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助けた竜が恩返しをしに来たと思ったら何かがいろいろと違った話

作者: 495

 昔々あるところに、英雄を目指していた少年がおりました。


 小さい頃の少年は、立派な英雄になるべく特訓に明け暮れてきました。

 ですが、ゆえあって途中で諦めてしまい、凡人としての道を往くことになりました。


 今の暮らしに不満はありませんが、心のどこかで英雄への想いがくすぶり続けているので、物足りない日々を送っています。


 そんなある日のこと。

 少年が山で散歩をしていると、全身を革ひもで縛られている一頭の小柄な竜を見つけました。

 紅玉のような鱗には、深い傷がたくさん走っています。涙をポロポロとこぼしながら弱々しく震えている姿は、とても痛ましいものです。


「なんでこんなところに子どもの竜が? 傷だらけじゃないか。ほら、ひもを外してやるから、じっとしてて」


 かわいそうに思った少年は、竜を助けてあげることにしました。

 持っていた山刀を使って、革ひもを取り除いていきます。


 その途中で、皮鎧姿の男たちがズカズカと乱暴な足音を立ててやってきました。

 男たちは皆が凶悪な面構えで、いかにも山賊といった格好です。


「くそガキが、俺らの商品を横取りする気か?」


 賊たちは少年を見るやいなや、口汚くののしりながら剣を抜いて襲いかかってきました。


 しかし少年は慌てません。

 迷わず手近な草やぶに飛び込むと、賊たちはすぐに少年を見失ってしまいました。


 少年は賊の背後に抜き足差し足で忍び寄って、山刀を振り下ろします。


「おげっ!」

「ぺいっ!」

「ぱぺぽッッ!」


 少年は賊たちをバッタバッタと斬り伏せていって、一人残らず倒してやりました。

 この山は少年にとって庭のようなもの。山で少年に敵うものなどいないのです。


 賊を倒した少年は、『竜はどうなったのだろう』と思って様子を見に行きますが、姿が見当たりません。


 縛りを一部解いてあげていたので、きっと逃げたんだろう。少年はそう思って空を見上げてみると、赤い竜が翼を広げてふらふらと飛んでいるところを見かけます。


「おーい、二度とあんな奴らに捕まるなよーっ!」


 少年は大空に向かって手を振りながら竜に呼びかけたあと、自分の家へと帰っていきました。




 それから何日か経ったときのことです。


 少年が住んでいる家の戸が、ドドドンと急かすように叩かれます。

 扉を開けてみると、そこには立派な貴族服に身を包む赤髪赤眼の少女が立っていました。


「また会ったな、我の英雄よ!」


 少女は一方的にあいさつをすると無断で家に上がり込んできます。

 少年は大慌てで止めようとしますが、少女は気にした風もありません。


「狭苦しい。こんな掘っ立て小屋は、我の英雄にふさわしくないな」

「いきなりやって来てなんだおい! 誰だおまえは!」


 あまりにひどい言い様に少年はカンカンです。

 文句を言われた少女は、大きな目を皿のように見開いて驚きの表情を見せます。


「なにっ、我のことを覚えておらんとな!? いや、それもそうか」


 少女は急に納得したようにうなずくのですが、なんということでしょう、その姿が赤い鱗と翼をもつ子どもの竜に変わったではありませんか。


「どうだ、これでも我を知らぬとほざくか?」


 少年は竜に見覚えがあります。

 そうです。少女の正体は、山で助けたあの赤い仔竜だったのです。


 少年はあまりのことに仰天してしまいますが、すぐに納得して落ち着きます。

 竜族は、ふしぎな術を使うことで知られています。さまざまな生き物に変身することくらい朝飯前であることはわかっていたのです。


「もしかしてきみは、あのときの子か? まさか家にまでやって来るなんて思わなかったよ。なにか用でも?」

「貴様、卑劣な罠によって囚われの身となった我を、よくも救ってくれたな。貴様には感謝をしてやりたいところなのだが、ことはそう単純にはゆかぬ」


 少女の竜は、居丈高に感謝の想いを告げつつも、とても複雑そうな顔をして事情を語り始めました。


「誇り高き偉大な竜族である我を救う資格がある者は、ほまれ高き偉大な英雄だけだ。我を救った貴様が、このような田舎で腐っている凡夫であることなど許されぬ!」

「いきなり失礼だな!」

「貴様に残された道は二つある。一つは、我にふさわしい英雄になること。もう一つは、身の程をわきまえずに我を救った不敬を、自害してあがなうことだ」

「んなむちゃくちゃな!」


 少年は納得いかないと絶叫します。難癖にも程があるのですから、当然のことでしょう。


 対する少女の竜は、なにかを見透かしたかのように笑うと、どこからともなく一枚の紙を取り出して少年に差し出します。

 立派な細工が施された紙には、大きな文字で“推薦状”と書いてありました。


「我は貴様を気に入った、その強さと人情にな。貴様のことをよく知りたいし、このまま失いたくもない。

 そこで我は、貴様を帝国大学に通わせることで、我にふさわしい英雄としての力をつけさせることにした。我の推薦があれば、問題なく入学できるであろう」

「えっ、あの帝国大学?」


 帝国大学とは、戦士や術使いを育てるための、とても大きな学校です。たくさんの英雄を輩出していることで広く名が知られています。

 かつて英雄を目指していた少年にとっては、あこがれの場所でした。


 ですが、学校に入るためには、たくさんのお金が必要なのです。

 少年はそんなお金など持ち合わせていないので、たちまち途方に暮れてしまいます。


「そんなことを言われても、お金が無いんだよ」

「案ずるな。大学生活に必要な資金は、我が低金利で貸してやろう」

「利子ありかよ! 地味にみみっちいな!」

「ただ施しを受けるよりは、我に気兼ねせずに済むであろう? 真の英雄になれば富も名誉も思いのままだ。小銭を借りる程度、問題にはなるまいて」


 少女の竜は、どれだけ抗議されても涼しい顔でいなすばかりです。


 少年はどうしたものかと考えますが、すぐに悪い話ではないことに気づきます。

 この話に乗れば、小さい頃に憧れていた英雄になれるかもしれません。

 それに、こんな機会は二度とやってこないでしょう。


 心の中でくすぶり続けていた立派な英雄への想いは、再び燃え上がることになりました。


「……わかったよ。英雄になってやろうじゃあないか。今度こそやってやる、やってやるぞっ!」

「うむ、良い答えだ。それでこそ我の英雄よ!」


 少年は再び英雄を目指すという決意を述べます。

 少女の竜は嬉しそうに小躍りすると、尻尾を振りながら鼻先を少年の頬に押し付けて、愛おしげにペロリとひとなめしました。


「我も大学に通い、貴様のそばに立って支えていこう。そうして互いのことを知ってゆきながら、ともに栄光の道を歩もうではないか」

「姫殿下、そろそろお時間です!」

「うむ、わかっておる! 出立の準備をせい!」


 家の外から男の人が大声で呼びかけてきました。

 少女の竜が応じる様は堂に入っていて、この上ない高貴さをうかがわせるものです。


「……姫……殿下……だと……?」

「いざ()かん! 向かう先は大学だ!」


 少女を称する言葉を聞いた少年は眉をひそめますが、あっという間に人間の姿をまとった少女に強く手を引かれて、考える暇がありません。


「今から行くのか!?」

「もちろんだとも、行動は早いほど良い! 貴様ら人間が言うところの『善は生き急げ』というやつだ!」

「なんか違くないソレっていうか、何も準備できてないんだけど!」

「必要なものは現地で揃えれば良い!」


 なんと強引なのでしょう、少女はまるで話を聞きません。笑顔で外へと駆けてゆくばかりです。

 少年は呆れてため息をつきますが、やけくそ気味な笑顔で応えると、(ばく)進する少女のあとについていったのでした。




 こうして少年は英雄の道へと進み、やがて偉大な竜騎士として大成しました。

 そのかたわらには常に少女の姿があり、ふたりはいつまでも支え合い続けたといいます。

変身術は学校へ通うためにがんばって身に着けました。

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