルを見ていた。


(あーやっぱり可愛らしい。エミリアって名前だったんだねー。あれ、ネモフィーって、さっきの花の名前に似てる!へぇー。まさにもうお花の様に可愛いなぁ。僕もリアって呼びたいなぁ。いいのかなぁ。いやいいよね。)


 ライオネルはエミリアに見惚れてしまい言葉が出てこない。自然と顔や耳が、じわじわと赤くなっていた。


「あららら?王子様のお顔が真っ赤っかですわ。」

「あら、本当だわ。あれ?もしかしてさっきのは………あーそういうことね。もう二人は会っていたのね。そうよねライオネル?」

「はい。母上。すみません。だから大丈夫だと………。こほんっ。私は、ロズウェル国第一王太子ライオネル・エスバーン・ロズウェルと申します。え、と……リア、先程はあめをありがとう。お礼を言えなくてごめんなさい。……僕もライルって呼んでほしい。いいかな?」


 ライオネルはお辞儀をして、エミリアを見つめていると、「……はい。ライル様でもよろしいでしょうか。また、たくさんお話しましょうね。」とエミリアは微笑みながら真剣な眼差しでライオネルに応えた。

 ライオネルは、エミリアの可憐な笑顔を見た途端、心臓の鼓動が早くなり、ドキドキが止まらなかった。感情が昂るライオネルは、思わず本音を漏らしてしまう。

 ライオネルは、毎日のように少女に会いたいと思っていた。


「ああ、ぜひ明日にでも。」

「え?明日ですか?」

「あ…う…んと。だめかな?」

「明日…あっ!お母様、明日良いでしょうか?ねぇ、聞いてます?」 

「え?あ、はいはい、分かりましたよ。では、明日の庭園の仕事に一緒に来ましょうね。」

「やったぁー!ライル様ありがとうございます。」

「いいえ、どういたしまして。では、明日お待ちしています。」

「はい!」


(うーん??僕に会いに来るのを喜んでいるんだよね?ま、いいっか。明日も会える。やったー‼︎)


 子供達は大喜びしているが、母親達は神妙な面持ちで、我が子を見つめていた。


「アリアナ、なんだかごめんなさいね。どう見ても好きになっているわね。でも仕方ないわよね、今までで一番可愛いですもの。」

「え、そう?そんなことないわよ。それよりマリアンヌ、謝らなくても大丈夫よ。うちの子は全然その気じゃないから、安心して。今日の目的は無事達成出来たから。あの子、完璧に仕事の顔してるわ。さすが、私の子。」

「え⁈ どういうことかしら?」

「ふふふ。こういうことよ。」と、アリアナは手でコインの形を作り、口元を緩めていた。

「え⁈ お金が欲しくて、今日ここに来たの?」

「ええ、そうよ。そうでもしないと来ないわよ。こんな面倒な仕事。」

「はぁー?仕事って!全く呆れるわ。もう、何から何までほんと貴女にそっくりね。はぁー、可哀想なライオネル………。」


 マリアンヌは呆れて言葉を失い、ライオネルを侍女に任せてその場を立ち去って行った。


 そんな中、後に控えていたメイラは、頭を悩ませていた。


 メイラの妹は、グランド公爵家で侍女をしており、エミリア嬢の事を度々聞かされていた。

 今日のお茶会に出席すると聞いて、ライオネルが遅かれ早かれ、エミリアに好意を抱くことを予想はしていたものの、複雑な事情も知っていた為、やるせない気持ちを葛藤させる。


 メイラはお茶会前、ライオネルに『良いことがありますよ』と言ってしまった手前、もう元には戻せなかった。

 自分の発言に後悔しながら、メイラはライオネルを見守ることしかできなかった。


 そんな大人達の事情を、ライオネルは知らない為、この時はまだ何も分からなかった。

 否、分かりたくもなかった。



 あまい初恋は、儚くも無惨に砕け散った。


修正したら、かなりの長文となってしまいました。読みにくくなりまして、大変申し訳ございません。

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