11.可笑しい罪
「目覚めた俺は適当に歩いて洞窟を見つけたんだ。そしたら中にな...」
俺はヒサジに話し続ける。
ああ、そういえば、こいつのことも説明しないといけないな。
丁度いい。あのことについてもちょっと相談したかったし。
「いいよな、こいつにお前のこと 紹介して。」俺は小声で剣に話しかける。
「いいけど、でも、私、自分で自分のことは説明したい。」剣が答える。
「...っていうか、遅すぎじゃない?私、紹介してくれるのずっと待ってたんだけど。」剣が付け加えて言う。
その様子を見てヒサジが笑う。
「なんだ、その剣生きてるのか?」
「そう、私はアヤメ、こいつとあなたと一緒で、あっちから転生してきたの。よろしくね。」
「剣の転生人なんかもいるのか。すごいな。」
「お前、思ったほど驚かないな。」
「いや、しゃべる剣っていうもの自体はこっちで何度か見たことがあるんだ。転生人っていうのは初めてだけどね。」
「ははあ、さすが異世界。でもなんかあれだな。ゲームとかで耐性あるから、なんか笑えてくるな。確かにそんな驚きはしないっていうかさ。」これは半分本当で半分嘘。二次元や俺の貧弱な妄想とはリアリティが違いすぎる。ヒサジが当たり前のように、素朴な布と革の服に身を包んで、目の前に座っていることはあまりに異常だ。
「まあでも、一番大変だったのはあれだな。ゴブリンに運悪く出会ったことだな。」
「ゴブリンか、あいつら実際に戦ってみると意外と厄介だろ。」
「本当にな。死ぬかと思ったぜ。でもさ、こいつのおかげでまあなんとかなったのよ。」
俺はそう言って剣をつつく。
「ちょっと、そこくすぐったいんだけど。」
「なんだ、やっぱ能力持ちなのか。アヤメは。」
「そうなんだ。実はそれについて、ちょっとお前に相談したくてな。....アヤメ、あれも言っていいか?つまり、お前の力のことも。」
「....好きにして。」剣は答える。
「実はさ、なんつーか、こいつ、"強い剣になりたい"的なこと、神様に言っちゃったらしくてさ。それで、どうやらこの剣、本当にアホみたいに強いみたいなんだ。」
「強いんならいいじゃんか。それともなんだ、強すぎるってことか?」
「そう、強すぎるんだ。それでさ、俺にはこっちの魔道具のシステムとか、全然わからないからさ。扱いを間違えたくないんだ。」
「なるほど。まあ、魔道具って物自体はこっちにたくさんあるけど、大抵は日用品や、工業製品で、武器は少ないな。魔法を物に閉じ込めるのは繊細な技術らしくてさ。」
「だから強い武器としての魔道具は結構貴重だぜ。盗まれないように武器には刻印をつけるとか、対処をしたほうがいいと思うな。」
「刻印っていうのは?」
「刻印は、持ち主以外が触ると、火傷するようにする魔法とかそういうやつ。」
「へえ。」
「それからもし武器を手放したいなら、大切に扱ってくれそうなコレクターも知っているけど。流石にそれはちょっと嫌だろ?アヤメちゃん的にさ。」
「そうだな。じゃ後でその刻印ってのどうやるか、教えて欲しい、それとさ、俺、こいつの能力が何がきっかけで発動するのかさえわかってないんだけど。思わぬところで発動しないか、怖くてさ。」
「ああ、発動が必要で強力なタイプの魔道具はだいたい手で魔力を込めて触れると起動のスイッチみたいの、出てくるから。それで発動できる。」
「へえ。」
ーとは言われてもいまいち想像がつかない。
「スイッチは押さなくていいから、魔力流すところまでここでやってみなよ。」
「マジで、ここでやるの?めちゃくちゃ怖いんだけど。」
「まあ、お前もちゃんと知っときたいだろ。...あ、待った一応、周りに見えないようにしとくぜ。」
言うとヒサジは小さな赤い石を取り出しテーブルの中心においた。
「これとか、魔道具の典型的なやつ。魔力をちょっと流せば発動して、ある空間を周りから隔離することができるんだ。」と言いながら人差し指で石に触れた。すると石から空気の透明な膜のようなものが広がり、俺たちを包みこんだところでヒサジが指を石から離すと、膜の拡大は止まった。そして、膜に映る外の風景が急に消えて白に塗り替えられた。俺たちは真っ白い世界に囲まれた。俺たちと円形に切り取られた床と、酒場の椅子、テーブルだけが世界から切り取られた。
「すごいでしょ。まあ、これで外からは見れないから安心していい。さすがに酒場で剣取り出したら追い出されるしな。」
「そんなこと言ったらいままでの話も大丈夫か?」
「なんだよ。今俺たち『日本語』で話してるだろ。だれもわからねーよ。」
「マジか。それもそうだな。」
そういえばそうだ、自動翻訳が自然すぎて違和感なかったが普通は日本語通じないか。
「じゃあまあ、剣出して。大丈夫、内部からの干渉も遮断するから、何かあっても周りに被害はないはずだし。スイッチさえ押さなければ大丈夫だから。」
言われて俺は剣を構えた。
「ん?魔力をこめるってどうやるんだ。」
「あーそれはすまん、説明できない。3本目の見えない手が生えたようなもんだよ。力む必要はなくて、ただ、その見えない手を柄に添えればいいんだけど。」
「ふうん。」
言われた通りイメージしてみた。全く感じられないものを操作するというのはなあ。まったくわからん。
しかし、イメージを、十数秒ごちゃごちゃやっていると、不意に変化が起きた。
柄の鍔に近い部分で、柄に巻かれた革の間から、金属の輪っかが引き出た。
「それがスイッチだろうな。もちろん触らないでいいぞ。」
ヒサジが言う。
意識を外すと、輪っかは柄の内へと戻っていった。
「魔力的にと物理的にで二重ロックされてるからな。あんまり、暴発とかは無いと思うぜ。」
言うと、ヒサジは再び石に触れ、すると膜が石に再び収束し、俺たちは元の酒場に戻ってきた。
「ところでさ、この剣の能力、聞いてもいいか?言いたくなければいいけど。」
「ああ、話すよ。俺もよくはわかってないけどな。まあ、簡単に言えば、炎が、こう、ドバーっと出るんだ。でもあの炎は、"燃やす"というより、"焦がす"?かな。そんな感じ。実際に見たらやばいぞ。もうあんまり使いたく無いけどな。こんなんじゃ、全然説明になってないかな?」
説明を聞いていて、ヒサジは一瞬大きく目を見開き、そのあと渋い笑みを浮かべた。
ヒサジは少し考え込んだ後、俺の目を不意に見つめた。
「何だよ」と言おうと口を開きかけたとき、頭に声が響いた。
ーー急に悪いんだが、ちょっとだけこっちで話してもいいか?
それは、ヒサジの声だった。
ーーはは、本当に何でもありだな。これこっちの声もちゃんと届いてる?
ーー大丈夫。
ーーいいけど、でも何で?日本語だから大丈夫、じゃなかったのか?
ーーいや、ちょっとアヤメちゃんがな...
ーー男同士の密談か?
ーーそう、アンフェアかもしれないけど、アヤメちゃんのことまだ、知らないしさ。とりあえず、お前にだけ、伝えておきたいおきたいことがある。
ーー何だ?何かあったか?
ヒサジは一瞬間を置いて、言う。
ーーお前は、今お尋ね者になってる。
ーー何だ、まだ初日だっていうのに?もしかして、ゴブリンが天然記念物だとか言うんじゃないだろうな。
ーー冗談じゃない。真面目な話だ。
......お前、ゴブリンにその武器を使ったとき、後ろの森まで焼払わなかったか?
ーーああ、そう確かに遠くの森があったよ。多分尋常じゃなく自然破壊したと思う。その惨状を見て怖くなって、お前に相談したんだ。
ーー森自体は問題じゃ無いんだが、
ーーあのさ、あそこにはさ。
ーーあの森の中にはさ、里があったんだよ。エルフの。
ーー...... 。
ーーこの意味わかるか?
ーーしかも、直撃だった。
ーーお前のあの一撃は森にあったエルフの村をまるごと滅ぼしちまったんだよ。
ーーそれは... ... 。
ーーごめん。どうやってお前に伝えるのが優しいか。俺にはわからない。
ーー... ... 。
ーーその炎は、村のほぼ全ての住民を一瞬で焼き焦がしたんだ。
ーー俺はさっき、その調査で村まで行ってたんだぜ。その光景は凄惨そのものだったよ。
ーー... ... 。
ーーちょうど今日はエルフの祭りの日だったらしくてな。祭りで広場に集まっていた住人が一網打尽にあったわけだ。
ーー広場には生首とか、体の断片がボロボロ落ちててさ。
ーーその端っこで、生き残った小学生くらいのガキたちが泣きもしないで、それをボーっと見てるわけ。座り込んじゃってさ。
ーーマンガかなんかの話みたいだろ?でもこれ、"本当"なんだぜ。残念ながら。口を半ば開き、どこか遠くを見て、止まってしまった人々を俺は見ているんだ。肉の焼け焦げたにおいを俺は嗅いでいるんだ。あのどうしようもない静けさを聴いているんだ。
ーーお役所は、もちろん犯人を探している。捕まったら死よりも恐ろしい罰を受けるだろう。
ーー... ... 。
ーー俺の方にも犯人探しの依頼が来ている。
ーーでも、俺はお前を突き出したりはしないよ。
ーー知っているんだ。これがどうしようもない事故だったって。
ーーお前にあの結果をもたらすつもりが微塵もなかったって。
ーー... ... ... 。
ーーそれに運の良いことに、俺にエルフの知り合いはいないしな。
ーーでも役所はそんな甘い考えはしない。
ーーお前は見つかったらまず、死刑にされるだろう。
ーーそうしなければ、他所のエルフのが黙っちゃいないからな。
ーー俺の助言は一つ、出来るだけ早くこの街を出て、逃げた方が良い。もちろん、俺もできるだけのことはしよう。
ーー... ... 。
「ありがとう」、と心に唱えようとしたが、言葉にならなかった。俺は取るべき態度を見失ってしまった。一体俺はどんな声色で"ありがとう"を言えるだろうか?
俺は事態をはっきりと認識できたが、それにどう相対すれば良いか、わからなかった。
果てしない罪の重み。いっそ、大人しく捕まって死ねば良いのだろうか。それが望ましいことなのだ。それほどの罪の重み。
それに反して実感は全くなかった。俺の手が人を殺めたという実感。想像はできる。漫画やアニメの1話とかでありがちだ。巨悪が街に現れ、住民を惨殺する行為。しかし、それはあくまで今まで見た漫画のシーンがリフレインするだけだ。それを自分が行ったという感覚を得るのは難しかった。
その時、俺の上には"罪を感じる義務"がのしかかった。
「ねえ、どうして急に黙っちゃったの?」アヤメの声で我に帰る。
「ああ、いや悪い。昔のことがちょっとな。」ヒサジは適当に取り繕う。
「とにかく、どんな能力でも、スイッチさえ押さなければ大丈夫だから。とりあえず真っ当に剣の技術を磨きなよ。」
「おう.... .. 。」
「ただ、この街は最近物騒でね、検問もさっきみたいに結構厳しいだろ。だから早めに違う街に行った方が良いと思うな。そうだな、例えばここから近くだとシュランツとかね。あそこには算術の機関があるからお前を雇ってくれるかもしれないよ。」