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第三話「二人の朝」


 両親が帰らなくなってから半年が経つ。

 ルカヤは中学生。二つ年上の兄は一足先に高校生になった。

 

 どちらの兄妹とも自分で考えられる年齢だ。両親は一層仕事熱心になった。

 昇進に出張。資格取得に研修、残業。てんこもりだ。

 ルカヤとしては、たまには家でゆっくり休めばいいのにと思う。

 いつか体を壊さないだろうか?

 子どもたちのためといわれると、強くいえないのが悩ましい。


 家で唯一の大人となった祖母は、年齢を理由に家事をしたがらない。

 なのでエヴァンとルカヤの二人で分担して家を回す。


 祖母は仕事がないので朝が遅い。

 自然とルカヤが朝担当になった。


 今日はまだ月の初め。

 お金は毎月両親から振り込まれるとはいえ、散財はよくない。

 節約のため、お弁当を作る。


 チキンのホットサンドは美味しくて作りやすいのでお気に入りだ。

 保温がきくフードジャーにミネストローネをなみなみと注ぐ。

 これだけでは寂しいので、小さなタッパーに果物を入れる。


 調理の間に煎れたコーヒーの匂いに、ルカヤはうっとり目を細めた。

 お湯を注いでから数分経ったフィルターは茶色く染まり、香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。

 ドリップコーヒーは決まって二人以上煎れるのが、ルカヤのこだわりだ。

 流石に豆からひけるほど早起きできないが、少しでも美味しくしたかった。


 火を消し忘れていないか再三安全確認をしてから、兄を呼ぶ。

 ルカヤとエヴァンの部屋はまだ共用だ。

 寝起きの悪いエヴァンは、まだ二段ベッドの上段で夢の世界にしがみついているに違いない。


「兄さん? コーヒー入ったよ。兄さんってば」


 いくら呼んでもやってこないのもいつも通りだ。

 ルカヤはエプロンで手を拭き、寝室に向かった。

 すぐ、芸術的に投げ出された布団が目に入る。


「ほんと寝相悪いんだから」


 うんとこしょと持ち上げ、下段のベッドに放り投げる。

 晴れていれば、出かける時に兄が干していく約束だ。

 シャッと窓のカーテンを開けば、穏やかな陽光が降り注ぐ。


「いい天気だよ。秋だから少し日の色が赤くなってきたように感じるね」

「あー……?」


 ようやく兄に反応がでる。

 見上げれば、白いかかとがベッドのへりからひっこむところだった。


「兄さん。寒くても起きないと。風もないし、外を歩くには絶好の日だと思うな」

「あー……うん……」

「コーヒー煎れた」

「……ミルクは?」

「あっためてある。兄さんは少なめ、私は多めね。冷めないうちに来て」


 布団と寝間着が触れる衣擦れの音に、安堵の息を漏らす。

 低血圧なのか、エヴァンの起きにくさといったら、目覚まし時計も役に立たない。

 音の小さいものは勿論、大きなものだと寝ぼけ眼で怒って、蹴り飛ばしてしまう。


「あ、そうだ。服もアイロンかけて、机に置いといたよ」

「めし食った後に着るわ。今朝はなにつくるっつってたっけ」

「スクランブルエッグ、トマトのサラダ、ソーセージ」

「ああ、いいな」


 降りてきたエヴァンはまだ眠いのか、伸びてきた前髪をかきあげる。

 髪の色は年をとると色が抜けて劣化するという。

 しかしエヴァンの美しい髪は衰えるどころか、より豪奢なまでの輝きを重ねた。


 それだけではない。

 手足はすらりとのび、男性らしいたくましさを見せつけるだけの筋肉もついた。

 儚い妖艶な美少年から、麗しい美丈夫へと成長している半ばであった。

 女のルカヤからみても美人だと感じるのだから凄まじい。


 食事の席についても、まだエヴァンは真っ青な瞳をとろんと溶けていた。

 眠気を振り払うと眉間に皺を寄せているせいで、怒っているように見える。


「兄さん、ちゃんとコップ持って。二度寝しないでね」

「しねえよ」

「大丈夫?」

「心配なら一緒に登校してくれよ。どうせ方向は一緒なんだから問題ねえだろ」

「彼女さんに悪いからいいよ」

「…………」

「えっと。まさかまた別れたとかじゃあないよね?」


 歯切れの悪い兄に嫌な予感がしてたずねる。


「別れたわけじゃあねえ。別に来るもの拒まず、去るもの追わずなだけだ」


 胸を張って言ってのける兄に、ルカヤはちびちび飲んでいたカップを置く。

 兄は美しい。

 年頃の少女達にとって、エヴァンはアイドルのような存在だ。

 付き合いたいといってくる女性――たまに男性――は後を絶たず。


 そのたび、自分でいっているように、隣にくればそれなりに扱い、去る相手をひきとめなかった。

 中学半ばを過ぎたあたりから何度も繰り返している。

 まだ一度もお付き合いした人がいないルカヤにしてみれば、全く呆れるペースである。


「兄さん達本人が納得してるなら構わないけどさ。刺されたりしないでね」

「そんなヘマしねえよ」

「ヘマとかそういう問題じゃあなくってさあ。はあ」


 何度言ったところで変わらない。

 これまたいつだって、ルカヤが諦めて折れるのが常だ。


――大丈夫、子どもといっていい年齢だもの。今の年頃の恋愛は、将来に備えた練習めいた遊びよ。兄に振られてもいつか素敵なお相手にであれば、それでいいのよ。


 目をつぶって己に言い聞かせる。

 あとは兄が本当に無事でいてくれれば、無問題なのだが。

 マイペースに朝食をとる兄を見守りつつ、ルカヤは手早く自分の食器を片付けた。


「なんだよ、結局先に出るのか? 一人になった兄貴を置いて。寂しいねえ」

「冗談でしょう。兄さんならすぐ彼女できるくせに」

「ま、そうなるだろうけどな」


 それに、何もそれだけが理由ではない。

 一足先に、玄関で運動靴の靴紐をしっかり結びなおす。

 ルカヤは兄が出るより一時間早く家を出る。

 

 兄妹の国では、学校があるのは昼過ぎまで。

 そのあとはおのおの自由に過ごす。

 家に帰る生徒もいる。他の国でいう部活動はない。

 代わりに各家庭でスポーツクラブに通う。

 ルカヤもそういった午後の習い事を探すうちに、ある趣味に目覚めた。


「じゃあ、行ってきます!」

「あ、おい、ルカヤ。言い忘れてたんだが、今日は午後から予定がある。少し帰るのが遅くなるかもしれねえ。オレがいなくても気をつけろよ、自衛とか」

「わかった。暗くなる前には帰る」


 出かけ際ギリギリまで話してから、お互いに手を振る。

 そうしてルカヤは胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。

 ここから学校まで四十分強。

 自分の足だけで登校するために必要な酸素を全てを取り入れるつもりで。


 彼女は、走ることが好きになっていた。


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