101.葛藤と決心
投稿が遅くなりまして、すみませんでした。
市街地の中央に位置する時計塔の広場一帯とその周辺では、多くの屋台や露店が立ち並び、広場に設置された特設ステージでは、歌や踊りを披露する者や大道芸をする者までいて、未だかつてないくらい大いに賑わいを見せていた。
そんな中、人混みに紛れて姿を隠すエミリアは建国記念の祝賀パレードが行われる通りに向かい歩みを進めていた。パレードは国王や王妃、王太子、騎士や兵士達など、滅多にお目にかかれない方々を間近で見られるとあり、沿道には大勢の国民が集まり、開始の時を今か今かと待ち侘びていた。
いつにも増して厳重な警備・警護体制の中、大きな警笛を合図に近衛兵の騎馬行進からパレードが始まる。団服を身に纏った凛々しい姿を一目見ようと若い女性たちが群がり、続いて重厚な馬車を取り囲むように屈強な国軍の兵士達が現れる。意外にも国軍の兵士は端正な顔立ちの男性が多く、いわゆる美男子揃いであるが故に、女性達の視線を釘付けにしては、悲鳴のような歓声が上がるのであった。
そんな兵士たちに囲まれて、重厚な馬車に乗り現れた人物は、国民からの厚い信頼を得たクライシス国王陛下とマリアンヌ王妃陛下であった。国王夫妻の登場に沿道からの拍手や歓声は最高潮に達する。民の顔からは自然と笑みがこぼれて、誰もが平和と幸福をもたらした国王への感謝と祝福を伝えるのであった。沿道に集まる民に優しく手を振りながら、にこやかに微笑む国王夫妻の表情は慈愛に満ちており、エミリアは長きにわたる権力者の腐敗と悪統治が終わり、ようやく平和が訪れたことを実感するのであった。
歓声と拍手が鳴り止まない中、真っ黒な外套を纏いフードを目深に被った装いで、沿道にぽつんと佇む不審な人物に、警護にあたる国家諜報員が気づかないわけがない。エミリアの存在にいち早く気づくと速やかに対処に当たるのであった。見つかれば運の尽きであり、計画はあえなく失敗に終わるエミリアは、後方から忍び寄る黒い影二体に、勢い良く路地裏に引きずり込まれて尋問を受ける。なんとエミリアの目の前には、眉を吊り上げて怒りを露わにするライドとラナが立ちはだかり鋭い眼光で見下ろしていた。
「え⁈ 何でお兄様とラナ?」
愛想笑いしながら首を傾げて愛嬌を振りまくエミリアに、ライドは冷笑を浮かべて大きな溜息をつく。そして、ものすごい剣幕でまくし立てるように問い詰めるのであった。
「今日が何の日かわかっているのか!命令も守れない奴は諜報員失格だ!何をするつもりでいた?簡潔に答えろ!」
「そんなに怒らなくても………ええと、一目見ようと思いまして………ライラ様に渡されたドレスを着て、ほんの少しだけ見たら帰るつもりでいたのよ。すみません。もうパレードも終わりますから、おとなしく帰ります。」
「お嬢、どこに帰るんですか?」
「え?」
ラナはエミリアがもう二度と戻って来ない気がしてならなかった。帰還してからというものの、瞳には影が差して、表情も暗く、パレードを物悲しげに見つめるエミリアに不安が押し寄せるラナは、感情の赴くままに身体が勝手に動いていたのだ。ライドもラナと同じく、視界に捉えた瞬間、焦燥に駆られて、ハッと気づいた時にはエミリアを引きずって歩いていた。
一方で、ラナから不意を突かれて答えに詰まるエミリアは、今後はユニタスカ王国の為に身を捧げるつもりでいたので、もう二度とこの地に足を踏み入れない覚悟を決めていた。使者に依頼して王太子妃婚約者候補を辞退する手紙を国王陛下の机上に置いたエミリアは、ライオネルを一瞥した後にそのままユニタスカ王国へと向かう予定でいた。
エミリアは仲間内で一番に信頼おくラナに、今後の行く末を嘘偽りなく正直に答える。そしてすぐさまこの場を立ち去ろうと踵を返すが、咄嗟にエミリアの腕を強く掴むライドにぐっと引き寄せられて抱きしめられてしまう。
「リア、本当にそれで良いのか?後悔はしていないんだよな。もう後には引けないんだからな。せっかく着飾ったドレス、見せるだけ見せたらどうだ?ん?」
突如ライドに阻まれたエミリアは、首を横に振り全力で否定する。
妹が壁にぶつかり苦しんでいる時、陰ながらそっと見守り支え続けてきた兄。エミリアにとってたった一人のかけがえのない兄であり、一生敵わない師匠である兄。忘れてかけていた優しい温もりに、抑えていた感情があふれて言葉につまる。ライドはそんなエミリアの気持ちを察して、心を揺さぶるように話し続けた。
「………この二年、父上と共にリアの幸せは何かと、じっくり考えていた。でも答えは導き出せなかった。それはリアが決めることだから。父上も私もリアに望むのはただ一つ、人生を後悔しないように生きてほしい。ただそれだけだから。苦しくなったらいつでも頼ってくれて良いんだぞ。ずっとリアの味方でいるからさ。」
抱きしめながら呟く兄の言葉に、エミリアは胸がつまる
本当はライラから贈られたドレスを着ないつもりでいたエミリアは、青色を身につけることに強い抵抗があった。悪魔と言われ続けて、不幸をもたらす存在として扱われてきたエミリアは、心がかきむしられる想いを何度も経験したことで、心に修復不可能な深い傷を負っていた。だからいざ歓喜に沸く民を前にすると、どうしても自分に負い目を感じて躊躇してしまう。全面的に協力してくれたスランダード侯爵家の方々には申し訳ない気持ちになりながらも、外套を脱げずにいたのであった。
オリビア国に帰還してからというものの、見るものすべてが過去の自分を彷彿させて葛藤に苦しむエミリアは、孤児院で絵本を見た後から今までにないくらい心がひどくぐらついていた。ライラから贈られたドレスを着る決心がついたのも、明らかに絵本が大きく影響を与えていた。
もう素直に生きたいと強く想うエミリアは、兄に初めて弱音を吐くのであった。
「お兄様、私は、私はもう青い瞳をさらしても良いんでしょうか?民は嫌な思いをしませんでしょうか?あんなにも喜びに満ち溢れている民に、もしも私が現れたら、こんなにも素晴らしい日を台無しにしてしまうのではないかと、怖くて、恐ろしくて。やっぱり私は悪魔だから。呪われているから………もうここにいない方が、うっ、う、ううう。」
いつもの姿はもうどこにも見当たらない。虚勢を張り、弱みを見せまいと強がるエミリアは、初めて胸の内を見せるのであった。妹が抱える深い心の傷に、ライドは胸が締めつけられる。沸々と湧き上がる怒りは抑えられなかった。
「悪魔なんかじゃない!リアは私の大切な愛する妹だ!もう絶対に悪魔だなんて、呪われてるなんて言わせないから!リアはここにいても良いんだよ。どうしてそんなことを言うんだ。誰がそんなことを言ったんだ、まったく許せない。
リア、私が傍にいる、ずっと離れない、この先もずっとリアを守り続けるから、だからもう自分を傷つけるな。それにリアには、ラナも、父上も、みんながいる。リアは一人じゃない。仲間が大勢いるだろう。みんなリアの味方だ。」
傷ついたエミリアを救いたい一心で、心の中に密かに隠していた想いを声を震わせながら伝えるライドは、抱きしめる腕に力がこもる。エミリアは、ふと見上げた場所にいた仲間の諜報員が満面の笑みを浮かべながらグーサインする姿が見えて、この上ない幸せを感じて胸に熱いものが込み上げる。いつの間にか背後に立っていた父オーウェンは、涙を流しながらライドとエミリアの頭をガシガシと撫でていた。言葉はなくとも父親の手から伝わる愛情に、堰を切ったようにライドとエミリアの目からは涙が溢れて止まらない。オーウェンは泣き止まない二人の我が子をぎゅっと力強く抱きしめて、共に涙を流していた。そのまま父親の胸でむせび泣く息子と娘の姿に、グランドの諜報員達は感極まり涙を流すのであった。
◇◇◇
ライオネルは、パレード終了後に国王から直々に渡された手紙を読み終えると、肩を落として撫然とした表情で立ち尽くしていた。“婚約者候補辞退”の文字が頭の中を反芻して、思考回路が故障するライオネルはびくともしない。側近のゴードンは、無表情かつ無言でライオネルを引きずりながら式典会場へと移動するのであった。
この二年、エミリアを迎え入れる為に努力を重ねて渾身の絵本を作成、民からようやく赦しを得たライオネルとゴードンは喜びもひとしおであり、今日の建国式典の日を首を長くして待っていたのだ。やっとエミリアに会えると思っていた矢先の一通の手紙に、直接会うことすら叶わないとは、この二年の努力と苦労がたった紙切れ一枚で終わる理不尽な現実に、またしても突きつけられたゴードンの心はひどく打ちのめされていた。ライオネルとゴードンの二人は、式典会場で声高らかに挨拶をする国王の言葉は一切耳に入らず、貴族の御令嬢達からの黄色い視線や歓声さえもまったくもって届いていなかった。
祝祭ムード一色の中、心ここにあらずの二人は、すべての行程を最後まで成し遂げたというよりは、どうにかこうにか乗り切ったといったところである。それでも祝賀記念パーティでは、驚くことに国王夫妻から高評価を頂戴していた王太子は、詰め寄られた令嬢達に優しく微笑み、今まで見たこともない紳士的で穏やかな振る舞いをして、参加していた全ての女性を虜にして衆目を集める。会場にいた男性たちは到底かなわない相手に、嘆く声がちらほら聞こえてくるのであった。けれど当の本人は、エミリアに振られたショックで何も覚えておらず、終いには錯覚を起こしていたのだから、致し方ないのであった。寄ってくる女性が全員エミリアに見えていたライオネルは、数えきれないほど令嬢とダンスを踊った所為もあり、足が疲れて痛みを感じていた。
まあ色々あって心身共に疲れていたが、自室ではなく執務室に入っていくライオネルは、ついつい習慣化した悪い癖で今日もいつも通り仕事をしようとしていた。ほぼ毎日のように未明まで仕事をするのが日課となっていたライオネルであったが、今日は机上に置かれた書類を見ても全然集中できず溜息ばかりが自然と漏れる。もはや何も手につかず、久しぶりにベッドに横になり眠ろうとするが、身体は疲れて眠いはずなのに眠れない。
「ふぅ~、気持ちが良い。」
心地良い春の夜風にあたるライオネルは、自然と東棟に足が向く。住み慣れた部屋は壊れた窓から柔らかい風が入り、壊れた窓から眺めた夜空には燦然と輝く星が見えていた。ふと空に小さな黒い影が見える。空高く悠々と飛びながら、東棟の屋根に舞い降りたのは、グランド家の一員である鷹のキキであった。大きな翼をたたみライオネルの傍に近寄るキキはくちばしに何かを咥えていた。ライオネルに懐くキキは、度々王宮に飛んできては、こうしていつの間にか傍で羽を休めているのであった。ライオネルが手を開いてみると、キキはなぜか咥えていた物を手のひらに落とした。キキが咥えていた物を月あかりで確認していたライオネルは目を瞠る。琥珀色の瞳に映ったのは、ネモフィラの髪飾りであった。
「キキ、これはリアから渡されたの?リアは帰って来たの?」
キキに訊いたところで、応えられないのはわかっているが思わず訊ねてしまうライオネルは、居ても立っても居られない気持ちに駆り立てられる。ライオネルは夜着に外套を羽織り、誰にも見つからないようにこっそりと王宮を抜け出していた。真夜中に馬を走らせて向かった先は、切っても切り離せない場所であった。
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
たくさん読んでいただき、本当にありがとうございます。
残りあと1話になりました。最終話となり、不安しかないですが、無事に終われるように頑張って執筆しますのでよろしくお願い致します。
実は言うと今日の投稿は難しく、明日になるかと思われます。いつもいつも大変申し訳ございません。




