19.ライオネルの日常
ライオネル視点となります。
「もう朝か。」
寝室のカーテンを開ける。
いつもと変わらない朝を迎えていた。
王宮の東棟にライオネルの自室がある。身支度を簡単に済ませ、食事をする為に、西棟のダイニングルームまでゆっくりと足を運んでいた。
夜遅くまで、政務に勤しんでいたので、足取りはいつもより更に重く感じる。
歩いて五分以上かかる道のりは、いつもながらに遠く感じてならない。
東棟は、十年の歳月を経て、大きく変貌を遂げていた。
元々、老朽化が進む建物を修復しながら生活していた為、十年も経てば廃墟風に劣化してもおかしくはない。いずれ、解体して新しい城を建てるそうだ。それは、ライオネルを退いてからのようだが…………。
辛うじて、使用出来る部屋は数部屋残っているが、殆どは物置と化しており、使用可能な部屋は、自ずと今現在使用している自室しか残されていなかった。
部屋中に置かれた物の数々、十年でこれだけ散財できるのは、逆に凄いことであり、民が知ればどう思うだろうか…………。
見ての通り、執務室や書斎などはない。いつも自室で全ての事を済ませていた。
食事も一人で済ませていたが…………。
急に数ヶ月前から、国王陛下の命令により西棟のダイニングルームで食事をせざるを得なくなっていた。
ライオネルにしてみれば、言わば拷問の時間である。
廊下を歩いていると、西棟のダイニングルームの方から、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
(家族団欒ですか…………)
「失礼します。おはようございます。遅くなりすみません。」とダイニングルームに入り、直ぐに挨拶と謝罪を述べた後、深く礼をする。
クレイアス国王陛下が私を見て挨拶をするが、王妃と第二王太子は、一瞥した後、料理を食べる手が些か早くなっていた。
自分の席に座った途端、三人は食事を終えて去って行った。
いつもと変わらない光景に、なぜわざわざ西棟まで足を運び食事をする必要があるのかと、思案したところで、答えはそもそも存在しない。
一人で黙々と味のしない、全てが灰色の料理を胃に流し込む。
ーーーライオネルは、あの日から、ここにはいない。いつまでも変わらない日々は、終わることなく続いていた。
食事を終えて、再び東棟の自室へゆっくりと歩いて戻るライオネルは、自室の扉の前に人がいることに気づく。
ゴードンが、扉の前で右往左往していたのだ。
「おはよう、ライル。どこ行ってた?いやぁーここ秘密基地みたいで、わくわくしたよ。」
「そうか。ぼろいだけだ。」
ゴードンは、ライオネルの後を歩きながら問い詰める。
「顔色悪いぞ。大丈夫か?しっかり寝たか?食事は?まだ、味も色もないのか?ここに一人で住んでるのか?侍従は?それより護衛は?」
「随分とお喋りだな。何も変わりない。」
「そうか。」とゴードンは呆れたように溜息を漏らした。
ゴードンは、人影のない、暗い建物内を一人で歩いて来たに違いない。
ゴードンの不自然な明るい振る舞いと取り繕う言葉に、恐怖に怯えているのが、ライオネルにはよくわかる。
迎えに行かない自分を責めて、後悔した。
いつからであろう、気がついた時には、東棟にはライオネル一人しかいなかった。
皆、西棟に行ったきり、帰って来ない。
ゴードンを見ながら、当たり前であった日常は、当たり前ではなかった事に気付かされる。
長い一人生活が、感覚を麻痺させていた。
しかし、不合理な制約により、現状を打破したくても、どうすることもできない。
諦めるより他ない現実が、生きる意味を考えさせる。
終わりの見えない日常から、勢いよく羽ばたいて、自由に飛べる日を想像するライオネルであった。




