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11.決断と清算

 「はあーーー。」


 エミリアは、深い溜息を吐いた。


 目の前には、給湯室の角でうずくまり、泣いているリリーローズが見える。

 無造作に床に置いたバスケットからは、調理したパンが飛び出して、床に転がっていた。

 エミリアは、一先ずパンを拾う。バスケットは、そっとテーブルの上に置いた。

 無惨にも犠牲になったパンは一個だけであり、まずはほっとして胸を撫で下ろしていた。


 「リリー?…………」


 名前を呼んではみたものの、反応はなく、すすり泣く音が微かに聞こえるだけであった。

 なにより、ドアの向こうから聞こえてくる大きな声が、癪に触っていた。


 エミリアは、リリーローズに掛ける言葉を思案するが、見つからない。

 隣に、寄り添うようにしゃがみ込み、背中を優しく摩ることしかできなかった。



 室内は静寂に包まれる。


 

 「ふぅーーー。」


 リリーローズは、指の腹で涙を拭い、両頬を掌で叩く。そして、ゆっくりと立ち上がり、深呼吸をして息を整えた。


 エミリアはしゃがんだまま、立ち上がるリリーローズを見上げる。

 晴れやかな横顔と輝く瞳を見た途端、エミリアは困惑した表情から一変して、頬が緩み笑みが漏れていた。

 

 リリーローズは、清々しい表情で、腕を高く上げて背伸びをしていた。

 そして、制服の皺を手で叩きながら伸ばして、掛けている伊達眼鏡を外した。手櫛で髪を整えた後、ポケットから取り出した紐で、髪を後頭部に一つに纏めて結び、長い髪を垂らした。前髪は、横に流して髪留めを使い固定している。


 そのまま、すたすたと歩いて給湯室の洗い場の前に移動すると、蛇口をひねり水を出し始めた。そしてなぜか、掌に食器用の石鹸を持ち、泡立てている。

 突如、その泡を顔に付けて優しく撫でるように顔全体を洗い始めた。


 エミリアは、予想外の行動に口をあんぐりさせて、ぼーっと立ち尽くしてしまう。


 すると突然、給湯室のドアが開く。


 リリーローズは、肩をビックとさせるも、顔を洗う手は止めれなかった。


 なんと、ゴードンがティーカップを載せたトレーを持って、給湯室に入って来たのである。

 

 「え⁈」


 ゴードンは、洗い場の光景を見た途端、目が点になっていた。

 

 リリーローズは、ようやく顔を洗い終わり、近くに置いてある台拭きの布で顔を拭いた。


 「「ええぇーーー⁉︎」」


 目の前で繰り広げられる二度目の予想外な行動に、二人は驚愕のあまり絶句する。

 

 リリーローズは、背後から視線を感じて振り返る。

 「あっ。淑女失格かしら。えへへ。」

 驚く二人を見ながら、どこか吹っ切れた様子のリリーローズは、エミリアがよく知る女性に戻っていた。


 ゴードンは手に持ったトレーをテーブルに置き、リリーローズに声を掛ける。


 「あのー、リリーローズさんですか?」

 「はい。そうですが。」

 リリーローズは、ゴードンと会話をしながらも、テーブルの上にあるトレーに載ったティーカップを洗い始めていた。

 「え⁉︎やっぱりそうですよね。思ってた以上に美人さんですね。」

 「お褒め頂き、恐縮です。お時間がありませんわよね。急いで準備に取り掛かります。リア、パンを準備して頂いてもよろしいかしら。」

 「あ、はいはい。一個、床に落ちてたのはどうしましょうか?」

 「捨てましょう。私は一個で十分ですから。」


 リリーローズは、ティーカップをパパッと洗い終えると、手際良くパンの盛り付けと持参したハーブティーを淹れている。

 そうこうしている内に、リリーローズ一人でほぼ全ての準備を完了させていた。


 まるで侍女の様な手慣れた所作が、とても美しすぎて二人は魅了されていた。

 いつの間にかまた、何もせずただ呆然と立ち尽くしていた。


 「お二人共、どうされましたか?」とリリーローズは動かす手を一旦止めて、二人を見る。

 「何から何まで、色々と凄すぎて……。」

 自然と頬を染めているゴードンは、眩いほど美しく輝いている女性の働く姿を目の当たりにして、言葉を失っていた。


 エミリアは、ふと我に返り、先程から気になっていた疑問を訊ねた。


 「リリー、食器用石鹸で顔を洗って、大丈夫なの?」

 「お化粧が濃いから、食器用石鹸の方が良く落ちるのよ。でも、肌荒れはするわよ。いつもはお手入れのクリームを塗るけれど。」と顔を手で触りながら、うんうんと頷いていた。肌の状態を確認していたが、そこまで肌荒れはしていなかったようだ。


 「さあ、準備が整いましたので、行きましょう。」

 「ええ、、そうね。それよりリリー、そのまま今日一日過ごすつもり?」

 「そうですよ、リリーローズさん。大丈夫ですか?」

 二人は、心配そうな表情でリリーローズを見つめているが、当の本人はというと「ええ、問題ないわ。」と飄々とした様子で、バスケットを片手に提げながら、五人分のティーカップを載せたトレーを持っていた。

 ゴードンは、リリーローズの姿に驚き、咄嗟に動いた。トレーに手を添えて支えながら優しく声を掛ける。

 さりげなく、紳士的な対応を見せた。


 「リリーさんって呼んでも良いかな?大の男がいるのに、御令嬢にこんなに沢山の物を持たせるわけにはいかないですよ。私が代わりにお持ちしますので、リリーさんは、パンの載ったお皿をお願いしても宜しいですか?運ぶ物が多いですから、ドアは先に開けておきましょう。もう開けても宜しいでしょうか?」


 女性二人は、ゴードンの言葉に頷く。

 リリーローズは一旦、トレーをテーブルに戻して、ドアが開くまで待機していた。

 ゴードンは給湯室のドアを開けて、近くに置いてあるドアストッパーを使用する為に、しゃがみ込んでいた。ドアストッパーを挟めようとしていると、こちらを見つめる二人の男性と目が合う。ライオネルは、微笑みながら立ち上がり、給湯室に向かって歩いて来た。


 その一方でカイアスは、椅子に座ったままリリーローズだけに視線を向けていた。


 お互い目が合う。微笑みながら見つめ合っていた。





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