【第六夜】しのあみだくじ
「おい、しもやん、気をつけなよ」
「何がぁ?」
「ここ、『しのあみだくじ』だぜ」
「なにそれぇ?」
「え、しもやん知らないの? ここいらじゃ有名だぜ」
「この横断歩道?」
「だーっから白いところ踏むなってば」
「急に押すなよぅ。とにかく僕にわかるように説明してくんないかなぁ」
「ここさ、事故が何度も起きてるだろ」
「そうなのぉ?」
「うんうん。で、事故のタイヤの跡とか、車体がこすった跡とかで横断歩道が途切れてあみだくじみたいになってるんだよ」
「あ! 本当だぁ!」
「で、この白いところを踏んじゃうと、あみだくじにつかまって、白線の外側に出られなくなっちゃうんだって……事故に遭うまで」
「怖い! それ怖いねぇ!」
しもやんはちょっとオーバー気味に「しのあみだくじ」を避けて歩く。
「でもさぁ、エノはなんでも知っているよねぇ。僕、一人だったら踏んでたと思う」
そんな風にほめられたからか、それともちょっとお酒が入っていたからか、それとも相手が小学校の卒業アルバムで優しい人ナンバーワンに輝いたザ・人畜無害のしもやんだったからか、おれはつい、今まで誰にも話してなかったことを口にしてしまった。
「千葉君が事故にあったの、知ってる?」
しもやんは、普段は糸みたいに細い目をきゅっと開き、おれの顔をまじまじとのぞきこんだ。
「え、千葉君って、あの千葉君? 千葉紀美? だって、前のクラス会来てたじゃない?」
「いや、千葉君が最後に来たのは二年前。去年も一昨年も来てないぜ」
「そうだっけぇ……あ、それじゃもしかして事故って、重たい事故?」
「……これ、しもやんだから話すんだぜ。おれがさ、製薬系の仕事してるの知ってるだろ」
「うんうん」
「だからあちこちの病院とかけっこう出入りしてんのね。そこでさ、千葉君のお母さん見かけてさ、声かけたんだよ」
「えーとぉ。もしかして昔銀座でママやってたっていう美人のお母さん? 授業参観、すごかったよねぇ」
「そうそう。その人。で、話かけて……知っちゃったんだよ。その一昨年の春くらいに交通事故で入院して、それからずっと意識が戻っていないってこと」
「えぇぇっ。そんな大事なことをなんで」
「そっとしておいてあげて、って言われたんだよ……なんかさ……しもちん、ここだけの話だぜ」
「わかったぁ」
「千葉君の奥さんと娘まで見舞いに来てたんだよ」
「奥さん? 娘さん? 僕それ初耳だよぉ? なんかちょっと秘密主義すぎない?」
「いやいや、どうもワケアリっぽいんだ。入籍してないらしくてね。いわゆる内縁ってやつだな。そっとしておいてってのにはそれも含まれていると思うんだ」
「わかったぁ。僕も秘密主義に加わりまーす!」
しもやんはフニャッとした敬礼をする。大丈夫だろうか。
「あとさ、もひとつお願いがあるんだけれど」
「なーにぃ?」
「今年のクラス会の幹事なんだけど、頼まれてくんない?」
「あれぇ? クラス会は学級委員のムラっちが万年幹事じゃなかったっけぇ?」
「去年から急に持ち回りになったじゃん?」
「あー! クラス会最後にムラっちとじゃんけんしたやつかぁ! そういえばエノが一番負けてたよねっ!」
「仕事忙しくてさ。なかなか時間作れないんだよ。それに……間口もこっち戻ってきてるっぽいんだ。ほら、しもやん、間口と仲良かったでしょ?」
「まぐっちゃん? 幼稚園が一緒だったくらいだよぉ……でもいいよぉ。秘密は守って、幹事もやったろぉぉ!」
「しーっ! しもやん、声が大きいって!」
イマイチ頼りない感じのしもやんを自宅まで送り届ける。とはいっても同じアパートなんだけどさ。しもやんとおれとは実家も近かったから、登下校もよく一緒になったっけ。あれから何十年だ? お互いもう三十路は超えて……よくもまあ続いているよな。小学校の時の友達といまだに会うって言ったら、職場や客先では皆に「珍しい」とか言われるし。
携帯をふと見る。さっき、あっきゅんに送ったメールの返事はまだない。男子側幹事をしもやんにバトンタッチしたことも追加で知らせとかないとな。おれ知ってんだぜ。しもやんが出戻りあっきゅんのこと狙ってんの。うまくやれよな。いくら美人でもあのマイペース、おれはちょっと無理だわ。しもやんくらいの懐の広さがないと、きっとうまくいかないんだろうな。
さて、と。おれはと言えば、独り寂しく七不思議板に早速投稿でもするかな。体育館の手か目か論争に燃料投下だぜ。しもやん気付いてないみたいだけど、体育館の二階の窓……絶対に誰か見ていたって。
(了)




