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【第五夜】ろしあにんぎょう

 ミレちゃんが帰ったあと、あたしはぼんやりと地図を眺めていた。井戸……秀美が怪我をした場所……あたしが小学生の頃も、そして秀美の友達でも何人か、この辺りで怪我をした子を知っている。呪われた場所、か。ミレちゃんは何かを感じていたようだけど、自分には霊感とか全くないからわからないんだよね。ただ、否定はしない派。秀美が怪我をしたから、これは持っているべきではないんじゃないかって思うもの。

 でもさあ、呪いって……否定はしない、しないけれど好きじゃない。怖いとかじゃなく、呪いそのものがどうとかでもなく、その「呪い」っていう言葉を利用して悪いことする生きた人間が、嫌いなんだよね。

 ミレちゃんがトラウマにしちゃっていまだに引きずっていること。それは大介くんの事件。あの日の昼休み、あたしは図書室に居たから、教室で起きた事件の詳細についてはよく知らない……でも、千葉と間口のバカ男子二人が中心になって大介くんをいじめていたのは知っていた。もともとは、大介くんが呪いの儀式をしているなんていう突拍子もない言いがかり。その前から「こうしゃのかげ」って立派な七不思議があったにも関わらず、後付けで、誰かが怪我したら全部大介くんのせいにされていた。

 そんないじめの存在をあたしは知っていたのに、見て見ぬフリをしていたんだ。丸浜……「先生」をつける価値もないアイツに何度も報告して、それでもいじめが全く解決しなくって、先生がやめさせられないものを自分なんかが、なーんて考えちゃったんだろうな。でも、あんな丸浜なんかに頼らずに、あたし自身がもっと本気で動いていたら……あの事件を防げたかもしれないのに。あたしは、自分がいじめの標的になるのが怖くて、逃げていたんだ。関わり合いにならないようにしていた。ミレちゃんなんかは、霊感あるからかもだけど、いざって時に助けを呼びに行けるように、とか言って教室に残っていたんだよね。ミレちゃんは、あたしなんかよりずっと強いんだ。そしていつも支えてもらっている。

 パソコンモニターの横に立ててある、ミレちゃんとのツーショット写真をじっと見つめる。これはミレちゃんが初めてうちにお泊まりに来たときのパジャマパーティーショット。二人とも小学生。大介くんの事件よりも随分前だよね。まだ何も知らなかった、幸せしかなかった頃の。あたしは落ち込む度、この写真に癒されている。しばらくその写真を見つめ、そしておもむろに思い出す。ミレちゃんが来るときは必ずしまうもう一枚の写真を。

 机の一番下の引き出しを開けると、そこから少し大きめのフォトスタンドを取り出す。そこには、ミレちゃんとあたし、それからもう一人、金髪のお人形さんみたいに綺麗な女の子が映っている。彼女の名前はアナスターシア。お母さんがロシア人なハーフの子。あたしとミレちゃんとアナは仲が良くて、一時期はいつも三人で遊んでいた。でも、ある時から写真に撮られることをすごく嫌がるようになった。そこであたしは気付くべきだったんだ。アナが、あんな目にあっていたってことに。

 大介くんのいじめを、丸浜が止めなかったのには理由があった。丸浜のヤツ、アナを騙して卑劣な写真を撮っていて、それを千葉に見つかってたっぽいんだよね。大介くんが病院に運ばれたあと、学級委員の糟谷さんが千葉を責めた時、そこになぜかあたしも付き添っていた。糟谷さんが千葉を人殺しってなじって、そしたら千葉が白状したんだ。丸浜が犯罪者だってこと。何をしても怒られなくなったからつい度がすぎるようになっちゃったってこと。それに対して「でも、千葉も同じ犯罪者だよね」って言い返した糟谷さん、かっこよかったなぁ。千葉はそれからおとなしくなったんだよね。警察にも事情を話して謝って、アナにも謝って……今思えばそこは黙っとけってとこなんだけど。アナはその「知られたこと」自体がショックで結局転校しちゃった。あたしには最後まで何も言わなかったから、あたしと糟谷さんはそれを知らなかったことにするって決めたの。

 丸浜が「がっきゅうぶらんこ」で首を吊ったのは、その日の夜のこと。一命はとりとめたみたいだけれど、おかしくなっちゃったって風の噂。今はどこかの施設に収容されているってのは本当なのかな。教師として活動していないならそれでいい。またアナみたいに被害に合う子が出てきたりしなければ。

 写真の中のアナを見つめる。今、どうしているのかな。アナが転校しちゃった後、何度か手紙を書いたけれど最初の一通以外、返事は戻ってこなかった。そのうち、あたしからの手紙がここでの嫌な記憶を呼び覚ましてしまうのかもって考えるようになって、それであたしも書かなくなったんだよね。でも、アナの居た痕跡は、いまでは七不思議のひとつとして残っていたりする。人って、自分の身に起きた事以外にはけっこう鈍感で、残酷で……時々、やるせなくなる。そしてあたしはまた、ミレちゃんとの写真に癒されるの。

 アナが転校していった後、丸浜とか大介くんとかの事件が混ざって、アナがいじめられていたことになっていたり、その怨念が人形の姿を借りて教師の首を吊らせたとか、なんかものすごい話になっているみたいなんだよね。その犯人はバカ間口なんだけど。あたしは直に聞いたんだ。事件から何年も過ぎた六年生の頃だっけかな。あたしとバカ間口は塾が一緒で、そこであのバカ、他校の生徒に面白おかしく「ろしあにんぎょう」が出たとか出ないとか、くっだらない嘘を吹き込んでさ。アナの名前出さなくたって、ロシア人ハーフなんて珍しいんだから、隣の小学校の人にだって個人が簡単に特定できちゃうじゃない。バカじゃないの? 六年にもなってまだ傷つけられた人の痛みがわからないのかって怒ったんだよね。そしたらあいつ、こともあろうに……そう!

 あたしがバカ間口に腹を立てているのはアナのことだけが理由ではなかった。千葉がおとなしくなった後、それまで腰ぎんちゃくだった間口の方が急にガキ大将気取りやがって、あたしや糟谷さんのこと「千葉をいじめたアマゾネス」とか言ってしつこく絡み続けてくるようになったんだ。もう最低の低脳バカ。確か大学で女の子のお腹大きくさせちゃったって噂流れてから、クラス会にも来なくなっちゃったんだよね。何してるのかな。

 不意に、あたしは、自分の指がいつの間にかあの古地図の井戸を指差していることに気付いた。オカルトとかよくわからないんだけれど、目の前のその現実が、あたしに何かを伝えようとしているように思えて仕方なかった。




(了)


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