空気
自分の部屋に入ると、そこを満たしている空気に心が痛んだ。
懐かしく、切なく、冷たく、柔らかい空気だった。
机の上にある参考書は上に置いてあったペンを投げ捨て、今は閉ざされている。
ノートは一番最初のページを開き、今にも閉じそうになっていた。
私はそのまま窓際へと向かう。半開きになった窓に映った自分の顔には目もくれず、もう半分の網戸を開け放った。
空気の出所は、外だった。
月は目の前に広がる世界を銀色に染め上げ、美しく微笑んでいる。
冷たい風が肌を撫で、ノートが閉じる音がする。
今の私に、現実は見えなかった。
ただ、この空気はいつのものだ。という疑問を見つめるだけだ。
その疑問は、案外早く消え失せた。
「あぁ、この空気、懐かしい。」
不意に、口から言葉が漏れ出した。初めから思っていた感情が素直に漏れ出した。
そうだ。この空気をこの場所で吸った時、私は何かを決意したのだ。
肝心の何かは思い出せない。思い出さなくていいと思った。
私は網戸を閉じ、電気を点けた。
風でぐちゃぐちゃになった部屋が目の前に広がる。それを整え、机に向かう。
「さ、勉強再開っと」
決意がなんだっていい。この空気を吸った時、また何かに向かっていければいいから。
きっとそれは、一つの道に繋がってるはずだから。