彼女の婚期が遅れる理由
「失望したわ」
百年の恋も冷めるほど言葉は、良かれと思って言われたのだと私も知っている。
きょとんと見返されるほどにその言葉の意味を理解していない。
「そんなの腐るほど聞いたの。
あなたからだけは聞きたくなかったわ」
一目惚れだったんだ、なんて。
私は美人である。それもそんじょそこらの美人ではない。傾国どころか人類の宝呼ばわりされる美貌である。それほどの美しさは人を狂わせた。
乳母に誘拐しかけること5回。それも全部別の人。実際誘拐されることは6回。なお、未遂とは別計算。
お付きのメイドにはぁはぁと鼻息荒くスキンシップされることは日常。誰がお嬢様の寵愛を受けるかで刃傷沙汰もわりとある。
溺愛という言葉では生ぬるい本気の執着を見せられ続ければ私が人間嫌いになるのも仕方ないだろう。
家族は、同じような美貌の父とほどほどにかっこいい母、美貌とは言われど遠巻きに見られるような兄と姉、それから可愛いせいで周りが暴走しがちな弟がいる。
私だけが父に似た。
父は妙な仮面の下に美貌を隠し、日常生活をほどほどにしている。父はうっかり、顔を見られて相手が気絶する、びびる、ぼーっとするなどの反応を顔が悪いせいだと勘違いしていたりした。
母は過去これを訂正しようとしたが、諦めたらしい。
じゃあ、なんで、気絶するのかとかその答えに窮したらしい。弁舌鮮やかな女王様にあるまじきことだが、じゃあ、貴方が説明しなさいなと言われて私も同じように黙った。
父のほうが、なにかこう、人外じみて畏怖というか、近寄ってはいけないもののような気分にさせられる。そう娘に言われたら、父がショックのあまり部屋に引きこもって出てこないのではないかと心配になったからだ。
いっそのことあのレベルまでだったらよかったのにと思うこともないでもない。
半端な人間っぽさが、他人の執着を強めるのだ。
なお、父を生まれたときから見ている家族は私の美貌には耐性がついている。人間、顔じゃないと真顔で宣言している。
それどころか種族の壁だって超えてもよいのでは? と近頃言いだしていたりした。
この国には人以外も住んでいる。亜人という分類にはなっているが、これは人間側が勝手に決めたくくりだ。土着民族とでもいうべきだろうか。多種多様な生き物が住んでいる。
彼らの美的感覚は違うので、私はそこまで美しいとも執着すべきものとも思えないようだった。
例えば獣人たちにとって毛のない肌は彼らにとっては寒そうの一言で済み。尻尾もないなんてと嘆かれるほどに価値観が違う。顔がのっぺりしていると言われたときにはいっそ感動したのだ。
例えば樹人たちは光合成もできないのっ!? と驚いていたし、びっくりしたときには花が咲くわよね? と同意を求められたときには、返事に窮した。
例えば、魚人たちは鰓呼吸は必要でしょうと当たり前に深海に潜らそうとして戦慄したものだ。あいつら、常識が全然違いすぎて、困る。魚に手足ついてるのから半魚人までいるので部族ごとの差が違いすぎて……。
なお、このサンプルは私のお世話係兼護衛たちによる。そして彼らの親族やら友人たちをソースとしている。
幼いころはただの護衛と言われていたが、成長するにつれて色々別の側面に気がついたりもしたのだが……。
私は私の安全のため、彼らの領地を点々としていた。おかげで式典の時にしか顔を見ない謎の王女とされている。
そう、残念ながら、私は王女様だった。つまりは、政略結婚というお役目が回ってくる。いやぁ、貴方を嫁に出すとか無理と渇いた笑いを浮かべる女王様にとっても頭の痛い問題だ。迂闊に他所に出すと国が割れる。美貌を崇め奉ってくれればいいものを私の美貌というのは、自ら手に入れて側に置きたい系なのだ。嫉妬すらされないのはよいことなのか悪いことなのか。
悪意なく、毒を盛って剥製にしようとしたり、足を使えないようにしようとか、寝たきりにさせて介護したいとかそういう物騒な欲求を抱えるらしい。
実例で言えば五歳の時の侍女は、姫様はずっと私が世話をしますねと突き落としたし……。
犯人は、けがをすれば私だけがずっとお世話できるでしょうときょとんとした顔で言ったそうだ。
怖すぎる。
好きすぎるという状態を超越してる。
さて、この怖い状況で誰かに嫁ぎたくはない。ないのだが、外交上の付き合いで婚約することになった。
これが15の時である。
それから3年後は今。正式な結婚式をいつにするか国家間の話し合いをと話がきたのは先月の話だ。
私の婚約者は二つ国を挟んだ先の大国の王子だった。間に挟まれた国との険悪な関係に対する圧としての婚約ではあったのだが、解消せずめでたく成婚となりそうだと。
私としてはその時は別に嫌ではなかったのだ。
大国の王子で美貌と才覚があり、その結果の色々で、あちらも人間不信であるらしいと知ったからだ。中身もみないで身分と顔ですり寄ってくるというところにとても共感した。
そうそうっ!と力強く手を握ったのは私としてはとても珍しいことだった。私があまりに興味を持つ相手というのは、排除されがちだ。
今思い返せば、相手は顔を赤くしてただ頷くだけの人形状態だったのも気がつかなかった。同類を見つけたと浮足立っていたのだ。
我ながらちょろい。
そうして交流して、三年。
ときどき、ん? と思うところもありながらもほどほどに仲良くやってきた、と思っていた。
政略結婚だけど、ちゃんと求婚したいとロマンチストなことを言いだしたなと思ってはいた。
それを叶えたのがこんな結果になるとは思わなかったに違いない。
人払いのされた庭園で、花を捧げ、跪く。それは物語のようで、違和感があった。なにか酔っているのでは? と思う。しかし、それを言っても仕方ない。がちがちに緊張されて失態なんてほうがまずいだろう。
人がいないふりして、遠くから観察されているのだから。
「一目見たときから、貴方を愛していました」
「……ん?」
私は首を傾げた。
今、変なことを聞いた気がする。
「あんなに愛らしい姫君は初めて見ました。この方は僕の隣にいるのが相応しい、隣にいなければいけないと恋しく思ったのです。
思えば一目見ただけで恋に落ちました。初恋でした。そして、最後の恋です」
はにかんだような笑みと言葉に私は青ざめる。
「失望したわ」
言葉は零れ落ちた。楽しかったような気がしていた。違和感を見ないふりをしていた。だって、同じように、辟易していたはずだ。顔と身分しか見ない人に。
それが、今なんと言ったのか。
「そんなの腐るほど聞いたの。
あなたからだけは聞きたくなかったわ」
きょとんとした顔に全く理解していない。
そういう告白は、それこそ物心ついたころからあいさつ代わりのように聞かされてきた。最初は断るのも心苦しかったが、そのうち無になった。
あいつら、人の話を聞いてねぇ。
これが私の結論である。
物理的に排除しない限りは、諦めることを知らない。私が、あちこちを転々としている理由である。私のこと以外には真っ当らしいので、すべて排除するわけにもいかず私が逃げ回ることになっていたのだ。
まあ、王女様しなくてよくて気楽ではあったのだけど、寂しくなかったわけではない。
「悪いけど、私の顔が好きな人とは結婚しないことにしているの」
「申し訳ないが、断ることはできませんよ。既に、手は回しているのです。貴方が頷かなければ、国が亡びることになる」
あっさりとそんなことを言いだして、私はため息をついた。本当に、私は何を見ていたのだか。
そういう話はいくらでも聞いた。それ以上に女王陛下そんな脅しを退けてきたはずだ。
この国には、人間だけが住むのではない。むしろ、我らが間借りしているようなものだと母は苦笑いしていた。国土が脅かされるならば、彼らはその流儀で潰す。
国外に打って出なければ敗北はない。
それを最後の忠告と口にしようとした。それなりに情はあったはずだ。一瞬で醒めたけど。
人としてそれはどうなのかということだが、振られたら即脅すほうもどうなのだと思う。甘い雰囲気などどこにもなく、一触即発と言ったところだったのだが。
なにか、庭園に違和感を覚えた。
そう、小さな穴は目立つのに大きな穴は気がつかない、というような……。
「恋に恋してる乙女と忠告したはずなんだが」
「そうそ。姫様の良いとこは、その思い切りの良さなのににゃんにゃんしちゃうから」
「我が番に、手出しは無用ぞ」
「世界樹に紹介したいので、ちょいとお借りしますよ」
……。
よ、よくわからない状況になった。
私もまったくわからない。誰か説明と見回したら、説明どころかかき回す人しかいなかった。どいつもこいつも王様だ。他人を動かすほう。間違っても動かされる方ではない。
深呼吸。
すーはーすーはー。
よしっ!
びしっと噴水を指さす。
「海を統べる方はなにしてんですかっ! 噴水、塩水にしないでくださいっ」
「俺、淡水もいける派。そんなのより、俺と甘い恋でもしようぜ」
くらっとくるウィンクが飛んできた。
海水で揺れる金髪が陸上だとふわんとして印象が違うけど、同じなのは過剰な色気。なお、雌雄同体。上半身は美女というかオネエというべきか。下半身は魚。
我が国、島国なので近隣をまとめ上げているお方。頭が上がらない存在、ということを置いておいて、近くの噴水から叩きだすほうがいいような気がする。
ぎゃははと笑う声が聞こえてくる。
見ればなぜか生垣から顔だけだしてるっ!
きっと睨みつけると声の主はにゃはと笑った。屈託のない笑みにちょっとひるむ。
「大いなる毛並みの方、なんでここにっ」
獣人を束ねる百獣の王であるお方。その姿は二足歩行のネコ科生物、一メートルくらい。黒猫によく似ている。幼いころからの護衛で、最初の友達だ。
「んはー、たのしそうだからにゃん」
よろしい愉快犯にはまたたび爆弾をお見舞いして、吊るす。幼少期からの護衛をしてもらった恩は棚置きだ。
「我が番と宣告しておったのに、なぜ人と婚姻するのだ」
「最近、番というのがプロポーズの流行りっていうの聞いてますよ。逆輸入とかなんとか」
ちっと舌打ちするのは鱗が煌めく竜種。残念ながら、人型をとることはなく、サイズ調整はすることもある。今は大型犬くらいのサイズだ。こんなのがそらにふよふよ浮いていたのになぜに気がつかなかったのかっ! 魔法的なやつに違いない。
まだ若いと自己申告ではあるが、500歳だそうだ。この辺りを島国にした元凶、とは言ってはならない。
生まれたてで記憶にないなぁと気まずそうにしているから。
「聖樹のお方はなにをしに?」
「お花ちゃんたちが、あの男ヤバいって訴えてきたからお連れしたよ。
だから、世界樹に紹介」
「しませんっ」
それ、樹人的に結婚するってこと。生垣にすわっている半透明な姿は幽霊っぽくて昼間でも悲鳴をあげられそうだ。
なお、聖樹様は神殿にお住まいです。本体はここからも見える大きな木。東京タワーくらいとぼんやり父が呟いていた。
「姫、そ、そちらの方々は」
婚約者の腰が引けてる。それはそうか。単純な力比べでは、彼らの一人にも劣る。
情けないとは思わない。これが普通の反応で、揃った状況で逃げ出さないだけ上等である。幼いころから慣れていなければ、私も同じだろう。
「ただの知人です」
私の護衛だの憧れだの、ひそやかなあれやこれやなどを言うべきではない。
にこりと笑って、お帰りくださいと言えばそれで済む。
「帰りの海流にはお気をつけなさいね」
……後で沈めないように話をつける必要がありそうだ。
「擬態には気をつけて」
ひそやかに笑う獣人は、わざとらしく猫のふりをする。
「脅しは我が祝福が届かないところでするのだな」
逆に脅しをかけるのは国交的にどうなのかと思う。
「この先、三年くらい実りが薄いと思うから対策したほうがいいと思うよ」
にこりと笑う聖樹様が一番恐ろしい。
この人が温厚そうに見えてガチギレすると見境ないんだ……。あれは、葉を毟ってしまった日のこと……。思い出しても震えがくる。
最悪すぎる求婚の失敗は、なかったことにされて、婚約もめでたくはないが解消された。そして、私は今もあちこちを転々としている生活を送っている。
「姫様、いつまで僕の家に住むの?」
「諦めがつくまで?」
黒猫に似た獣人は、伸びをして膝の上で丸くなる。
「重い」
「姫様のごはんがおいしいのが悪い」
うみゃうみゃと甘えたように頭を擦り付けてくる。平和だと思いながら頭を撫でて。
こうして、私の結婚は順調に遅れていく予定だ。
そんな彼女の父親はどこかの訳アリ物件を押し連れられては嫁に逃げられていたあの人。
なお、この世界では混血はほぼ不可能。
 




