三章⑥
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パルはその後、カムギから様々な質問を受けたが、どれも立板に水といったあり様で、カムギは考え込み、まるでパル自身が非があるように感じてしまったが、アシュラやジョウザンシステムにほぼエドウに頼りきりであったので、何も出ないのは仕方あるまい。それよりもパルは、屋根があって布団で眠れることの感動をひしひしと噛みしめていた。布団は多少男臭いものではあったが、何より温かいに越したことはなかった。着ているものは、ダヴィのワイシャツと、彼が急ごしらえで買ってきた下着であったが、それはおそまつにもセンスがいいとはいえなかった。
パルは大きく布団の中で伸びをした。すると、頭に違和感があった。何かと思ってその違和感のところに手を伸ばすと、白狼の長く透明な体毛が絡みついてきた。洗髪でもとれずに絡まっていたとなると、白狼は毛まで特異なのか、と考えたパルは、なんとなくその毛先で自身の鼻頭をなでた。それは、柔らかくもありながら芯の強さでを感じさせる毛だった。すると、パルは思わずくしゃみをした。そして、そのまま気を、ちょうどくしゃみで意識を、幽体離脱飛ばしてしまったかのように、失ってしまった。
それは、入眠などとは異なる、あまりに当然な意識の変化であったので、パルは混乱した。そして、今現在のパルも覚醒時と同じぐらいの身体感覚をともなっており、もはや夢かでも幻覚でも死後の世界でも、今の経験に良い当てはまる言葉がないほどに、特別な状態であった。見渡す限り一面は真っ白い空間であり、とにかく歩いてみるしかないと、彼女は歩き出した。少しばかり不安はあったが、同じく似たような経験を、ジョウザンシステム絡みで体験したことのあるパルだが、その時は錯乱と恐怖としびれが全身を支配していたが、今はそれとは明らかに異なり、似ているが根元からして違うのだろう、パルはそう感じ取っていた。
とぼとぼと歩いていると、視線のかなり先の方にぽつねんと人影が見えた。それは、白い空間であったからかなり映えた。お〜い! と何故かパルは快活に手を振りながらその人影に駆け寄っていった。何故彼女はこんなにも親しみを思わせる挙動を、何のためらいまなく行えたか、自身にもわかりかねた彼女は、段々段々と近づいていき、その人影の細部が鮮明になってくると、その人影は、肩と太股が肥大化、というか、何か着ぐるみのようなものをつけており、顔には仮面をつけていた。それは真エドウであった。パルが会話のできる距離まで近づいてみると、真エドウはとまどっていた。
"なんと! 私の内宇宙空間に入ってくるとは……。記憶の根か!"
真エドウは考え事を止めると、目前のパルを見て、
"失礼しました。初めまして。私は真エドウといいます。貴方のお名前は?"
握手を求めてきた。
"真エドウ? エドウの兄弟? 私は、パルよ。"
パルは握手を交わした。
"ところでここはどこなの? 何故貴方はいるの?"
と尋ねると、
"ここはエドウの心象空間だ。どちらかというと、貴方が僕達の元に訪ねてきたという形なんだがね……。それよりも、貴方には、お願いしたいことがある。貴方には、レクタオンから南北に約300kmのところにある、古代樹に向かってほしい。もしかしたら貴方なら、記憶の根の列車を動かせるかもしれない。"
パルは真エドウの真意がわからず、それがなんであるかと問おうとした時、目が覚めた。目前にはダヴィがおり、わきからカムギまのぞいていた。
ダヴィはベッドの上でパルに馬乗りするような形で、激しくパルの肩をゆすぶっていた。
パルはそれがあまりにも激しいものだがら、
"止めれって!"
と彼を突き飛ばした。
"おいおい、パルちゃん、大丈夫かい? なんか尋常あらざる寝方はしてたけど、君っていつもそうなの? 呼吸もしないで白目で、全く起きないの。救急車呼ぶべきか迷った〜。"
それをカムギから聞いたパルは、酷い顔を他人に見せてしまったという気恥ずかしく思った。
"いやあ、なんかね、夢の中に真エドウ? とかいうやつが出てきて、そいつと話したってだけよ。"
すると、真エドウという単語を聞いたカムギの顔がみるみる変わっていき、その勢いでパルの両肩をつかんだ。
"なんだって!? 真エドウに会ったのか!? あの、肩と太股にアーマーをつけて仮面を被った、あのコスプレみたいなやつだろう!!?"
カムギの威勢にパルは思わずたじろいでしまったが、え……、ええ、と、反応すると、
"真エドウは! 真エドウは、何と言っていた!?"
とカムギに聞かれたので、
"ええと……、古代樹に行け、レクタオンの先の……って、言われたわ。"
"そうか、古代樹に行くのか……。そこがすべての始まり……って、わけか……。よし。"
そうぶつぶつと言ったカムギは一人でに何かの準備を始めようとした。
"ちょっと待ってカムギ! 古代樹ってなんなの! そして真エドウって誰なの!? エドウと関係があるの!?"
パルが叫んだ。
カムギが動作を止めて少し考えると、意思のある歩みでパルに近づいてきた。それは、カムギがパルにも全ての腹の内を話すべきだと、考え至ったからであった。
"まず真エドウから。真エドウは、あの、バビロン・シークレエ事件の時、俺が現場に駆けつけた時、そこにいたんだ。バビロン・シークレエは、ダヴィが市装兵団を殺しただけじゃない。市装兵団の一部もアシュラ患者になって、仲間討ちしたんだ。死体がアシュラ患者そのものだった。それを真エドウが止めたんだ。なんとも言えない憂いを帯びた出立ちで。今でも覚えてる。その後、瓜二つのエドウ、お前さんの知ってるエドウが現れて、同一人物かとも思ったんだが、どうやら違うらしい。だから、気にかけてたんだ。そして、古代樹。この古代樹ってのは、どうやらヒノマルの原料であるらしい。ヒノマルは元々、その古代樹の根っこを精製してつくり出し、死者や上位存在と交流するための儀式に使われた秘薬だった。だいぶ距離があるから、昔は鉄道が走ってたっていうけど、今はもちろん廃れてる。すなわち、このサリヴァンの歴史のすべての始まりってことだな。真エドウがそこに行けっつうんなら、行くしかないじゃん♪って、ことだね。"
カムギはそう微笑むと、旅支度を始めた。
パルには、いったい自身の身の周りで何が起き、そして行われるようとしているのか、まったくわけがわからなかった。しかし、今の彼女は、それを傍観するのではなく、己の手で入っていかねばならない、そんな気がしていた。
"カムギ。私をそこに連れて行って。私は何をしたらいい?"
とパルが聞くと、カムギが振り向いて、
"そうだな……。旅支度の買い出しもあるが、まず。飯だった。飯にして、それから荷造りど買い出し、たぶん野宿することになるからな。車はどーっすかな。今のやつでいけるかな……。うん、とりあえず飯だ。ダヴィ! 飯だぞ!"
ダヴィが、応! と起き上がると、三人はテーブルにつき食事を始めた。
パルはというと、明日をしっかりと生きるために、しっかりと食べた。
***
ブルーポノウェの秘密工場が紅市装兵団に襲撃され壊滅してから3日後、紅市装兵団はサリヴァン全域に重武装したメンバーを派遣して、実質的にサリヴァンを手中に収めた。それからまた数日経つと、今度は紅市装兵団の広報官を名乗る男がニュースキャスターと共にTVに出演し、今後の政権移行の話を始めた。実質エドオルムが行政をになっていただけに、よくぞそれが不在の中ここまでもったという感もないわけではなかったが、でははたして紅市装兵団という一介の武装組織に、どれほどの政治ができるかというのは、はなはだ怪しいものがあった。さすが広報官を名乗るだけあって、流々とカメラの前で語ってはみせたが、エドオルムで実際に行政を行なっていた官僚もいるのかどうかもわからない、未知数の組織に、サリヴァンの人々は自らの生活を任せてよいのか? 脱出しようにも、空港はいまだに閉ざされ、海路も後に、紅市装兵団によって閉鎖されるのだが、不気味と人々が難民として動くことはなかった。しかし、紅市装兵団の悪虐はサリヴァンの全住民の知るところとなっており、にしてもなお人々は動かぬのか? もはやこの政情不安は国家崩壊の危機であり、早急に何らかの対応を必要とした。サリヴァンの人々は大雑把に言ってしまえば、今自分の置かれている現実に対し、何も考えていなかった。それは他の何かに全エネルギーを注ぎ、そちらに手を回せない状態というよりは、ただその空白地帯を残し、そこに黒く危険な毒水が溜まっていながらも、それがなんとなくやばいと思いながらもよく知らない自分には関係ないものと無視し続け、いざ自分の身に触れて始めて悲鳴をあげ、その時にはすでに遅く、甚大な被害を出した後、自然治癒するのをのんべんだらりと待って、またその空間地帯を無視する、という、繰り返しである。サリヴァンの歴史とは、まさにこれの繰り返しであっまた。かぜサリヴァンの人々は、この誤ちから学び取ることをしないのか? それは、時に振るわれる力に対し、抵抗することに恐怖があったから、とも言えようだが何よりは、彼らがサリヴァンの情勢や歴史に対して、我々は関係ない、身の届きうるものではないと想像力を放棄し、逆に近づく者があれば、己の生者のために快楽として死者の歴史を食物、玩具の大量生産品のごとく消費する、こんな歪んだ二極化が大きいと思われた。しかし、二つ目の死者の歴史の消費とやらは、歴史そのものの検証は資料編纂と知的推論という、莫大な力をかけなければならず、万人が万人それをできるはずもないのであり、それを市井の人々求めるのは酷なことであるかもしれないが、ゆえに人というものが歴史のような世界と対峙する時に、広く世界を見ようという公的な視座を持て、私自分勝手に暴れまわってはいけないと、常に自分自身に言い聞かせながらせめても注意せねばならないのである。では今のサリヴァンに、そういった想像力を持った人がいるかと問われれば、一握りの人物、物語の主要キャラクターの一部以外は、ほぼいないと答える他ない。しかし、それがサリヴァンの人々の、民主主義的なプロセスとして選ばれたもの、ちょうど真エドウとの会話の中でエドウが言ったように、「滅びるならそれでいい、サリヴァンはそれを選んだ」というならば、その意思決定のプロセスを重視するのであるならば、強く糾弾はできないであろう。もしこの形態に変化を及ぼしうるところの活動があるとすれば、死者の民主主義であろう。現状に生きる生者ではなく、その現状の中で敗れ斃れていった死者達の参政の姿である。そこには死者というながらも明確な意思がありはするが、それは生者であるサリヴァンの人々にとっては想像力がなければたどり着けぬものであった。もしかしたらジョウザンシステムとは、その死者達の参政の姿を生者の側のサリヴァンに表出させたものかもしれなかった。しかしそれも、道具として使い方一つで、死者の歴史をただ消費するものになりかねなかった。おそらくこの紅市装兵団のサリヴァン制圧への対応が、サリヴァンの存亡をかけた分水嶺であることに間違いなかった。
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ファントムは地下空間でモンズダイストや真エドウ、ディオを含めた主要なリーダー格のメンバーを集めると、話し合いをしていた。ブルーポノウェの陥落は、ファントム達の組織に与えた衝撃凄まじく、立っているのもやっとのこと、というあり様だった。しかし、ファントムやモンズダイスト、真エドウの、偉人達の檄によって何とか空中分解はせずに済んだが、それでも危機に瀕していることに変わりはなかった。
まず始めにファントムが口を開いた。
"我々はもしかしたら今、最悪の場合の線上にいるかもしれない。それはつまり、我々が一人残らず斃れ、サリヴァンが滅びるということだ。そもそも、ヴィアクトー・ラーネトウィンというサリヴァンの創造主と戦うこと自体が、どだい無茶な話だったといわれればそれまでなのだがね、私達の命を、人生を、やつのゲームの駒にされちまったんじゃたまったもんじゃない。我々は生きているんだっ! その異議申し立て反抗をせんがためにここまで来たが。もし、最後を家族や恋人や愛しい人と過ごしたいというメンバーがいたら、彼らを送り出してあげてほしい。私は、一人一人の人生の意義を犠牲にさせてまで、戦いたいとは思わない。"
これは、リーダーの資質の発言として正しいかどうか疑問が残るがファントムの情は伝わるものであった。席に着く皆は、その言葉を十分に吟味したが、モンズダイストが口を開いた。
"私は最後まで戦います。このサリヴァンで生きたいと願う、未来の世代、子供達のために。"
"僕は、今も傷つき、そして無惨に屠られたサリヴァンの命のために、戦います。"
真エドウが言った。
すると皆口々に、
"仲間のため"
"家族のため"
"サリヴァンのゆかりの土地のため"
"自分のために"
多様な志の下にこの場の皆は、サリヴァンを守るということに一致団結していた。
ファントムはとてつもない勇気をもらった。
"どうもありがとう、みんなの意志は受け取った。だが持ち場に戻った時に、もう一度聞いてみてほしい。そして、脱ける者がいれば温かく送り出してやってほしい。"
果たしてこれが戦の前の陣営の姿として正しいのかどうか、ファントムにはわかりかねた。もしかしたら、皆を追い込み洗脳し、粉骨砕身、背水の陣に追い込んで、総玉砕をさせるように戦士を仕立て上げなければ、指揮官としては落第であるかもしれない。なにしろこの戦いで、サリヴァンの命運が決まるのである。おそらく、ココルチェのリフォウやブラディであるならば、捨て身もかえりみない強戦士へと皆を作り変えるであろう。それが、戦場で武勇を残す英雄であるならば。なれば、自分は英雄でなくとも歴史に名を残したくもない、ただ一人の人間として、最後まで生き力を見せたい、ファントムはそう思った。かつてのココルチェのファントムなら、ココルチェという歴史に名を残す英雄であったろうに。
座が解散された後、ファントムとモンズダイストは二人きりになった。
"いいのですか、モンズダイスト殿。私は貴方に子供達を連れてサリヴァンから脱出してもらう手も考えていたんですよ。"
"いや、貴方のような伝説の偉人と、共に戦えることが、素晴らしいのです。何より、子供達は、このサリヴァンで生きたいと言っている。その声を無視するようじゃ、その汚点一つで私の生きる意味がひっくり返ってしまう。戦わねばならない。魂がそう私に示すんです。"
"私は貴方をモンズダイスト殿を引き入れてしまったのは、誤ちだったかもしれないと思うことがあるんです。もし貴方がこの世から消えてしまったら、世界にどれだけの損失を与えるのかと。"
"私は負ける気などありませんよ。"
この二人の会話に要らぬ言葉など付け足すのは不粋であろう。彼らは呼吸するかのごとく真っ直ぐに、命のままに、動こうとしていた。それはあきらかに、サリヴァンにはいない人種であった。
そんな特別な二人の間に、分け入る者がいた。
"すいません! お話中失礼します! これを聞いてください!"
メンバーの男達がラジオを持ってきた。ラジオからは、紅市装兵団の広報官の声が流れた。
"我々紅市装兵団政府は、サリヴァン転覆を目論むファントムひきいる子供の指の城を、第一級テロリストグループと指定し、排除対象として、見つけ次第、攻撃を開始する。"
ファントムとモンズダイストは共に肝を潰した。
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紅市装兵団の声明を受けて、ココ達子供の指の城は隠れ家から早急に退避する必要に迫られた。長く居着いた場所であることから、ウォントン等紅市装兵団の一味に場所が割れている可能性があり、しかし声明前に襲撃されなかったことを考えると、さほど重要視されていないのかもしれないが、大事をとってのことである。
子供達は思い出があるのか、離れることを嫌がったが、ココやイシエの説得で泣きながらも隠れ家を後にした。
ココは、子供の指の城の子供達と一緒に車に乗せられ、移動の最中、今までの自分の世界がバキリバキリと音を立てて、無惨に変わっていくことがわかった。それは彼女にいいしれぬ、興奮半分、不安を半分与えた。しかしそれは、あきらかに変わっていく身の周りの世界に適応するために、一時の脳内麻薬のようなものを分泌しているとも考えられた。ココは戦うという意味もわからなかったし、ついぞなぜ自分達がテロリストグループと名指しされたのかもわからなかった。しかし自身の身の周りに見える形で死が近づいているのだ、それだけは感じ取っていた。誰も口にせぬが、子供達も見ないそのことはわかっていただろう。何ということはない。ファントムに保護され子供の指の城として生きていく以前までの生活に戻るだけである。しかしいくら頭ではそう自分に言い聞かせても、あの穏やかな日々を思い出してしまえば、耐えがたい寂しさと苦しみに襲われるのであった。自然と、ココの頬に涙がつたった。
それに気づいたギャニットが、
"大丈夫か? ココ?"
と言った。
ココは涙を勢いよく拭うと、
"ごめんね。本当は、みんなを元気づけなきゃいけないのに、私が泣いていちゃダメよね。"
ぴしゃりと自分の頬を叩いた。
するとレキュスタが、
"戦うってことは、みんな辛いことだよ。もし、辛くない人がいるなら、それはその戦いで得をする人だ。"
と言った。
ココはレキュスタのその発言に、びっくり仰天した。この前のモンズダイストの問いに対する死についての返答といい、この子達は自分の思っている見ている以上に、ものを考えているのかもしれない、そう感じた。
"じゃあ、今私達子供の指の城は、何をすればいい?"
と、ココは尋ねた。
"僕達にできることは、笑い続けることだ。"
と、返答された。
ココにとって、そのレキュスタの言葉は、何かの神託のように聞こえた。しかし彼女には、神という崇高な抽象的概念は、考えつくこともないのである。サリヴァンの人々にとっても、それが大多数であろう。ファントム達は、上位存在として神に等しいヴィアクトー・ラーネトウィンのことを言うが、彼の持つ歴史を俯瞰するような巨大さというものを、ココはいまだかつて知らない。
"人が死んでいく中でも、やはり笑い続けていかなくてはいけないの?"
およそココのこの言葉は幼い子供の指の城の子供達に言うべきではないものであろうはずだが、ココは何を思ってか、そう発した。しかし、不思議と車内の空気がおかしくなることはなかった。それは、それらの言語が夢絵空事でない、間違いなく彼らの身体の延長線上の言葉だったからである。神はいない、しかし死はあったのである。
"我々は多くの血を流し過ぎた。おそらくこのまま滅び去ってゆくならば、最後に笑っているということは、非常に重要な意味がある。"
あきらかにこの時のレキュスタは、自身の身体以上の言葉を駆使しており、おそらく一種の幻覚症状をきたしていたと思われる。この時から、レキュスタの痙攣が起こり始めた。
"滅び去る時に笑うというのなら、一体何に対して笑うというの?"
"笑うことに意味などあってはならない。それは、自身と世界との立ち振る舞いを意思表示するに過ぎないからだ。それは意味ではない。ただそこにあるものだ。"
"世界って、何?"
ココがそう聞こうとした時、ふと我にかえると、並んで座っていた子供の指の城の子供達が、皆痙攣していた。
運転手の男性は、ハンドルをしっかりと握りながらも、青ざめていた。まるで、悪魔を見てしまったかのような、気まずい顔をしていた。
ココはそれに気づくと、慌ててパンッ! と、手を叩いた。
すると、子供達の幻覚と痙攣の常温が一斉にパッとおさまり、一息沈黙した後、またはしゃぎだした。
"すいません、この子達、いつもこうなんです……。"
とココは笑ってはぐらかした。もちろん、それがどこまで本当であるかは、わからない。しかし、いくらこの我々の目で見た今さっきの奇怪な儀式のような現象が、異常であったとしても、ココや子達の指の城の子供達にとっては、平常の、普通のことである、ココの言葉の意味することとは、そうゆうことであった。ここでやはり、ココと子供の指の城の子供達の生きている世界というものが、極めて特殊であるのか、はたまた、彼らの方が本来の正常でありこれを異常だと観察したその人自身が実はすでに異常である、かのどちらかだった。ファントムがなぜ彼らを保護したのか、その一因がこれかもしれなかった。そしてモンズダイストが、この彼らの性質もすべて見抜けていたかどうかも謎である。
その後、ココと子供の指の城は、イシエと幾人かのメンバーと合流し、新しい隠れ家へと向かった。しかし、これも場所をさとられぬため、一週間と経たぬ間に次の場所へと移るのである。これではきっと野生動物より過酷だ、巣がないなんて、との嘆きは皆を大いに笑わせた。そこは、かつて長くいた隠れ家のように物に愛着を育む暇もなかった。今のココにとっては周りの人や物、場所等の環境というものは、無いに等しく、それは彼女の不勉強さかもしれなかった。どうやら、前述の儀式を見てもわかる通り、ココと子供の指の城を構成するものと、一般人を構成するものとは、大きく違っていた。しかし、彼らは同じサリヴァンの人々である。この所が、彼らの存在を一層複雑にしていた。それは、ココ自身にもわかりかねるものであった。
新しい隠れ家をウロウロする子供達のあいだを、走り回っているイシエを見ながら、ココが、
"この、人が死んでいくサリヴァンの中で、笑い続けていくこと、って、どうゆうことだと思います?"
と、イシエに聞いた。
イシエは、えっ? と言って、びっくりしたような顔をしていたが、少しばかり考えると、
"たとえいかなる過酷な状況にあろうとも、笑い続けて、楽しくポジティブに生きていくこてが、一番の薬っ……て、ことじゃないかしらん。"
と言った。
それをココは、わからない理屈ではなかったが、自分達の世界とは何かが違う、と、思った。それは、イシエにとって、人や物、場所といったものが必ずそこにあるものだという常識の下に成り立つものだと、考えた。
ココは立ち上がると、イシエの手伝いを始めた。彼女もそんな二人のイシエの世界に少しでも近づいてみたい、そんな気が起きたからである。すると、子供達も皆んなして、イシエを手伝った。彼らの世界は少しずつ、パキリパキリと変わっていく。




