【第二夜】みどりのおじさん
「あったあった! 二宮金次郎! へぇ、本体無くなっても七不思議のひとつはキープなのかっ」
幼馴染のヒロツグがオレを呼び出した。小学校時代の同級生はこの地元にけっこう残っていて、だから飲むときは片手では数え切れない程度には集まって……てのが毎度のことなんだが今日は二人きり。何かみっちり話したいことでもあるのかと聞く体制で居たら、ずっと黙りこくっている始末。仕方なく我が家の最新トピックスを伝えたら急にテンションが上がるんだもんな。うまく言えないけれど今日のヒロツグはどこかおかしい。
「ああ、懐かしいなぁ」
飲みかけのビアジョッキを机にドンと置いたヒロツグは天井を仰ぎ見た。オレもつられて天井を眺める。殺風景なコンクリにむき出しの配管。一昔前に流行ったこの手の内装はオシャレというよりどちらかといえば「手抜き」に見えてしまうんだよね。
「そういやここさ、居酒屋になる前の美容院がさ、俺の美容院デビューだったんだよな」
ヒロツグはどこかぼんやりとしているように見える。しょうがない……話しやすいよう、それとなく振ってみるか。
「珍しいじゃないか。二人だけで飲もうだなんてさ。なんか話したいことでもあるのか?」
「……いや、さ。急に思い出したことがあってさ」
「なんだよ。今更、昔借りパクしたゲームソフト返すとか、そういう話か?」
オレが笑って場を和ませたにも関わらず、ヒロツグからのツッコミはない。いつもならここで笑いながら小気味いいやつが返って来るんだけどな。
「覚えてるか? 二先生の時さ、どんくさいヤツ、居たじゃん」
「どいつだ? どんくさいヤツって何人か」
「そいつがさ、毎日、お辞儀してるんだよね」
ヒロツグは俺の返事を待たずに話を続け出す。いつものヒロツグじゃあない。しかもそれ、なにその話……とは思ったものの、仕方ないな。まずは聞いてやることにした。俺は蛸わさをつまんでいた箸をテーブルへと置く。
「そのお辞儀がさ、誰にしているかわからなかったんだよ」
「ほう」
「あまりにも気になったから、ある日そいつがお辞儀した瞬間に肩つかんでよ、聞いたんだよ。『なにしてんの?』って」
いきなり肩つかむあたりがヒロツグらしいな。「そいつ」が誰だかは思い出せないままだが、その光景は目に浮かぶ。
「そいつはびっくりした顔しながら一瞬固まって、その後さ、すぐにまた同じ方を向いてお辞儀したんだよ。誰も居ないのに、だぜ」
「肩をつかまれたまま?」
「ああ。だからもう一度、肩をぐいっとひっぱってやったんだ……そうしたら、そいつ『みどりのおじさ』って言いかけてやめるんだよ。おばさんじゃなく確かにおじさんって言いかけたんだ。ギャグにしてもつまらねぇし、なんだか腹立ってきてな『おじさんだかおばさんだかわからねぇけどさ、誰もいねぇじゃん!』って怒鳴ってやったんだ。だけど、その時、気付いちゃったんだよ。そいつ、黙っていたってより、不自然に口をとがらしてんのよ。なんかさ、口をこう、見えない手でぎゅっとつままれているっていうか」
「おいおいおい」
「その後、あんまり覚えてないんだけどさ。それ以来、なんだかそこに近づくのが怖くなっちゃってさ」
そういや昔、皆が近づいちゃいけない場所ってのが小学校のどこかにあった気がするなぁ。グラウンドのけっこう端っこの方だっけかな……あ、そう言やヒロツグが妙に避けていた場所、その辺にあったような。
「……えっと、アレだろ、あの……南西の通用門の近くな」
「違ぇよ。それ、二宮尊徳ゾーンだろ。南西じゃなく真逆の北東だよ。飼育小屋の近く。あいつがみどりのお」
その時ぶわっと急に寒気が押し寄せてきて、オレは思わず肩をすくめながら天井を見た。コンクリにガツンと取り付けられたあのゴツイ空調、ちょっと効きすぎだろ。
「ちょっと冷えすぎだよな?」
オレがヒロツグを見るとヒロツグは口をぎゅっとつぐんでいた。若干、唇をとがらせているようにも見える。その表情を、あんまり見つめちゃいけないような気がして、オレはトイレへと立った。効きすぎた空調はトイレも同様で、どこもかしこも妙に寒い。早々にトイレから出て、店員つかまえて文句を言おうとしたら、向こうから先に口を開いた。
「お連れの方、もう帰られました」
「え、そうなんですか?」
この短時間に? しかも勘定まで済ましてるって。あきらかにいつものヒロツグじゃあない。なんだよ、もしかしたらものすごい悪い病気にでもかかってんじゃないのか、なんて心配になる。結局、変な話しか聞いてないもんな。みどりの……そこまで考えたとき、首筋にひやりと嫌な感触があった。視界の端で、大きな緑色の何かが動いたような気もして、オレはもう、そのことを考えるのをやめた。
(了)




