表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【喜怒哀楽短編集】

椿の花弁

作者: 姥妙 夏希

切れ長の目が、その花弁の落ちてゆく様を捉えた。

赤色のその花弁は、ゆっくりとその人の頭へと落ちていった。



朝になる。

まだ夜の面影が残った空を見上げ、少し微笑んでベッドから起きた。

窓からは、小鳥のさえずりが聞こえ、朝を告げていた。


私は、ゆっくりと辺りを見回すと、隣りにいた彼に「おはよう」と呟いた。夜からずっといてくれたのだろう、とても眠たそうに眼を開けて「おはよう...」とゆっくりと言った。私はベッドから身を乗り出し、毛布を彼にかけると、そっと背中を叩いて寝るように促した。

彼は、ニッコリ笑うと、眼を閉じて眠りについた。


彼は、私の事を気にかけてくれる、唯一の同級生であり、また、幼馴染でもある。

昨日も、私が危ない状態になったのを伝えられ、いち早く来てくれたのだ。やはり、どんなに心は丈夫でも、体は耐えきれないところがあるのだろう。


毎朝、腕につながれている細い管で、嫌でも私は患者で、病気なのだと思い知らされる。

管がつながれた先には、液体が入った袋がぶら下がっており、私は点滴をしているのだと分かる。


その時、サッと、椿の花弁が窓を通った。

赤色の花弁は、ひらひらと舞い降りて、窓の下へと行った。


きっと、風で飛ばされたのだろう。

だって、私はその花よりも上にいるから...。


名も知らぬ花弁を見て、一人で微笑んだ。

そして、隣りにいる彼を見て、安心してから眠りに落ちた。


それから少しして、彼は病室に来なくなった。

なんで、彼は、来てくれないの...?


その時、母が廊下で話しているのが聞こえた。

「ええ、本当に有難う御座いました。恵美も喜んでいましたもの。引っ越されるのは悲しいですけれど...新しい土地でも頑張って下さいね」


私のことを気に使ってくれてはいるのだろう、ヒソヒソと静かな声だったが、その声は確かに耳に聞こえた。


彼は、引っ越してしまうの?

何時?どうして?


ずっと、いてほしい...。


「あら、今日で最後なんですの?まぁ、折角だし、恵美に会ってくれたらいいのに...ねぇ、根本さん?」


「ええ、全くですわ。ほら、りゅう、会ってお別れして来なさいよ」


今日で、最後...?

いえ、それよりも、彼はそこにいるの?

ねぇ、じゃあ、なんで会ってくれないの....?


なんで、引っ越すことを、伝えてもくれないの...?


疑問が次から次へと浮かぶ中、お母さん方が「それでは、さようなら」と言い合っているのを聞いた。

待って...!!


私は、立ち上がろうとした。

が、点滴の管がグンッと私を押し返し、立てなかった。


私は、点滴の管を手に取った。

一瞬迷いが生じたが、すぐに決意すると、私は管を引っこ抜いた。


血が点々と浮き出て、私は顔を歪めたが、そんなことに構ってはいられない。

今、ここで会えなかったら...きっと、一生、後悔してしまう...!


私は、驚いている母の横をすり抜け、エレベーターへと乗った。

エレベーターがホールに出ると、一目散に走った。


彼が、いる。もう少し...!


「待って...!」


私は、彼の肩を掴んで、そう言った。

彼は、驚いた顔をして、此方を見た。


真っ赤な花弁が、彼の顔を横切る。

後ろの方には、大輪の真っ赤な花が咲き乱れていた。


ああ、あれが、あの花弁...!


私は、彼の方を向くと、「何故、引っ越すことを言ってくれなかったの?」とハァハァ息を切らしながら聞いた。彼は、眼を丸くしたが、やがてふっと息を吹き出すと、「だって、さよならで終わるのは嫌だから」と言った。


「お前とは、さようなら、で終わりたくないんだ。だって...」


好きなんだもん。そう、彼が言った気がした。

私は、溢れ出す涙を手で抑えると、彼に「私も」と囁いた。


彼は、にっこり微笑むと、紅の花弁を手に取り、「これは、椿、と言うんだ」と言った。


「謙虚な美徳、と言うんだよ」


そう言って、彼は私に紅の花弁を渡すと、微笑んだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ