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14. 帝国と辺境伯

 「ええと。お茶は送られてきまして……。」とリリーローズは震える手を握りしめながら、たどたどしい口調で話す。


 「贈り物のお茶を出して、我々にどうしろと。何か他に言いたい事があるのではないか。」と真意を探る為にライオネルが問い質す。口調に怒気が混じっていた。


 「………」


 「「「「はぁーー。」」」」


 リリーローズ以外の四人全員が一斉に溜息を吐いた。当の本人はというと、甚だしく悪い状況に内心焦っていた。次第に焦りを隠せず、目が泳ぎ、挙動不審になっている。


 エミリアは、リリーローズから何も聞いていない。護衛からの報告もない。今日突然、手作りの昼食を差し入れしたいと言われ、今に至る。異様な行動や言動に、裏があるのは分かるが、真実を押し隠すほど、深刻な事態が起きているとしたら……。大凡見当は付いていたが、読みが的中していれば非常事態である。後は適任者に任せた方が安心安全であった。暫く聞き役に徹した。


 推し黙るリリーローズに痺れを切らし、カイアスが問い質す。

 二人は暫く押し問答をした後、リリーローズが先に折れた。カイアスの怒気を含んだ口調と滲み出る殺気に、平伏すしかなかった。 


 漸く語られる真実に一同驚愕してしまう。


 一週間前、ラリーシュシュ辺境伯家にリリーローズ宛の小包が届く。小包に押印された紋章からキールッシュ帝国皇室から送られてきたと直ぐに分かった。中にはお茶と一通の招待状が入っていた。招待状にはこう記されていた。


『先日の寛大な御配慮と温かい御言葉を頂戴し、御厚情痛み入ります。心ばかりの品ですが、どうぞお受け取り下さいませ。

 この度、皇室内の庭園にて季節恒例のお茶会を催し、異文化交流を深めて参りたいと存じます。ご多用の折とは存じますが、ご来席をお待ち申し上げます。』


 文面の最後には、ジルアン・キールッシュと記されていた。


 最初に招待状を確認したのは、御母様であり、御父様は仕事により不在であった。直ぐに、王都のタウンハウスへ使いを出し、翌日には私のもとに現物が届く。一緒に御母様からの手紙も添えられていた。

 手紙には、信じ難い内容が記されていた。

 先ず、御父様には帝国からの招待状と贈り物に関して、一切伝えていない事。御父様はキールッシュ帝国に有毒植物無毒化の研究開発事業で入国しているが、実は皇太后と如何わしい仕事をしている事。私がキールッシュ帝国に入国する際の世話役がジルアン皇太子殿下の側近である事。内容確認後は、手紙を焼却するようにと最後に記されていた。使者は、手紙を読み終えた私を見て頷き、直ぐさま手紙に火をつける。御母様の身の安全を約束し、辺境伯領地へ帰って行った。


 羅列で記された手紙の文字が脳裏に焼き付く。衝撃的な事実に、一切何も手に付かず、暫く二、三日は物思いに耽り、部屋に閉じこもっていた。


 御父様には、ラリーシュシュ辺境伯家の血筋はない。元は、アルマンド侯爵家次男として生まれ、嫡男の兄がアルマンド侯爵家を継ぐ為、良縁により婿入りしたと聞いていた。皇太后とはいつ何処で……全くそんな素振りを見せなかった父親に、まさか裏の顔があるとは未だに信じられなかった。

 御父様は、私がカイアス皇太子殿下と接触しないように牽制していた。言い付けを守り、変装までして学園に通い、一切の関わりを断ち切るように生活していた。

 それは、お祖父様が生前にキールッシュ帝国人には用心する様に警告していた為、御父様はお祖父様の言葉を忠実に守り私に警告していると思っていた。

 全ては皇太后様の為であったとは……。考えるだけでも、気持ちが悪くなり、吐き気がした。


 そもそも、私はキールッシュ帝国を警戒する理由を何も知らない。知ろうともしなかった。

 お祖父様が生きていれば……。過去の出来事を知らな過ぎて、現状を理解するのに苦しんだ。


 そんな矢先に、再び御母様が使いを出し、使者がタウンハウスを訪れて来た。先代の時から仕える執事が態々来てくれたのである。御母様が察して配慮したのであろう。執事は、私の思いを汲み取りながら話を始めた。


 ラリーシュシュ辺境伯の先代は、前国王の異母弟である。愛妾の子として産まれた異母弟は、次期国王の座を譲り、ラリーシュシュ辺境伯に婿入りさせられた。 

 当時、キールッシュ帝国と戦争をしていた為、前国王は辺境の地に追い出す事で、自らの手を汚さずとも、何れ戦争に巻き込まれて死ぬであろうと計画した。半ば強引に婚約を結び、結婚させられた。

 そして、本来であれば辺境伯ではなく、大公の爵位を賜る筈だが、戦争を理由に爵位が変わる事はなかった。これも、前国王の計画が実行された結果である。

 それでも彼は、国王を敵視する事はなかった。

 優れた戦術で私兵達と共に帝国軍と争い、王都の被害を最小限にしながら、停戦状態に追い込む事に成功した。その後、和平交渉の際も一役買って出た。

 民は彼を我が国の英雄と讃え、ラリーシュシュ辺境伯の後ろ盾がなかったら、帝国軍に侵略されていたと、皆が揃って口にした。

 けれど、戦の功績として褒賞すらなく、爵位も辺境伯のままであった。しかし、彼はそんな事は気にはしていなかった。政略結婚と言えども、妻を溺愛していたからである。愛する妻や妻の育った領地を守る事が出来て、この上なく満足していた。

 戦争後は、愛する妻と一緒に領地運営に尽力した。領地の基盤となる花の品種改良や研究開発は彼が発案した。戦で貧困に苦しむ領民達の為に、仕事を与えて協力を得ることで、領地の発展を僅か数年で成し遂げた。現在も、彼の教訓をもとに絶やすことなく継承し続けている。

 しかし、キールッシュ帝国では、ラリーシュシュ辺境伯に恨みや復讐を抱く人々が多くいた。戦で愛する者を失ったのは、お互いに同じ境遇であるにも関わらず、好戦的な姿勢であり続けた。それには、文化の違いが大きく影響している。捉え方は多種多様であるから仕方のない事であると諦め、帝国人には疑いの目で接する様にと領民達は厳しく教わっていた。

 旦那様も婿入りした当初は、大旦那様や領民達と協力しながら、細々と暮らしていた。

 しかし段々に、生家のアルマンド侯爵家が画策する闇事業に再び手を染め、キールッシュ帝国と裏で繋がりを深めていった。大旦那様が気付いた時には、既に手遅れであり、辺境伯領民の安全を守る為に、敢えて口を閉ざし続けてきた。

 だがもう直ぐ、アルマンド一族諸共暗殺されますのでご安心下さいと言い放った。

 ここまではさほど重要ではない口振りであったが、父親の暗殺を知らされ顔面蒼白になり、言葉を失う。執事は、穏やかな表情で私の心が落ち着くのを待ってくれていた。

 そして、少し表情が変わったのを見計らい、私への重要な任務を伝える。それは、お茶会の招待状への返事についてであった。早急にカイアス皇太子殿下に相談する様にと忠告される。執事は、伝え終わると直ぐに辺境伯領地へ帰って行った。


 キールッシュ帝国に入国する事は危険な行為と重々承知していたが、迂闊であった。護衛がいなければ、危険回避は出来ず暗殺されていたかもしれない。改めてエミリアに感謝した。そして、自分の甘さに深く反省する。


 御父様は、キールッシュ帝国でも有毒植物の被害が多く出ている為、有毒植物に詳しい帝国人と協力して、有毒植物の無毒化を促進したいと新事業を立ち上げた。知人の紹介で有毒植物に詳しく、信頼のおけるキールッシュ帝国人に出会い、一緒に仕事をしていると直接、御父様から聞いていた。

 私も御父様に依頼されて、御父様が手配した方に案内や協力までしてもらいながら、何故か安心した気持ちで隣国に赴いていた。

 御父様を信頼していた為、疑う感情は持ち合わせていなかったからだと、今になって思う。


 

 突然、リリーローズは首を傾げた。


 「まさか、彼がジルアン皇太子殿下……」

 リリーローズは、真実を全て告げた後、ふと記憶が蘇りつい口にしてしまった。


 カイアスからじわじわと殺気が漏れているのを感じる。室内が急に冷えて寒い。

 「どういうことかな。」とカイアスはリリーローズを睨み、歯噛みした。


 「………」


 リリーローズは震えが止まらず、両腕で自分抱え込むようにしてうずくまり、肩で息をしていた。

 エミリアは、リリーローズを救出しようと歩み寄った瞬間、カイアスがリリーローズを後ろから抱きしめた。


 突然の出来事に、震えは止まり、抱きしめられたまま茫然自失するリリーローズ。


 ライオネル、ゴードン、エミリアも目の前の光景に、茫然自失した。ふと我に返り、裏口から消えていった。



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