9.悲劇的な民族舞踊
靴が絶えずステップを踏み、土が舞う。
土の匂いと、花の匂いが透き通る空気に混ざる。
素朴な衣装に身を包み、広場で男女が踊る。
布地の衣装には、赤や青で各々違った模様が縫い込まれている。
数は数十組といったところだ。
踊り疲れた者たちは、端で酒をやっている。
さらに離れて、数名の子供達が、あるものは面白そうに、あるものは退屈そうにそれを眺めていた。
その日は年に一度の祝祭の日だった。
村の人間は、子供をのぞいて、誰もがこの日のためだけの自分の衣装を持っている。
それは収穫を神に感謝する祭りであり、また、その年の収穫を喜ぶ祭りであり、一年の苦労を労うためのものでもあった。
広場の縁でそれを眺める少年の中に、オレットという少年がいた。年は15で、再来年には、彼もこの祭りに参加する予定だった。
彼は、踊りを舞う一人の若い娘をずっと眺めていた。
彼女も他の村の娘同様、若い男をパートナーに広場で踊っていた。
髪は後ろで少し飾られた布で結い括られ、裾の長いスカートが足に合わせて揺れる。
緑の目は、綻びながらも、踊りの相手から離れはしない。
2人のステップが、まだ拙く初々しい駆け引きを楽しむ。
彼女は、オレットの姉だった。相手はその同年のボーイフレンドのヨナーシュ。
お姉ちゃん、幸せそうだな。と、オレットは思う。
そう思いながら、彼は少し寂しい。
ーーヨナーシュは別に悪くない男だ。趣味もお姉ちゃんによく合う。
美貌という訳ではなく、女の扱いもこなれてなくて、ちょっと抜けている。だけど、お姉ちゃんを誠実に愛していて、その真っ直ぐさをお姉ちゃんは真っ直ぐに受け止めているんだ。
でもそんな奴だからこそ僕はヨナーシュが好きになれない。
オレットの姉は変わらず彼の手を取り踊っている。
幼い日の記憶が頭をぐるぐると回る。
この同じ祝いの日、オレットは毎年、姉と広場の外で踊っていた。見よう見まねの、形にもなっていないような踊りを。子供のころはなんでも真似たがったし、退屈だったから。
ーー始まりに、いつもお姉ちゃんが「踊りましょう」と言って、仰々しくこちらに手を伸ばす。
その習いが終わったのは、僕が恥ずかしいとか何とか言って、その手を取るのを躊躇ったときだ。
ーーいや、別に、お姉ちゃんと踊りたいって訳じゃあないさ。でもさ、ねえ、そんな無防備な表情をしないでよ。
言っていたじゃないか。ヨナーシュはメソメソして女の子みたいだって。あるいは、女の子のことを全然わかってないだとか。
ーーお姉ちゃんは最近、どんどん遠くへ行ってしまう。
雲一つない青空の下、人々は、酔いに頬を染め、心と体を揺らす。
そんな光景を見ながら、オレットはの心はブルーだった。
「みなさん、盃は行き渡りましたか?」、若作りの村長が言った。気づけば大人たちは皆、手に銀杯を持っている。これは祭りの中核をなす儀式で、心で神へ願いを唱えながら、度数の高い村伝統のピナチー酒を皆で一杯、一気に飲み干すというものだ。
「...では、今年一年の収穫への感謝と、来年の村の豊穣と平穏を祈って、」
村長が杯を掲げ、それに合わせ、皆も自分の杯を掲げる。
それに合わせて、隅の子供達も釣られて各々祈る。それはオレットも例外ではなかった。
「神様、どうか、あの男を...」
ーーあの男を?あの男を一体どうすればいいのだ?
オレットは迷って結局こう心に唱えた。
「神様、どうか、どうか僕を助けてください。僕を救ってください」
その瞬間、"それ"、がやって来た。
どす黒く、眩い焦炎の柱が集まった大人たちを一度に貫いた。
火柱は一瞬で、人々の胴を粉々の灰にした。空から支えを失った多くの幸福に満ちた表情の頭と、杯を掲げる腕が地に落ちていく。役割を失った脚が倒れていく。
「えっ?」
それを見て唖然としていた周囲の大人たちも、その次の瞬間、炎柱が横に薙いだことで同じ運命を辿った。
村長も、オレットの姉も、ヨナーシュも、子供の親たちも、全て一瞬で灰燼に帰した。
炎の柱は子供たちのもとも襲った。彼らのほとんどは、座り込んでいたために、難を逃れた。しかしまた、一部の運悪く立っていた子供などは、死を免れられなかった。
ヨナーシュには何が起こっているのか、何もわからなかったが、ただ、光景、映像だけがしっかりと目に焼き付けられた。
姉とヨナーシュの酔いと興奮で上気した顔が、そのまま固まって、地に落ちていく様、その顔の上に、腕が握ったままの杯からピナチー酒が注がれる様を。
村の全ての人々の喜びがそのまま凍結して、落下していく様を。
焦炎は傷口を一瞬で焦がし、塞いだので血が流れることはなかった。人々の首は皆一様に下を真っ黒い断面に綺麗にカットされていた。
オレットは言葉を失い、そこで彼の世界は時間を止めた。
思考が現実に追いつき、再び動き出した時、彼は思った。
これは"救い"、神に与えられた"救い"なのだろうか、と。