16.闇事業の実態
ライオネル、ゴードン、エミリアの三人は、中庭を一望できる隠し部屋で、時が過ぎるのを待っていた。ーーー三人はこの先を見据えていた。
この部屋は、王命により学園建設時に作られた諜報員の仕事部屋である。他にも幾つか部屋があり、知っているのは、この部屋だけである。
学園の生徒から情報収集する任務で、読唇術を得意とするエミリアは、この部屋から双眼鏡を片手に、昼食を食べるのが日課であった。
ロズウェル国は、隣国と未だ敵対的関係であり、国内の不安定な社会情勢も相まって首都近郊で物騒な事件や悪質な取引などが横行している。国内外の貴族が通う学園は情報の宝庫であり、諜報員には格好の場所であった。
先日、諜報員の調査報告書により、アルマンド侯爵一族は人身売買の罪で死刑を科している。まさかラリーシュシュ辺境伯閣下も共犯であるとは……。
ライオネルは、未だ信じ難い事実を受け入れられずにいた。
ラリーシュシュ辺境伯は、近々、大公の爵位を陞爵する予定であった。難儀した書類が揃い、漸く政務官の承認を得た。大臣の決裁を仰いでいるが、陞爵取消を報告する他ない。
また、辺境伯には嫡男がいない。次期当主候補が女性でリリーローズとなると、上位貴族への根回しとカイアスは……。
思案顔のライオネルを見たエミリアは、深く溜息を吐き、重たい口をゆっくりと開いた。
端的に報告された酷い内容に、ライオネルとゴードンは苦悶の表情を浮かべていた。エミリアが躊躇するのも頷ける。
アルマンド侯爵一族の闇事業は、人身売買目的でロズウェル国民を拉致監禁、取引で得た利益でキールッシュ帝国に研究施設や娯楽施設を建設し運営、拉致した人間を施設で利用するという巧妙な手口である。
帝国には利益を社会に還元していると見せ掛け、無料のものから収益を得る汚いやり方に、怒りが込み上げてくる。ライオネル、ゴードンは掌を強く握りしめていた。エミリアは、二人を見ながら報告を続ける
拉致監禁対象は、戦争難民や孤児院の子供、犯罪者、病人などの平民が主である。キールッシュ帝国に搬送された後、人体実験材料や奴隷、労働者、娼婦・男娼などで取引される。
ラリーシュシュ辺境伯閣下は、有毒植物の無毒化実験の人体材料として利用していた。しかし、実験の失敗により犠牲者が多い為、最近は帝国人を利用している。
キールッシュ帝国皇太后とは、共同で娼婦や男娼の育成・管理、娼館や売春宿の経営を行なっている。
ラリーシュシュ辺境伯閣下は、アルマンド侯爵時代から、皇太后の男妾であり、皇太后妃との間に男女合わせて六名の子を授かり、一名は研究員として、辺境伯閣下の研究所に勤務。他の七名は、ジルアン皇太子の配下に暗殺されている。
ラリーシュシュ辺境伯閣下の身柄を帝国側が確保した場合、即座に暗殺又は最悪の場合、隠匿や国外逃亡も示唆される為、当国での身柄確保の可否判断と採決を早急に行う必要がある。
帝国皇太后も絡む問題であり、有利に働くよう穏便に処理したいと意見提示をされた。二人は当然ながら直ぐに同意した。
そして、帝国側に陳情する書類は出来次第カイアスの従者ゼンに内容確認を依頼するようにと告げられた。
ライオネル、ゴードンは「「え⁈」」と素っ頓狂な声を出して、目をパチクリさせていた。
何故、ラリーシュシュ辺境伯閣下の身柄確保にカイアスの従者ゼンが関与しているのか。
それとなく直感で気付いていたが、裏に隠れた壮大な計画の全容は未だ二人は知らず、再び思案顔になる。
そんなライオネルをよそに、エミリアは不敵な笑みを浮かべていた。
ゴードンは、辺境伯閣下身柄確保の原案を紙に走り書きするのに集中していた。
突然、隠し部屋に二人の男性が現れる。ライドとゼンである。
二人が来た理由は、言うまでもなく、これから繰り広げられる壮大な計画を報告する為であった。