17. 計画の全容
エミリアはライドを見た途端「え?なぜお兄様が来たの?」と怪訝そうな顔をした。
ライドは拍子抜けしたような顔で、軽く溜息を吐き、期待外れの言葉に肩を落とした。
「今日は、屋敷に残っているのが私とスミスだけでな。キキが来たから、大至急かと…。」とライドは腕を組み、エミリアを呆れ顔で見ながら再び溜息を吐いた。
「「キキ?」」とライオネルとゼンは口を揃えて尋ねる。二人は顎に手を置き、首を傾げていた。
「グランド公爵閣下が飼っている鷹です。」と紙に字を書きながらゴードンが説明する。
相変わらず、言葉足らずなゴードンに、エミリアは補足する。
キキは、グランド公爵閣下が雛の時から飼育・調教した鷹である。狩猟の他に、通信手段として利用している。笛の音で目的地まで正確に辿り着き、足に文を括り付けると必ずグランド公爵閣下の執務室に戻るように、訓練で習得させている。連続飛行は不可能であり、大至急案件のみ利用可能としている。
その為、執務室にいたライドが大慌てで学園に向かって来たという訳である。
「鷹ですか。面白そうですね。それより、エミリア様、御報告しても宜しいでしょうか。」とゼンは鷹に興味を示すも、窓から見える夕日を目にした途端、少し慌てながら話を変える。
「すみません。お時間ありませんよね。簡潔で宜しいですから、王太子殿下への報告も兼ねて宜しくお願いします。」とエミリアも少し慌てた様子であった。
ゼンが、短く端的に早口で報告をした。
まず、カイアスとリリーローズは、言葉には表していないが、相思相愛になった。
ジルアン第一皇太子主催のお茶会は、カイアス同伴で出席する。
一週間後のお茶会に向けて、急ぎ帝国へ使いを出す。
カイアスより使者は、エミリアが手配した護衛に依頼するよう命令があり、カイアスは現状を知らない為、ゼンが事情を報告した。内容は、前任の護衛は帝国側の標的になるが、命令通り巧妙な話術で回避して、皇室潜入調査の任務遂行中。帝国側の配下にある現任の護衛は、身柄を確保し尋問調査中という内容であった。今後は詳細報告を怠らぬように忠告される。
お茶会は、従者一人同伴可能の規定あり。カイアスはラリーシュシュ辺境伯家執事に変装して同伴する。
ジルアン皇太子はリリーローズに好意を寄せている物的確証があり。リリーローズには囮役を演じてもらい、ジルアン皇太子暗殺の作戦を実行する。リリーローズ本人から作戦の了承は得ている。
お茶会には、私を含め既に潜入中の反政府組織の一員が数十名、後方援助として会場に配置する。お茶会参加名簿と宮殿の配置図、準備する武装武器は、追って報せをする。
また、急遽追加でジルアン皇太子暗殺前に、ラリーシュシュ辺境伯閣下の身柄確保と皇太后の暗殺を同時に遂行する。二人の子である研究員の男性については、おそらくお茶会前日に葬る予定。
ライドより、お茶会には潜入調査中の一名を含む計五名の従者をグランド公爵家から派遣して、主に辺境伯閣下の身柄確保とリリーローズ護衛の任務にあたると報告した。
そして、ゼンに分厚い本を手渡した。本には、グランド公爵家の武器庫に保管されている武器一覧が、挿絵付きで詳細に記されていた。ライドが呼ばれた理由はなんとこれだけであった。
「ジルアン皇太子を暗殺する目的は。」とライオネルが唐突に尋ねる。ライオネルはカイアスが皇帝に君臨する日を待ち望んでいた。先程、耳にした情報に期待を大きく膨らませていた。
「カイアス皇太子を皇帝にする為です。」とゼンは堂々と断言する。
ライオネルは、ゼンの自信に満ち溢れた表情に、口元が緩み笑みを浮かべた。
前皇帝が崩御して、新皇帝は不祥事により近々退位する報告を受けていた。それら全ては、ゼン率いる反政府組織の策略であり、ゼンは元暗殺者であると告げられる。
更に、既にジルアン皇太子派は衰退しており、絶好の機会を逃すまいと、お茶会主催を企てたのは、なんと宰相である。実質、ジルアン皇太子の側近である彼は、実はカイアス皇太子派であった。重鎮達の殆どは、ジルアンの傀儡であり、いつ殺されてもおかしくない状況に、支配下から逃亡する機会を伺っていたそうだ。
宰相の手慣れた駆け引きが功を奏し、予想通り策略にはまったジルアン皇太子は、リリーローズに好意を寄せ、自らお茶会を提案した。
そして、皇太子妃として迎え入れる準備を命令され、専用の宮殿を建築中である。
建築中の宮殿には、隠し部屋が幾つかあるので、お茶会前日から潜伏して備えると話していた。
先の未来について、ゼンから相談がある。
カイアスは、リリーローズを皇后妃にと切望するが、民衆の反感を買うことは不可避である。
まずは、父親を早急に処罰する必要がある為、迅速な対応を依頼される。
そして、爵位を大公に陞爵する可否を問われる。
表面上、帝国の民衆がリリーローズの祖父ライアン様に復讐心を抱き好戦的であるとなっているが、前皇帝が捏造した情報であり、本当は英雄として称賛されている。逆に、一国の英雄が辺境伯領で生涯を終えたことに民衆は不満がある。過去の功績を称え大公の爵位を与え、ライアン様を稀代の英雄として後世に残したいと望んでいる。
リリーローズが大公の爵位で、皇后妃に決定した方が、反感も抑えれると話す。
これにはライオネルも同意見であった。
「陞爵式典の際は、カイアスと参列お願いします。」とゼンには、確実に陞爵すると約束した。
ゴードンを一瞥すると、溜息を吐きながら項垂れていた。更に難航を極める問題に、頭が痛くなるのも確かである。
一方でエミリアは、悲痛な面持ちで夕日に照らされいた。
ジルアンがリリーローズに一通の手紙を送る。手紙は、愛しい女性の手には届かず、宰相からゼンの手に渡る。
手紙は、卑劣で凶悪な人間が書いたと思えない、純粋な気持ちを綴った恋文であった。
キールッシュ帝国に、足繁く通うリリーローズの様子は、嬉々として仕事に没頭していた。仕事仲間の男性との会話に笑いが絶えることはなかった。作り笑いしか見た事のない男性の本当の笑顔を見て、更には頬を染めて女性を見つめる姿に、微笑ましく思い、温かく見守り続けてきた護衛は、女性をとても心配していた。報告を受けたエミリアもまた、同じ気持ちであった。
おそらく、リリーローズは男性の気持ちに気付いている。もしかして……。
男性の豊富な知識に興味津々なリリーローズは、男性に対して明らかに好意的であった。
『ずっと一緒に仕事ができたら良いな。』
リリーローズの言葉は実現することはない。男性はこの世から抹消される。
ジルアンの恋文を報告されていないカイアスとリリーローズ。
茶会で真実を知って平静を保てるであろうか………。
リリーローズへの一抹の不安が払拭されないエミリアであった。




