10.カイアスとリリーローズの再会
カイアスが協定書を確認している間、ライオネルとゴードンは、机上に置かれた書類の山を減らす作業に集中していた。
暫くして、裏口のドア付近から話し声が聞こえてきた。
ライオネルは、裏口の方に視線を向ける。
「ライル、どうした?」と異変に気付いたゴードンが裏口の方に向かって行こうとした瞬間、強弱をつけてドアが二回ノックされる。エミリアが任務で参上する時の合図だ。
ライオネルが「どうぞ。」と返事をする。
エミリアがこちらに向かって歩いて来るが、後には、もう一人女性がいた。
先程の話し声は、二人で話をしていたのであろう。けれど、女性の様子がどこか可笑しい。
女性は、エミリアの制服を握りしめながら、背中に密着して俯いている為、隠れて見えない。
同じ制服を着用しているから、学園の生徒ではある。
女性は、エミリアが歩くのを止めると、早々とカーテシーをして、素速く元の位置に戻ってしまった。
そう、また、エミリアの背中にぴったりくっついてしまったのである。
そして、エミリアの背中越しに、ビクビクしながら、こちらを覗き見ようとしているが、顔をほんの僅か覗かせたと思うと、直ぐに隠れてしまった。
それがまた何とも、小動物の様に可愛らしく、三人の男性は思わず見入ってしまった。
「ちょっと、そんなに見ないでよ。」
「いや、お前じゃないから。見つめてごめんね、怖かったよね。」
ゴードンが優しい声色で女性の顔を見ようと近づくがーーーあれ?エミリアが邪魔で全然、顔が見えない。
エミリアより背が低く、華奢な女性はエミリアを盾にして、しっかり防護していた。
左右に動いて、エミリアの背後を覗き込もうとするも、エミリアの制服を引っ張りながら、一緒に左右に動いて隠れてしまう。
遂には、エミリアの制服に顔を押し当ててしまった。これではもうお手上げである。
「ちょっと!何してるのよ!ゴードン!それより先程、私にお前って言ったわよね。淑女に対して失礼ではなくて!」とエミリアは片眉を吊り上げてゴードンを睨んだ。
「え?誰が淑女なの?リアに淑女の言葉は似合わないでしょ。」とゴードンはニヤリと笑う。
「はぁ?私に喧嘩売ってるつもり?勝てもしないくせに。ふふふ、いい度胸ね。」
エミリアは組んだ腕を胸の辺りまでせり上げ、顎を上げてゴードンに冷たい視線を向ける。
「リア、リア、あー、もうやめましょうよ。折角、作ったのに冷めちゃうわ。ね、お願い。」とエミリアにつれられて来た女性が、繊細でかつ可憐な声色で、顔を隠しながら、エミリアの腕を引っ張り、狼狽えている。
「ごめんね。ついつい、いつもの癖で。では、テーブルに準備しましょう。」と背後に密着していた女性を、勢い良く引き剥がし、前に押し出した。
「えー?ちょ、ちょっとぉ~。えー、もーう。えー、と、あ、あの、すみません。緊張してしまって……。あ、挨拶が、お、遅れました。わ、私は、ラリーシュシュ辺境伯のリリーローズと申します。先触れもなく、突然お伺いしてしまい申し訳ございませんでした。」と深々お辞儀をした後、頬を赤く染めて、俯きながらモジモジしている。
ここは、私にしか助け舟を出せないと判断したライオネルが口を開く。
「こんにちは。リリーローズ嬢。そんなに謝らなくても大丈夫だから。どうせ、リアに騙されたんだろう?頭を上げて良いんだよ。緊張するのは仕方ないんだ。ここに、王子が二人もいるからさぁー。なぁーカイアス、そうだろ。」とカイアスを一瞥して微笑んだ。
「あ?あー、そうだ。それより何か持って来たのではないか。我々も時間がない、手短にお願いしたい。」と無表情で、視線は書類に向けたままであった。
「は、はい。わかりました。」と手に掲げた大きなバスケットを持ったまま、奥にある給湯室へ走って消えていった。
エミリアもリリーローズを追いかけて消えていく。
ゴードンがカイアスを冷めた目で見つめていた。
「わかってるよ。そんな目で見るな。私にも不得意な事もあるんだ。仕方ないだろ。どうしたらいいか、わからない……。教えてくれ、ゴードン。」とカイアスは、顔を真っ赤に染めて、俯いた。
「いいぞー。俺様がみっちり、じっくりご教授して差し上げよう。」とゴードンは、腰に手を当てながら、自信満々な表情でカイアスを見ていた。
(ゴードン、そのドヤ顔はやめろ。頼られて嬉しいのはわかるが、ちょっとウザいぞ。お前は、女性の扱いは得意かもしれんが、恋愛初心者だろ。無理だ、やめとけ。)
ライオネルは、色事にはめっぽう弱い方だが、いくらなんでもゴードンでは力不足であると、さすがにわかっていた。
エミリアから相談された時には、既にカイアスがリリーローズに好意を抱いているのは知っていた。
そして、カイアスから直接言われた後、ゴードンと一緒に協力する約束も交わしていた。
その時から私とゴードンの役割は、カイアスとリリーローズが抱える、国が絡んだ政治的な問題を解決する事であるがーーー
ゴードンは、違ったようだ。
(リアも、俺達にそれしか望んでいないはずだ。また余計な事をしたら、怒られると言うのに………。お前もほんと、懲りない奴だな。それだけで済めば良いが、痛い目に合うのはお前なんだぞ。)
ライオネルは、一瞬リアの怒った顔が頭よぎる。
「やめとけ、カイアス。ゴードンに教わっても意味がない。 ーーーー多分、会うの初めてだな。動きがリスみたいで可愛かったな。ふーん。そうか、そうか。」と咄嗟に止めに入り、話を逸らした。
ライオネルは、女性がリリーローズである事は、エミリアから聞いていたので、最初から気付いていた。しかし、会うのは今日が初めてである。想像していた女性とは、遥かにかけ離れた女性が現れて、リリーローズに興味が湧いていた。
ライオネルは、学園では殆ど生徒会室にいる為、生徒や先生に会う機会は、朝の通学時間だけであった。
まあ、その通学時間でさえも好奇の目に晒される為、人を見ない様にしていたからーーー結局、友人や知人以外は、だれ一人もわからない。
けれど、損得勘定で動く性格な為、わからなくても、自分に何のメリットも無いと判断して、全然気にもしていなかった。
知ろうともしない姿勢に、それでも生徒会長か!とよくゴードンに怒られるが、ゴードンが全生徒を把握しているから、問題はないと判断していた。
その考えが間違っていたのである。
ライオネルはリリーローズに会って、もっと色々な生徒と関われば良かったと後悔した。
けれど、まだ時間は残されていると思い立ち、顎を触りながら考え事をしていた。
ふと、良い案が思いつく。
その考えた計画が、これから後々、学園内の男女が縺れる原因となり、自分自身もエミリアと縺れる事になるとは、まだ知る由もなかった。
「リリーローズ嬢は、変装してるからなぁー。素顔は見たことないんだよ。あの声からして、きっと美人だと思うけど。」
ゴードンはライオネルの言葉の意図を瞬時に理解して、自分の発言を消し去ろうと、話を逸らして誤魔化した。
「お茶が冷めたから、淹れ直してくるから。」と言い、ティーカップを急いで片付けて、給湯室へ向かって行ってしまった。
(はぁーまったくもう、ここから居なくなるとは……逃げ足が早い。後片付けはまだ終わっていないぞ。ーーーカイアスは何も話さないが……。それどころではなさそうだ。もう自分の発言すら忘れているな。)
ライオネルはカイアスに視線を向けた。赤面した顔は元に戻り、書類を熟読しているように見えたが、注視すると、ただ眺めているだけだった。
ついつい、揶揄いたくなる衝動に駆られて、返答に困る質問をする。
「カイアス、どうだ?」
「え??あー協定書の方か?いやどっちだ。まあ、協定書は、そうだな。うーん、何とも言えないな。もう少し時間あるか?」
「あーあ。少しなら猶予がある。ーーーまさか、今日連れて来るとは。くっ、くっくっ。あははは。全く困ったもんだ。」
ライオネルは、口元を手で押さえて笑いを堪えてはいるが、段々に堪えきれなくなり、腹を抱えて大笑いし始めた。
「何だ、全部最初から知ってたのか。本当そうだ。びっくりして、心臓が壊れるかと思った。はぁ~可愛すぎて、もうだめだ。見てるのも辛い。私の顔大丈夫か?もうこの際、どうでもいいが。」
「ははは、あははは。いやー、面白いなぁー。顔?元に戻ったようだ。くっくっくっ。ははは。どうでもいいって、ならばもっと優しくしたら、ははは、あははは、いいじゃないか。あれじゃあ嫌われるぞ。」
「うるさいな、全くもう。そんなに笑うな。無理だ。あれで精一杯だ。許せ。」と頬杖をつき、机を小刻みに指でトントン叩き始めた。
「まあ、まあ落ち着けよ。まだこれからだ。中々戻って来ないなぁ?まぁいいか。今日は、久々ゆっくりランチ出来るぞ!」と生徒会長席からカイアスの横に移動して座り、肩を組んだ。
「は?無理するなって言っただろ。飯くらいちゃんと食えよ。ライルにはまだまだ頑張ってもらわないと困るんだから。絶対、死んだらだめだからな。」と組んだ肩をグッと引っ張り、頭をグリグリと擦り付けてきた。
「あーわかってるから。もうやめろ。何でみんな俺が死ぬと思ってるかなぁー。もう、いつも、いつもしつこいぞ。あははは、ははは。」
「笑ってる場合か!それにしても、遅すぎないか?俺のせいだったら……。」
二人は振り返って、奥にある給湯室のドアを見つめた。
まだまだ勉強不足で読みにくいとは思いますが、これからも宜しくお願い致します。




